07話
「わざわざ来てくれたのか」
「うん」
「ありがとう、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
なんとなく寝られなくてある程度走ってからここに来た形になる。
手を差し出してきたからぎゅっと握って頷くと「帰ってきたらまたよろしく頼む」と言って車に乗り込んだ。
見えなくなるまで見送って、これ以上は走るつもりはなかったから家に帰ると「おかえり」と今日もソファを独占している姉がいたので挨拶をした。
「いつも早起きだね、走ることに付き合ってくれればいいのに」
「嫌だよ、初心者が相手でも容赦ないでしょ」
「それはお姉ちゃんが『まだ大丈夫』って意地を張るからじゃない?」
大丈夫だと言われればそれを信じて動くだけだ、だから後から文句を言われても困るというわけ。
「まあそれはいいよ、朋世ちゃんはどうだったの?」
「いつも通りの朋世だったよ、昨日はちょっと本調子じゃなかったけど大丈夫だと思う」
なにも急に変わったなんてことではないからだ、そこはもう高校二年生ということで上手くやる。
でも、あれには本当に驚いたな、と、早く起きなければならないのにお祭りが終わってからも帰りたくないなどと言って私の家に夜遅くまでいたぐらいだ。
「そうだ、さっき澄子ちゃんが来たんだけど公園で待っているから来てだってさ」
「えぇ、家で待っていればいいのに」
「やっぱりまだ私と二人きりは緊張するんでしょ、早く行ってあげな」
会えるかどうかも分からない細道から分かりやすい場所に変わっただけでも進展したということなのだろうか? とにかく、そこまで汗をかいたというわけではないから行くことにした。
他県に行かなければならない朋世が早起きをするのはいいとして、なにも予定がないはずの私達も同じようなことをしていて自然と起きてしまうお婆ちゃんみたいだ。
「おはようございます」
「早起きしたなら朋世のところに行ってくればよかったのに、私は行ってきたよ」
「希南さんならともかくとして、私からは求めていないでしょう」
「あと、家に来たなら家にいなよ、なんで上がらないの」
「私はあなたに用があるからです、お姉さんやご両親に迷惑をかけたくないんです」
変な拘りで疲れてしまうのは自分だというのにいいのだろうか。
立っていても仕方がないから横に座ると「熱いですね」と言ってきたから走ったことを説明したら「あなたらしいです」と重ねてきた。
「朋世さんはどうでしたか?」
「いつも通りだったよ、帰ってきたらまた三人で集まろう」
「はい」
「それで? 今日はなんの用なのかな?」
走りたいということなら喜んで付き合う、お買い物に行きたいとかであっても同じようなものだ。
一人でいるなら走るか休むか課題をやるか姉と話すかという四択から選ぶことになるため、選択肢が増えるのはいいことだった。
「この前も言ったようにあなたといたいからお姉さんに頼んだだけですよ」
「それなら家に行かない? 課題をやろうよ」
「今日は私の家でもいいですか?」
「いいよっ、じゃあ勉強道具を持ってくるから先に行って――ちゃんと行くよ?」
こういうときに手を掴めばいいのに腕を掴んでくるのが彼女らしかった――ではない、何故腕を掴まれたのかという話だ。
彼女としてはいちいち私の家に行くよりも先に行って待っている方が楽だからと考えて言ったのにまるで逆効果みたいだ。
「別行動をする必要がないというだけですよ」
「えぇ、それをこうして公園まで来させた澄子が言うの? はは、おかしいね」
「おかしくはないですよ」
怖いな、朋世だって勝てない顔がそこにある。
時間をかけても意味はないからささっと行ってささっと彼女家に移動、部屋に入る前にお休みだった彼女のお母さんと話すことになったけど特になにもなかった。
「こう言ってはなんだけど、澄子とお母さんって似ていないかも」
「どうせ明るくありませんよ」
「明るさじゃなくて見た目の方向性かな、お母さんは可愛い感じだったから」
私の家も母と姉は似ていてもこちらは似ていないからそこら辺りは父の方からきていることが分かる、まあ、中には実際の親は違った! なんて例外の件もあるけどどれにしたってなにもそのままそっくり似るわけではないからね。
「まさか適当に奇麗だとか言うつもりはありませんよね?」
「え、奇麗だけど」
「はぁ……一定のレベルであれば誰にでも言っていそうですよね」
「え、相手が可愛かったら可愛いって言うし、奇麗だったら奇麗って言うよ」
逆に悪く言う人間がいたら引く。
「じゃあどこら辺が奇麗なんですか?」
「えっ? そ、それは……それぞれのパーツの……うん」
「適当じゃないですか、いいから課題をやりましょう」
いやいや、そんなものだろう。
語彙がないだけだと見られてしまうかもしれないけど奇麗な景色を見たときにいちいちここはこうだからあそこはああだから奇麗なんて言う人間ばかりではないはず、そう感じたからこそぼそっと出るだけだ。
「きゃっ、な、なんですかっ」
「意地が悪いことを言う澄子が悪い、罰として足を貸しな」
「課題はどうするんですか……」
「十五分もあれば終わる量しか残っていないから帰ってからでいい、それより罰を与える方が優先だから」
ただ、お風呂に入ってくるべきだったと少し後悔をした。
そのため、あまり影響がなさそうな場所で縮こまっていることしかできなかった。
「もしもし? うん、迷惑はかけていないよ」
「そうか、ならいいのだが」
「でも、すぐに寝ちゃう子でね、その点は困っているかな」
部屋主なのに床で寝かせたままというわけにはいかなかったから先程、ベッドまで運んだ。
喋っていないと本当に奇麗でついついじっと見てしまったぐらいだけど、仮に寝たふりをされていた場合には追い出されてしまうから見るのをやめて床に寝転んだ。
どうしようかなと悩んでいたところに電話をかけてきてくれた彼女には感謝しかない、去年はこんなこともなかったからね。
「はは、希南が言えることではないな」
「はは、だね」
「はぁ、希南に早く会いたい」
「一週間とかじゃないのがいいよね、朋世も早く顔を見せてよ」
「ビデオ通話をしないか?」
切り替えて話しかけてくるのを待っていると「早速迷惑をかけているみたいだな」と言われて笑うしかなかった。
「今朝ね、早起きしたなら朋世のところに行けばよかったのにって言ったら朋世は求めていないだろうからとか無駄に悪く考えていてさ」
「私は希南だって来てくれるとは思わなかったがな」
「昨日はあんなことを言っていたからちょっと気になってね」
お祭りが終わってしまったということと、夏休みがもう残り少ないことと、他にも理寝られなかった理由はあるけど彼女のことだって大きかった。
すぐに安心させてあげられるようなことはできないけどそれならせめて行ってしまう前にちょっとでもという気持ちがあって彼女の家に向かったのだ。
先に走ったからついでのように見えてしまうかもしれないものの、適当ではないことは分かってもらいたい。
「そういうところが好きだぞ」
「じゃあ逆にどういうところは嫌い?」
直せることなら直していきたい、好きだと言ってもらえる部分を増やしたい。
「そうだな……嫌いではないが基本的に自分の方から来てくれることがほとんどないことだな、だからこそ今回は嬉しかったわけだが」
「あー確かに任せちゃっているもんね」
「でも、それぐらいだな」
「なら帰ってきたらいっぱい行くね、学校でもそうだよ」
そこに澄子も加われば彼女も喜んでくれるはずだ、私も彼女と一緒にいられて嬉しいから本当にいい関係だと思う。
だけどそうなるといますぐにでも帰ってきてほしいという気持ちが強くなってしまうのが問題だった、まあ、変えようとしても本人がいなければ意味がないのだから間違っているとも言えないけどわがままはよくない。
「そうか、それなら澄子も嬉しいだろう」
「んーどうだろう、一緒にいたいとは言ってくれているけど素直じゃないというか意地悪なところがあるからね」
「それはあれだ、希南のことが好きだからだ」
「好き、かぁ」
好き……友達としてもまだ好きというところまでいっていない気がする。
いまはただ彼女と同じで相手をしてほしいだけなのだ、たまたまこっちにいるから私となっているだけで彼女がいてくれればそっちに行っていた……ような行っていなかったようなという曖昧な感じだった。
「ま、変なことになって求められたら受け入れてやれ」
「朋世は?」
「仮に澄子が希南の彼女になっても行かせてもらう」
「はは、そっか」
って、これだけ好きだと言ってくれていてもやはりないか。
恋に重きを置いているわけではないから空しく感じたり寂しく感じたりはしないけどおーいと言いたくなる件ではあった。
「っと、母さんに呼ばれたからもう切るぞ」
「はーい、また明日ねー」
電源を落としてなんとなく意識を向けてみるとこちらを見ている二つの目が。
「起きていたんだ」
「はい、ちょっとここに来てください」
「うんしょっと、はいはい、いま行きますからねー……っと!?」
危ない危ない、ベッドがあるとはいえ、いきなり引っ張るのはやめよう。
今回も怪我をしたときに後悔することになるのは彼女だ、だというのにこっちを見下ろして「またあなたは朋世さんとこそこそしていましたね」と口にして怖い顔をしている。
「そんなに朋世さんの方がいいんですか?」
「べ、別に差を作っているつもりはないけど」
ち、近い、あとなんか初めて見る表情で意識を逸らせない。
でも、そういうのと同じぐらい初対面のときは気持ちが悪いとか言ってくれていた子がこんなことをしてくれている! というそれが大きくてドキドキしていた。
「ならいまから差を作ってください、私、今回の件で独占欲が強いということが分かりました」
「さ、差を作ってくれってすごい発言だね」
私でも勇気を出さなければ言えないようなことだ。
「で、どうなんですか?」
「えーっと……つまり特別な関係になりたいってこと?」
「無理ならいますぐに帰ってください」
とは言いつつもこちらをベッドに押し付けるのはやめない彼女、期待と不安、この場合は後者の方が大きいのかもしれない。
「無理じゃないけど、ちょっと上からどいて?」
「はい……」
だってキャラ的に押し付けるのはこちら側だろうなどと内で言い訳をしつつ普通に座って、違うところを見ている彼女の意識をこちらに向けさせる。
一番最初のときとは全く変わってしまったその顔に影響を受けて顔を抱きしめた、そこまで強くはしていないから苦しさなんかはないはずだ。
「澄子が求めるならいいよ」
「……少しもないんですか?」
「あー前から澄子相手にドキッとすることは多かったけどね」
「でも、今日までそれっぽいことはしていませんでしたけど」
「え、そう? こっちのことをよく恥ずかしい気持ちにさせていたし、いい笑みを浮かべたりして攻略しようとしていたじゃん」
無自覚に色々とやってしまうということならこれから不安になることも多くなるかもしれない、だって私にも影響するあの笑みを他の子相手にも見せるということは被害者というのが量産されそうだからだ。
まあ、それでやめてよ! などと叫ぶようなところも想像できないけど、回数が増えれば余裕がなくなってしまう可能性もゼロではない……だろうから? とにかく、余裕がない自分を直視することになるのが嫌だった。
「すみません、嘘をつきました」
「嘘?」
「元から独占欲が強い人間だと分かっていたので同じ失敗をしないように遠ざけようとしていたんです、なのにあなたが来て駄目になってしまいました」
「あ、初対面のときの話か、自分が決めたルールを破ってすぐに諦めちゃったけど」
仮に私が同じような状態だったとしても気持ちが悪いとまでは言えない、それでも同じようにするならなにも言わずに去るか、本当であれどうであれ同性に興味があると吐いて距離を作らせるか、というところだ。
昔よりは普通になったとはいえ、まだまだノーマルとは言えない、それでもと受け入れられる人間はあまりいないのだ。
「迷わずに来てくれたのが大きかったんです」
「会えなかったけどね。だけどそっか、澄子にとっての正解を選んでいたということだよね」
呼び出されれば基本的には行くけどそれがいい方向に影響したことは初めてかもしれなかった。
「……あの、いつまで抱きしめているつもりなんですか?」
「え、そんなの解散になるまでずっとだよ」
「……わ、私は希南さんが好きになったんですよ?」
「うん、だからこうしているんでしょ? 前までだったらこんなことはできなかったからね」
頭を撫でることすらさせてもらえなかった、恨むなら自分を恨んでほしい。
だけど限界がきたのかこっちの背中に回している腕に力がどんどんと加わってこっちが苦しくなってきてしまったという、やはりまだこういうのは違うと抵抗したい気持ちがあるのだろうか?
「……希南さんは勘違いをしています」
「勘違い?」
「先程も言いましたが私は希南さんのことが好きになりました、それで好きな人がこうして触れてきてくれていたら影響を強く受けます」
「なるほどっ、そういうことかっ」
つまり興奮……とまではいかなくてもこう、うん、という感じなのか。
へえ、私が相手でもそんな風になるのかと面白くなる、だけど敢えて意地悪をしたりはしない。
「こっちの方がいいです」
「好きだな~」
「好きですよ、いいですか……?」
「んーお昼から不健全だから――あ、電話だ、ちょっと待ってて、もしもし?」
相手は姉だった、なんか牛乳とかを買ってきてほしいみたいだから行ってくることにする。
ささっと済ませて自宅へ、じっとしておくことが嫌いな少女も一緒にいる。
「ごめん、自分で行こうと思ったんだけど暑そうで出たくなくなってね」
「いいよ、はい、お菓子も買ってきたよ」
「お、これ私が好きなやつじゃん、ありがと」
「じゃ、澄子の家に戻る――ぐぇ」
そうか、姉も寂しがり屋だったか。
この前は何故ソファで過ごしているのか~などと考えた自分、だけどここで過ごしている理由なんていちいち聞かなくても簡単に分かってしまうことだった。
ここだったら両親や私が来るからだ、みんな部屋で過ごす人間ばかりではないから意識をしなくても自然と喋ることができる、だからスマホを弄っているふりをしながらここにいるのだ。
「もうちょっと家にいなよ、澄子ちゃんもいるんだからいいでしょ?」
「あー実はさ」
隠すような人間ではないから先程あったことを教えると「嘘!?」と姉が驚いていたけど、少し大袈裟な反応だとしか言いようがなかった。
あーまあ、恋より食事! 恋より自分のやりたいことをやる! というタイプだったから姉が悪いというわけでもないけどさ。
「えっ、じゃあいま澄子ちゃんは……ごめん!」
「あ、謝らないでください、急ぎすぎた私がおかしいだけですから……」
「だ、だってお預け状態……ということだよね?」
「い、いえ、寧ろお姉さんが電話をかけてきてくれて助かりました、そうでもなければ初日からその……はい」
この二人はなーにを言っているのか、そして姉は恋愛経験だってあるのに初というかなんというか、まるで未経験ですよみたいな反応を見せている。
もしかして本当はこういう感じでなければいけないのだろうか? 私は初めてなのだからえ、えー! などと驚いてみせないといけないということなら早くも失敗したことになるけど……。
「しかも朋世さんが他県に行ったタイミングで仕掛けるとか悪い人間ですからね」
「いや、それは関係ないよ、希南が迷いなく受け入れたということは朋世ちゃんにはなかったということなんでしょ? だったら大事なのは希南と澄子ちゃんの気持ちということなんだからさ」
「……そう言ってもらえるとありがたいですけど」
そんなことを考えつつも抑えられなかったということか。
私が逆の立場だったらどうしていたのだろうか、最近は自分らしく過ごせないことも多かったから真っすぐに告白をしていた! などとは考えづらい。
同性が好きで、その好きな相手の側に自分よりも前から一緒にいる同性がいたら気にしてしまうのかな、八つ当たりだけはしていなかっただろうけど……。
「順番を間違っちゃったけどおめでとう、希南のことよろしくね」
「はい」
「希南は……ちゃんと家に帰ってくればそれでいいや」
「帰ってくるよ」
ここが私の家だから、彼女との関係が変わったってそこは変わらない。
引き留めてきたのは姉なのに今度はやたらと追い出そうとしてくるから彼女のことを考えて出ることにしたのだった。
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