【第33話】愛しいあなた

 皇鬼は人の目も気にせず、志乃に抱きつく。

 優しい手つき、懐かしい匂い。志乃も皇鬼のことを抱きしめ返した。


「ごめんね、ごめんね……! 俺は君との約束を破ろうとした。君との大切な思い出なのに……! ごめんね朧姫」


 皇鬼は謝罪を述べるが、志乃は少し体を離し、皇鬼の顔を見て首を振って否定した。


「私がまずかけて欲しい言葉は謝罪じゃありません! 皇鬼様なら分かるでしょう?」

「……っ、そうだね! おかえり、朧姫」


 皇鬼は千年ぶりの笑顔で志乃を優しく、強く抱きしめた。志乃されるがままに身を委ねる。


 桜の花弁が桃の花弁と混ざり合い、舞い上がる。薄い桃色と、濃い桃色、まさに花の嵐だった。

 観客は息をするのも忘れて、幸せな2人を見ていた。記者も手を止めて見ていた。焔朝職員も武器をおろしてその光景を目に焼き付けた。


 どれくらい時間が経っただろう。志乃も皇鬼もこの時間がずっと続けばいいのにと思った。それくらい幸せだった。そっと離れる2人、でも何ひとつ怖くなかった。だってあなたが居るから。


「顔を見せて……」


 皇鬼はそっと志乃の頬を触り、顔を上げる。オニキスの瞳とアメジストの瞳が混ざりあって溶け合う。


「朧姫……」


 皇鬼は志乃の事を朧姫と呼んで、キスをしようとした。しかし志乃はムッという顔をして手でキスを止める。


「朧姫……?」

「私、今は朧姫って名前じゃありません。皇鬼様知ってるでしょ?」

「ふ、それなら俺の名前も知ってるでしょ? 俺は有名人だからね。俺も名前で呼んで欲しいな」

「む……確かに」


 皇鬼はふふふと志乃に笑いかける。


 その光景を見ていた者たちは口々にこう言った。


「皇鬼様があんなに笑っているのは初めて見たぞ」

「まさか、あの子が朧姫……」

「あの高校生が……? そんな訳ないでしょう」


 様々な論争が議員、妖のテントで飛び交う。その中で貴臣はおいおいと泣いて喜んでいた。

 

「皇鬼様……! おおお、おめでとうございます! なんだか私事のように嬉しいです……! ひぃん!」

「こらこら、臣くん泣かないでー」

「これが泣かずにいられますかっ」

「貴臣様、私も泣きたい気持ちでいっぱいですよ、でもここは人が多いので泣いていないのです。分かりますね、賢い貴臣様なら」

「……そうですね、泣き止みます」

「こいつ、俺の言うことは聞かないのに未桜の言うことならすぐに聞く……ガーン」


 貴臣は未桜に言われるとすぐに泣き止んだ。伊万里は悔しがるどころかショックを受けた。隣で、雲行が不思議そうな顔をしている。


「雲行? ああ、そういえば雲行、朧姫のこと知らないんだっけか」


 伊万里の問にこくこくと相槌を打つ雲行。


「でも今から分かっていくと思うよ」


 伊万里はニッコリ笑った。



 


「志乃、大好きだよ。もう離さない、君から飛び込んできたんだからね、反論は受け付けないよ」

「ふふふっ、私も手放すつもりは毛頭ありません……大好きです、綾斗さん」


 視線は混ざり合いそしてひとつになった。

 唇を重ね、手を握って、お互いの愛を確かめる。

 桜が揺らめく。揺らめく度に桃色の欠片が降り注いだ。2人の出会いを祝うかのように、喜ぶかのように、ひらひらと舞い落ちる。周りの桃の木も千年桜と一緒になって揺らめいた。さわさわと、優雅に、優しく。


 皇鬼と志乃はその光景を見て幸せそうに微笑んだ。そして。


「ありがとう、千年桜」


 志乃はそっと呟いた。皇鬼はそんな志乃を見て少し不思議そうな顔をしたが、そうだねと返した。



「皇鬼ぃー! おーい!」


 伊万里が手を振りながら、こちらに走っていた。未桜、雲行、貴臣と続く。


「母上……!」


 未桜は志乃に抱きつき、ほろりほろりと泣いた。伊万里は、志乃のことをじっと見て口を開く。


「ほぇ、朧姫そっくりじゃん。おいおい、すーちゃん、今度こそ守り抜けよ?」

「当たり前だろ。おい、なんだその珍妙なあだ名は」

「母上ぇ……」

「未桜はそろそろ泣き止め」

「母君に千年ぶりに再開して感動しているんですから、水を刺さないでくださいよ、皇鬼様」

「お前のような空気読めねえ奴に言われたかないわ」

「私のどぉこが、空気読めない男なのですか……! こんなに空気の読める男なのに……悲しいです。あの言葉は嘘だったのですね……」

「ふふっ、見知らぬ人もいるけど、伊万里は平安の世から全然変わんないね! 未桜、泣かないでよ。今の私は朧姫であって、朧姫じゃないんだから、私のことは名前で呼んで」

「それは無理なお願いですぅ……ひっく、母上はいつまでも私の母上なのです!」

「私16歳なんだけどな……」

「16歳……色々と育てがいのある時期だな……」

「綾斗さん?」

「おい、皇鬼、変なこと考えてるんじゃ無いよね」

「父上、サイテーですわ」

「うわ、考えることがえろじじい……」

『皇鬼様、そういうのは良くないです』


 伊万里、未桜、貴臣、雲行から大バッシングを受ける皇鬼だが、全く反省の色を示さない。志乃は全く理解しておらず、はてなマークいっぱいの顔である。その顔を見て、未桜は皇鬼をじろと睨んだ。


「母上は全く理解出来ていません。そんな無垢な母上に変なことしたら全員でキレます」

「はんっ、知らん」

「こんなに無垢な真っ白の女の子に手ぇ出すなんて……そんなことしたら、皇鬼、犯罪者だよ? 最悪、朧姫……いや志乃に嫌われるよ……?」

「そっ、それは嫌だ……志乃に嫌われたら、俺、世界滅ぼすかも」

「重いですねーそんなに重い人は嫌われますよ」

「なんだかよく分かんないですが、皇鬼様を嫌いになることはありませんよ?」


 穢れのない輝きを放つ志乃の目を見て、皇鬼は心の中で泣いた。無垢すぎると。

 その時、周りがざわめき始めた。主に焔朝職員が警戒している。警戒している方を見ると、そこには見知った顔の人がいた。

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