08話
「ただいま」
「おかえり……ぃい!?」
近づいてきてくれたから抱きしめようとしたらするりと躱されて駄目だった。
ど、どうしたと言うのか、少し離れたことで冷静になりすぎてしまったということなのかあ!? と困惑していると「おっと、それは不味いだろう、もう前までとは違うのだ」と答えてくれたけど……。
「関係ないよ、おかえりのハグぐらい普通だよ」
「そんな普通はない」
あくまで冷たい顔でそう重ねてきただけだった。
長くいるつもりはなかったからしょげて一人で帰ろうとしたら「私も行く、だから少し待っていてくれ」と言われたので外で腕を組みつつ待っていた、三分とかからなかったからありがたかった。
「しかし、私がいない間に変わるとは思っていなかったから驚いたぞ」
「なんか我慢していたみたい」
姉に家を追い出された後はいたって健全な時間だった、一緒に昼寝をしただけだ。
改めて考えてみなくても私達は寝ることで仲を深めてきたことになる、なにも話すだけが全てではないのだと教えられた気がした。
「そうか、本当にこそこそしていたのは澄子だった、ということになるな――で、今日は?」
「まだ来ていないよ、私もまだ走っていないぐらいだから偉そうには言えないけど、そんなものだよ」
もう十時を過ぎているのに走っていないなんてやばいとしか言いようがない。
ただ、本来寝る時間ではないときに寝ていても寝られてしまうから仕方がないのだ、気持ちよすぎるのだ。
「なるほどな、なら遠慮をしてくれているのかもしれないな、それかもしくは、勢いで行動してしまったことを恥ずかしく感じて顔を出せない、というところか」
「それもないと思うけどね、ま、いまは朋世を優先ということで私の家に行こう!」
「はは、元々そのつもりだが」
あ、だけどここで最高に澄子らしいところを見せてくれた。
挨拶をして鍵を開けて上がってもらう、飲み物を渡して床に座ると何故か澄子も横に座ってきた。
「ソファに座らないの?」
澄子が答えない代わりに「ふっ、私は独り占めできていいがな」と朋世が言う。
「はは、お姉ちゃんが来るまではそうだね」
「だが、珍しいな」
「確かに、ゆっくり寝たいときがあるのかもね」
あの日、家に帰った後は私よりもハイテンションで恋のことについて話していたから興味が出たのかもしれなかった。
うーん、異性か同性かどっちかは分からないけど誰かに対して媚び媚びな姉がまた出現するのか、あの頃のことを思い出して微妙な気分になっていく。
「そう警戒してくれるな」
「……別にそういうわけでは」
「顔も見られないまま数日は経過したからな、希南と一緒にいたかったのだ」
「当日以外は連絡をしてきてくれなかったけどね~」
今回が初めてだから実際はこんな感じなのかもしれない、けど、行く前日にあれで当日にも連絡してきてくれたから期待をしてしまったのだ。
だから期待をした分、その差にやられてしまって走る量を増やしていた、もやもやをなんとかするために澄子を頼るのも違ったからそうするしかなかったことになる。
「それはあれだ、こいつらぁあ! と怒っていたのだ」
「はは、楽しかったんだね」
「ああ、迎えてしまえばそんなものだ」
「だけど今度からは連絡をしてね、私は確かに澄子からのそれを受け入れたけど、それとこれとは別だと思うから」
「分かった、例えデートをしている日だろうと連絡をさせてもらおう」
それがいい、すぐには反応できないかもしれないけどちゃんと返させてもらう。
「だが、澄子的には駄目みたいだな」
「いえ、黙っているのはそういうところからきているわけではないんです」
「つまり?」
「……こうして近くにいられるだけで満足しておくべきなのにその……」
朝……昼? から過激派少女だった。
転校することになったのはお父さんの仕事の関係だって教えてくれたけど、本当は彼女のそういうところからきているのかもしれなかった。
ま、まあ、どんな理由であれ転校してきてくれていなかったら会えていなかったわけだから? 私からしたらありがたいことだけどさ。
「分かった分かった、私はこれで帰ろう」
「だからっ」
「いや、車内で中途半端に寝たのもあって眠たいのだ、希南、いいだろう?」
「うーん、ちょっと寂しいけど帰りたがっているのに無理やり止めるのも違うから」
「ああ、また明日会おう」
外まで見送って戻ってきたらいきなりがばっと抱きしめてきた。
存在しているだけで相手をそういう気持ちにさせてしまえるなんて私はすごい、などとふざけている場合ではないか。
こちらからも抱きしめ返して落ち着かせる、友達が帰った瞬間にこんなことをしているのはどうなのと考えている自分もいるけど無視だ。
「自由にしてくれていいから、我慢なんてしなくていいからね」
「……ありがとうございます」
彼女の希望で部屋に移動してからもずっとそんな感じだった。
「ここの海は……あんまり奇麗じゃありませんね」
「ということは澄子の元いた場所は奇麗だったんだ、少し羨ましいかな」
「はい、泳げる場所でしたしね、こんなに人も少なくありませんでした」
隣の市には泳げて夏は人がいっぱいになる場所があるけどこっちにはないから諦めてもらうしかなかった。
まあでも、奇麗であってもそうでなくても楽しむことはできる、なにも水着を着て泳ぐことだけが全てではないというやつだ。
「でも、関係ありません、希南さんがいてくれればそれでいいです」
「えらく気に入ってくれたねぇ」
「当たり前ですよ、それに希南さんはあっちも許してくれますからね」
「ちょ、やらしい言い方をしないでくれる? 抱きしめているだけじゃん」
「そうですか?」
いや、そうですかと聞かれてもそうだと答えるしかない。
まだ姉や朋世にだって堂々と言うことができる内容だ、これ以上になったら流石に私でも無理になるけど……。
「いいですか?」
「うわーお、そういう願望があったのかー」
「人はいないじゃないですか」
「いいけど、そんなに落ち着くの? これ」
「落ち着きます」
あ、ちなみに言っておくと今日朋世がいないのはしつこく誘ったのに受け入れてくれなかったからだった、澄子が彼女になっても行くと言っていたのに実際は遠慮をしているからなんとかしたいところだったりもする。
もちろん、二人きりならいまみたいに自由にさせるけど三人のときは上手くコントロールするつもりだった、だから少し残念だ。
「いい天気だ~」
「好きです」
「前も聞いたと思うけど朋世じゃ駄目だった?」
「はぁ、朋世さんは明らかにあなたのことを意識していましたよね? それなのに好きになるわけがないじゃないですか」
そういうものかな? 自分から恋をするということがなかったから分からないけど好きな子がいる魅力的な子を好きになるってことはありそうだけどな、まあ、ほとんど確率で上手くはいかないから正しいと言えば正しいのかもしれないものの、なるわけがないと断言してしまえるのはすごかった。
「え、じゃあ私のことが好きだと分かっていたのに取っちゃったんだ?」
「もうっ、意地悪をしないでくださいっ」
「耳がっ」
「自業自得ですっ、ふんっ」
熱烈だぁ、抱きしめる力が毎回強くて骨のことが心配になるこの感じ、なんてね。
進んで彼女で遊びたいわけではないし、朋世に数回聞いてもなにも出てこなかったのだからこれは私が悪い。
「ごめん、謝るから――あ、この場合は謝ったから許して?」
「……先程も言いましたがいまの件以外は希南さんは優しいので大丈夫です」
「ならいいや、よし、せっかく来たんだからこのまま夕方頃まで過ごそう、水なんかも持ってきたから大丈夫だよね?」
「はい、それでいいです」
落ち着くというそれが分かってきたのと、そもそも最初からなんら嫌なことではないということでずっとこのままでも構わなかった。
走ることと彼女に触れていることを天秤にかけたら面白い結果になりそうだけど、やはりじっとできない人間というわけではないから大丈夫だ。
満足できるまで付き合うだけだった。
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