【第34話】初めて見る怒り

「ちょっとどいてくれるかな」

「皇鬼という男に用がある」


 蒼真と紅賀だった。東雲と睨み合っている。


「尚更通せないな、お取り込み中だしな」


 東雲の手には黒に金の装飾が着いた煙管があった。東雲が煙管を吹かすと、その煙は意志を持っているかのように蒼真と紅賀にまとわりついた。東雲がニヤつく。


「この縛はなかなか抜け出せないことで有名でな。油断したのが敗因だな」

「ふーん、こんなんでね……」


 蒼真は冷めた瞳で東雲を見遣ると、その煙をつかみ、ブチブチと引きちぎった。


「な……!」

「こんなもんか、今の時代の術師は」


 続けて、紅賀もその煙を引きちぎる。その光景に東雲は絶句した。自分が誇っていたものが、なんの役にも立たなかったんだから。しかし東雲は言葉こそは失ったが、絶望はしなかった。縛の術が効かなかった今、できることはただ1つ。戦闘不能にさせることだった。東雲はすぐに思考を巡らせて、行動に移る。

 ふぅ、と煙を吹き出す。たちまち蛇の形になり、蒼真と紅賀に襲いかかる。東雲はニヤリと口を緩め、呟いた。


「幻惑香、みずち。これは全てを食い尽くし、酸で溶かす術だ。食われたら生きて出て来れん」


 バクッ、と2人に喰いつく蛇。それを見ていた志乃は兄達の元へ駆け寄ろうとしたが、皇鬼に止められた。そして皇鬼は志乃にこう言った。


「行くな、今あの場はとても危険な常態だ。君に何かあったら俺が悲しい。全く……千年桜の前で暴れ、しかも、感動の再会に水を差すとは、あいつらは死刑だな」

「……っ! 綾斗さん、あの2人は私の兄なんです! だから助けに行かなくちゃ」

「……兄なのか。……あの顔、何処かで」


 その時叫び声が聞こえた。


「何故、無傷なんだ!? 術はしっかり発動していたはず……」


 声の主は東雲であった。


「蛟ね……蛟は水の眷属でしょ? 僕ね、水はなんだ……」

「水なら蒸発させればいい、簡単なことだろ?」


 蒼真の周りには水の玉がふよふよと浮かんでいた。

 紅賀は火の玉が浮かんでいた。


「これだけやったんだから、やり返されても文句は言えないよな」


 紅賀はにっと口角を上げた。

 そして、火の玉は花に形を変えた。

 でもそこで、蒼真が今から暴れそうな勢いの紅賀を止める。


「僕らの目的はその術師じゃないんだから、この戦いはお預け。まあ、もう動けそうにないけどねぇ、その人も」


 蒼真のその言葉に紅賀は火力を弱めた。

 東雲はその場に崩れ、その他の術師が代わりに前に出る。蒼真と紅賀はそれら術師を一瞥すると、鼻であしらった。


「君たちごときが、僕達に勝てるとでも思ってるの? ハハッ、笑えないなぁ」


 そして、志乃に気がついた。いや、目線は志乃の隣の皇鬼に向けられていた。憎悪に満ちだ眼差しで。

 蒼真はダァンッという音を立てて術師の間を駆け抜けた。そして、


――ガァンッ


 気付けば皇鬼に斬りかかっていた。皇鬼はすぐさま腕に黒いものを纏わせて、その刀を止める。その情景に志乃は驚愕した。


「蒼兄……!」

「お前が、お前のせいだぁっ! お前がいたから朧姫は幸せになれなかったんだ!」


 蒼真は志乃の言葉を遮って、血を吐くような勢いで叫んだ。志乃はこんなに感情を顕にしている蒼真を初めて見た。蒼真の言っていることの意味が分からなかった。

 そんな志乃を放っておいて、蒼真は後方に飛び、体制を立て直してまた違う動きで斬り掛かる。そこに紅賀が加わる。


 志乃は未桜に守られるようにして、皇鬼と蒼真、紅賀の戦いを見ていた。


「お前さえ居なければ、俺達は幸せだったんだ……! 俺達の朧姫を返せ……!」

「これ以上僕達の宝物を奪わないでくれ……!」


 皇鬼はこの言葉を聞いて、少し動きが鈍くなった。そこを待っていたかのように紅賀が高く飛び立ち、斬り掛かる。


「紅兄! やめてぇー!」


 志乃の悲痛な叫びはその場に響き渡る轟音に掻き消された。


 白煙の中から人影が見えた。

 皇鬼だった。蒼真と紅賀は地面に倒れていた。


「すまん……ここで、死ぬ訳には行かない。俺はまだ、朧姫を幸せにしていないから、朧姫が幸せになった後なら殺してくれても構わない。だから、少しだけ待って欲しい。頼む」


 皇鬼から発せられた言葉と行動に誰もが驚いた。あの皇鬼が頭を垂れて頼んでいるのだ。誰もが動けない中、1人動いた者がいた。志乃である。


「綾斗さん……! 殺さないで……! 2人は私の兄なんです……大切な家族なんです……おねがい、お願いします……」


 志乃は皇鬼にすがりついて、涙を零した。その様子を見て、立ち上がった蒼真と紅賀は目を見開いた。


「志乃……そいつのことが好き? 今も」


 蒼真が優しい笑みで志乃に問いかける。志乃は皇鬼に抱きついて、幸せそうな笑顔を蒼真に向けた。


「うん、とっても大好きなんだ……私は幸せだよ、蒼兄、紅兄。いや、蒼と紅」


 その言葉で蒼真と紅賀は自然と涙が零れた。ぽろりぽろりと、今まで見たことがない、そんな顔だった。


「……思い、出したのか?」

「うん、蒼兄と紅兄のこと思い出したよ。ずっと守ってくれて、ありがとう。大好きだよ……」


 志乃は蒼真と紅賀に抱き着いた。蒼真も紅賀も志乃を強く抱き返す。


「僕も、志乃のこと大好きだよ……ぜったい、今度こそ守るから」

「志乃は俺達の宝物なんだ。今世では兄弟として生を授かった。もう、壊させはしない」

「「絶対に守ってみせる!」」



 その光景に流石の皇鬼も口を出さなかった。だって、その幸せを壊した原因は自分にもあったから。その幸せを壊したのは――――だから。

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