【第36話】校門前の人影

「何楽しんでるんだ、俺に何も言わずに行った伊万里よ?」


 皇鬼だった。

 顔に青筋を浮かべて、怒っていた。どんどんこちらへ近付いてくる。


「あわ、あわわわ、すーちゃん……じゃん……えへ」


 伊万里は分かりやすく焦っていた。

 校門前に止まった高そうな漆黒の車から、運転手らしき男が現れる。堀内貴臣であった。半泣きの伊万里の意識が貴臣に行った。


「臣くん、なんで、皇鬼連れてきたの? 目立つって怒ってたのに!」


 伊万里のその言葉に貴臣はふふふと笑った。


「ふふふふふ……どうでも良くなったんです。だから、どうせなら私の言うことを聞いてくれない伊万里様に復讐しようと考えたのです! 我ながらいい案! 皇鬼様もハッピー! 私もハッピー! ふははははは」

「いよいよ、貴臣様もおかしくなってしまいましたね……残るは私たちだけですよ、雲行」


 その後ろからひょこっと未桜が顔を出す。雲行も車からでてきた。


「ふふ、今回は雲行の力は使えませんでしたね。雲外鏡の能力は1度行ったところでないと使えませんからね」

『申し訳ないです……』



――ドゴォッ!


「いってぇぇぇぇぇ! 痛いんだけど!? 俺じゃなかったら頭粉砕してたよ!? ちょおい、聞いてる!?」


 伊万里の頭に思いっきり拳骨を食らわせた皇鬼は少し満足そうに笑って、志乃のもとに近づいてきた。

 そして、にこと笑った。抱きつきもせず、触りもせず、ただ目を合わせて笑うだけ。それだけなのに、志乃にはこの時がとても幸せに感じていた。



「ごめんごめん、2人の雰囲気ぶち壊して悪いんだけど、みんな、見てるからね?」


 志乃と皇鬼のぽわぽわの空気の間に蒼真が割って入った。気付けば、生徒たちはじぃと皇鬼を見ているのだ。皇鬼はごほんごほんと咳払いをして、今度は真剣な表情で志乃を見つめた。



「朧月志乃、君には感謝しなければならない。千年桜を再び咲かせてくれてありがとう。君には千年桜の桜守をしてほしい。お願いできるだろうか?」


 これが皇鬼が朧姫を守るために導き出した答えなのだろう。真剣な表情には隠し切れないほどの幸せを感じた。


「はい! 喜んでお受けいたします!」

 

 志乃は力強く返事をした。そして、握手を交わした。

 会話なんて聞こえていない生徒たちは、握手を交わしたところを見て、雄叫びを上げた。女子たちは相変わらず黄色い歓声を上げている。

 校舎から誰か数人が出てきた。日南達であった。ダッシュで向かってくる。


「志乃ちゃんー! やりましたか!? やっちゃいましたか!?」


 茉莉が志乃に飛びつく。志乃はそれを受け止めて、笑顔で言った。


「うん! やり切ったよ! みんなのおかげだぁ」

「まさか、あの時はほんとにやるとは思わなかったけどねぇ……やり切ったならよし!」

「さすがはわたくしの志乃! 永遠のライバルッ!」

「なんか途中で中継がおかしくなっちゃって、いいところを見逃した感じがするんだけど、何があったの?」

「それはね……」

「だめですよ、志乃様」


 志乃が何か言おうとすると、貴臣がそれを止めた。

 

「あなたは、たしか皇鬼様の秘書官の堀内さんですよね。何故止めるのですか」

 

 日南が少し警戒した顔で、貴臣に詰め寄る。志乃も茉莉たちはそれをハラハラして見ていた。ただ一人を除いて。

 鏡華が貴臣を見て、顔を赤くしていたのだ。耳も尻尾も隠せていない。あの日南でさえも、鏡華のほうに目が行っている。


「ちょ、まさか、え」

「お名前はなんていうのですか? 恋人はいるのですか? 好きなタイプは?」


 日南の言葉をかき消す勢いで、質問をマシンガンのように繰り出す鏡華。その鏡華を見て、貴臣は少しおののいた。少し引かれていると気づいた鏡華ははっとした顔でお嬢様の仕草をする。


「初めまして。わたくし、藍色院の長女、藍色院鏡華と申しますわ。どうぞこれからよろしくお願いしますわ!」

「ちょっと待ってください。なんでこれからよろしくなのですか? ほんとに待って!」


 全く理解していない焦りに焦っている貴臣を見て、鏡華はより一層顔を赤らめた。そして、もじもじしながら口を開く。


「……貴方様が、わたくしの魂の伴侶、花婿だからですわ」

「ぶーーーー!」


 鏡華の言葉に今までプルプルしていた伊万里が耐え切れず、盛大に吹き散らかす。貴臣は顔を赤くしたり、青くしたり、いろいろと感情が追い付いていない感じだった。あの皇鬼も笑いをこらえられない様子だった。貴臣から顔を背けて、震えている。志乃と萌黄、茉莉はきゃーと言って騒いでいた。日南は苦笑いだった。

 そんな彼らを放っておいて鏡華はするりと貴臣に抱きついた。


「――ッ! ――ッ!」


 声にならない叫びを上げて固まる貴臣。でも顔は真っ赤で。


「ふふ、可愛らしい方ですこと」

「ふひ……そ、そこら辺にしてやって……ふふ」


 鏡華も満足そうだ。そこでやっと笑い転げていた伊万里が鏡華の肩を叩いた。伊万里のその言葉を案外あっさりと聞き入れる鏡華。開放された貴臣は顔を真っ赤にして半泣きであった。


「高校生は……犯罪ですよね……? 今気持ちが複雑すぎて訳が分からない……」


 その言葉に鏡華がニコニコと笑う。伊万里もまた吹いた。


「魂の伴侶に年齢なんか関係ないぞ」


 以外にもその言葉を吐いたのは皇鬼だった。鏡華は皇鬼の言葉に目を輝かせ、ずんずんと恐れもせずに皇鬼に近づいた。


「その通りですわ! さすが皇鬼様、さすがは私の永遠のライバル、志乃の……」

「はいそこでストップです」


 鏡華が言い切る前に、今まであたふたしていた貴臣が止めた。その姿はいつもの仕事をこなす立派な秘書官そのもので、鏡華は顔を赤らめた。


「ふは、そういうところだぞ、貴臣よ」

「今、名前を……!」


 貴臣は皇鬼のことを盲目的に崇めている訳では無いが、崇めている。そんな皇鬼に初めて名前を呼ばれたのだ。


「皇鬼様が私の名前を……! 嬉しいです!」

「そんなことより、お前の未来の嫁を大切にしろ」

「あら、皇鬼様とは気が合いそうですわ……実はですね、志乃親衛隊なるものがあるのですが……ふふ」

「! なんだと、それは!」

「……父上、もう色々とバレバレですね。隠す気ないですよね」

「そ、そんなことは無い……」


 そんな中、日南は皇鬼を見てとても驚いていた。

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