【第35話】そういえば

「綾斗さん……? 大丈夫ですか?」


 皇鬼が暗い顔をしていると、志乃はすかさず皇鬼の手を握った。皇鬼は少し笑って、志乃に抱きついた。


「俺も、守るから……」

「……守るって、何がですか?」


 志乃のその言葉に皆ぎょっとする。皇鬼は志乃の顔にそっと触れて、聞いた。


「志乃は、自分が死んだ日のことを覚えてる?」


 その質問に志乃はキョトンとして答えた。


「人妖の乱に巻き込まれて死んだんだと思います。たしか、子供を守って、心臓を一刺し……」

「そうか、分かった。辛いことを聞いたね、ごめん」

「いえ、全然大丈夫です!」



 

「……良かった、覚えてない」

 

 誰が言ったのだろうか。

 もちろん志乃には聞こえていなかった。少し空気が重いのを察してかどうか分からないが、伊万里が口を開いた。


「そういえばさぁ……君たち学校は」

「「「あ」」」

「だと思ったよ……」

「む、伊万里は俺と志乃の感動の再会を邪魔するつもりなのか?」

「いやいや、学校戻らないとダメでしょーが。というか朧姫が志乃だってバレたら大変でしょ、身元が判明するのはダメだって」

「伊万里が言っていることは至極当然のことですよ、父上。母上に危害が及ぶ可能性だってあるのですから」


 志乃に抱きつき、渋る皇鬼も未桜の言葉には折れた。志乃から離れる。


「じゃあ、学校帰るよ。久しぶりに近道しよっか!」


 蒼真はそう言うと志乃と紅賀の腕をグッと引いた。


「このまま行くよ、踏ん張って!」


 そのまま空高くジャンプした。3人で手を繋いで。


「わああ!」


 志乃はいきなりだったので驚いたが、すぐさま楽しくなった。


「蒼真……一言言えよ今度からは」

「はいはーい、でも驚きも人生には大切だからねぇ?」

「なんでもいいけど、楽しいね!」

「ふっ、志乃が楽しいんならいいか」

「ほら、あの建物まで飛ぶよー!」


 その様子を地上から少し寂しそうに、でも、楽しそうに皇鬼は見ていた。

 他の人たちを除いて、ただ1人、楽しそうに見ていた。


「ああー! 言ったそばから目立つ! 目立つなって言いましたよね!?」

「行っちゃったな……どんまい、臣くん」

「臣くん言うなぁぁ!」

「まあ、母上が楽しそうなので私的にはおっけーですけどね」

「ま、未桜の言う通りだね。今世を楽しく生きてもらわなきゃね、まあ、一応ついて行くよー」

『貴臣さんのことは任せて、行ってください』

「イーーッ!」


 血涙を流す貴臣を背に伊万里も後を追った。




 

***

「お前らどこほっつき歩いてた?」


 絶賛、今、朧月兄弟は怒られていた。

 事の経緯はこうである。

 ルンルンで帰ってきた朧月兄弟、その後メインストリートのど真ん中に仁王立ちしていた、なーこ先生にきちんと見つかり、今に至る。


「いや、散歩……」

「そんなわけないことくらい分かるわ」

「ちょっとトイレに……」

「そのトイレとは反対方向に行ったよな」

「……」

「……お前はなんか弁明しろ」


 なーこ先生はハァと大きなため息をついて、朧月兄弟を見た。


「大体、お前たちがどこに行ってたなんて予想が着く。私の日頃の観察眼を舐めるなよ。千年桜のところに行ったんだろ? 違うか?」

「うっそぉ、バレてるよ……」

「逆になんでバレないと思ったんだ……」


 なーこ先生は志乃の肩をギュッと掴むと、安堵した顔でこう言った。


「良かった……」

「え」

「断木の儀の中継中に突然ノイズがかかって見れなくなったんだ。だから何かあったんじゃないかと皆騒いで……朧月も会場にいるから、大丈夫かどうか心配だったんだ」

「先生……」


 志乃はジーンと感動していた。なーこ先生は志乃の中学からの知り合いで、恩人のような先生なのである。


「でも、学校抜け出すのはダメだな。反省文原稿用紙5枚だ。もちろん、兄共もな」

「ええー!」

「ご、5枚も……」

「……そんな書くことが無い」

「当然だろう? 心配したのは事実だが、まず、学校を抜け出さなければ心配もクソも無かったんだ。皆は学校で大人しく中継を見てたんだから」


 なーこ先生は悪い顔をして、ハハハと笑う。蒼真は後ほど言った。こんなにも極悪人らしい顔は初めて見た、と。

 大人しくお縄に着いた朧月兄弟はとぼとぼと校舎に向かった。校舎の窓からは生徒たちがまじまじと見ている。



「まあまあ、俺の顔に免じて反省文は無しにしてやってくれよ」


 突然そんな声が後ろから聞こえた。

 なーこ先生はバッと警戒心を露わにして振り向く。そして、目を見開いた。窓から見ている生徒たちも身を乗り出して、その男を見ていた。


 伊万里だった。


「あ、貴方様は……!」


 なーこ先生はそう言うとすぐさま跪いた。生徒達は皆驚愕の表情を浮かべる。


「ええ? どうしたんですか、なーこ……猫矢先生」

「どうしたもこうしたもない! お前も跪け! この御方は、獣王の1人、種族、猫を取り纏めるお方だぞ!? その名を呼ぶのもおこがましい。皇鬼様と同じ立場にいる御方だ!」


 なーこ先生が名前のことなど一切突っ込まないのはそれ程焦っているということ。生徒達は固唾を飲んでその場を見ていた。しかし、ところどころに黄色い声が聞こえるようで。


「かっこいい……!」

「美し……」

「やば……」


 その声に伊万里は満足そうだったが、ハッと思い出したように咳払いをした。


「君が、志乃の担任の先生?」

「っ、は、はい。朧月志乃の担任をやらせて頂いています。な、何か朧月たちが粗相を致しましたか? 私が指導しておきますゆえ、どうかお許しを……」


 なーこ先生は下を向いて、できるだけ低い姿勢で伊万里に許しを乞うた。伊万里は目をぱちくりさせて、少しだけ驚いた表情から、すぐににこやかな柔らかい笑顔になった。

 

「いやいや、ちがうよぉ。どちらかと言えば感謝したいぐらい。皇鬼に会いに来てくれてありがとってね」

「え、まさか、朧月志乃は」

「ふふ、あとは想像に任せるよ。あ、でも、このことは内緒でお願い。てな訳で反省文は無しにしてあげてねー」


 なーこ先生は何かに気づいた様子で志乃を見た。


「もう、伊万里、来るなら言ってよ!」

「ごめんて、でも、そんなこと言う前に行っちゃったの君らでしょ!」

「う、それは……」



「何か持ってるやつだとは思っていたが、まさかな……」


 なーこ先生の顔がふと綻んだ。

 そんな時校舎の方から甲高い、今まで聞いたこともないような黄色い、いや、金色の声が聞こえた。

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