06話

「おはようございます」

「……そういえば前もこんなことがあったよね」

「あなたのお家にもお泊まりさせてもらいましたからね」


 昨日、帰ったときも彼女が起きたりはせずにそのまま寝る流れになった。

 夏だからお腹に布団を掛けるだけで十分だった自分、だというのに彼女は律儀に体に掛けていたな~なんて考えつつ布団を畳む。


「昨夜、朋世さんとどこかに行っていましたよね」

「うっ、べ、別に西米さんを仲間外れにしたかったわけじゃないんだよ? 私はただ、朋世に誘われて出ていただけで」

「朋世、ですか」

「ああ! 呼び捨てでいいって言ってくれたんだよ! そのままの流れで西米さんのことも名前で呼んでやれって言われたけど流石に勝手にする勇気がなかったよ」


 これ、それこそ朋世がいたら「なに一人でぺらぺらと喋っているのだ」と言葉で刺されてしまう件だった。

 でも、仕方がないんだ、朋世の場合よりも無表情が怖いのだ。


「別に構いませんよ、なにか損なことがあるというわけでもないですし」

「え、あっ、熱があるのかな?」

「いいから名前で呼んでください」


 で、出た、この「いいから」攻撃には困ってしまう。


「私も希南さんと呼びますから、さあ早く」

「す、澄子……ちゃん?」

「澄子でいいです。さ、廊下で待っている朋世さんと一緒に一階に行きましょうか」


 彼女はこちらの腕を掴んでから「流石に今日は帰らなければなりませんからね」と重ねた。

 というか、部屋主さんは廊下でなにをしていたのか。

 まあいい、今日は朋世と走れる日だから朝からいい気分だ。


「一緒に走りたいところですが筋肉痛が酷いので帰り――つ、突かないでください」

「はは、気を付けろよ」

「はい、ありがとうございます、そちらも気を付けてください」


 とはいえ、ご飯を食べた後すぐに走りたいなんて考える人間ではない。

 そういうのもあって歯を磨いてから部屋に戻った私だけど、何故か今日は自分の部屋にいようとしない彼女だった。


「なんで入ってこないの?」

「特に理由はない、それより走りに行こう」

「え、まだ早くない?」

「早く走った方がそれだけ長く休める」

「あ、じゃあ行こうか」


 急に一人でいたくなってしまったものの、約束があることからも帰ってほしいなんて言えずに困っているというところだろうか。

 それなら早く解散にしてあげるべきだ、そして家で大人しくしていよう。

 課題なんかもあるからね、遊んでばかりもいられないのだ。


「夢に希南が出てきてな」

「お、高スペックだった?」

「いや、いつも通りの希南だった、だが、希南はいつも通りなのに私の方は違ったのだ」


 え、なになに、なんか気になるじゃん。

 走っているけどそちらに意識を完全に持っていかれている、が、彼女はすぐに答えようとしない。

 もしかしてえっちな夢を見たとか!? とハイテンションでいると「包丁を持った私が希南の首めがけて、な」と答えてくれたのはいいけどえぇと一気にテンションが萎えた。


「夢の中の私は構ってくれない希南に耐えられなくなって殺して常に側にいてもらえるようにしたのだ」

「こ、怖い……」

「現実の私が違うのかどうか考えた結果、内が黒く染まり始めたからなるべく顔を見ないようにしたのだ」

「ひぇぇ!?」

「ふっ、これを作り話だと思うか?」


 首を振りたいところだけど語っているときの声音なんかが影響していてできなかった。

 致命傷を食らわないためにも逃げた方がいいのかもしれない、なんてね、実際はそんなことよりも自分が捕まってしまうことの方が気になるだろうからありえないのだ。

 だからあくまでいつも通りの私達でいられた、時間を確認せずに走った結果、約一時間四十五分も好きなことに使うことができた。


「お疲れ様!」

「ああ、希南もな」

「汗をかいちゃったから今日はこれで帰るね」

「ああ、また会おう」


 変なことが起きたのはこのタイミングでだった。


「あれ、澄子?」

「先程ぶりですね」


 別れたはずの澄子が家の前で立っていたのだ。

 とりあえずお風呂に入りたいからと姉がいるのをいいことにリビングに移動してもらったけど、筋肉痛とやらは大丈夫なのだろうか?


「ただいま」

「おかえり」「おかえりなさい」

「お姉ちゃんありがとう」

「うん、私は部屋に行っているから」


 というか、部屋よりリビングが大好きなのは何故だろうか。

 ソファよりも柔らかいベッドがあるわけだし、自分で購入したゲーム機とかなんかも全部あそこにある、だというのにソファの幽霊とばかりにいつも座っているのだ――は、いいか。

 いまは澄子のことだ、ソファに座ってこちらを見てきているけどどうしたのか。


「ちゃんと飲み物を飲んでください」

「あ、うん」

「それでここに来た理由ですけど、あなたとまだ一緒にいたかったからです」

「帰らなければよかったのに」


 私がいれば彼女がいても構わないと言っていたぐらいだから参加することになっていても楽しい時間になった。


「朋世さんのことを考えたらできませんでした、なので解散になってから付き合ってもらおうと思いまして」

「お姉ちゃんといても気まずくないんだから上がっていればよかったのに、夏に無理をしても後悔するだけだよ?」

「こうして目的通り、あなたと会えているなら後悔しようがないじゃないですか」


 うーむ、変わったなぁ。

 遊んでばかりもいらないから課題を云々と口にすると「あなたらしいですね、そのためにこちらも持ってきました」とやる気満々な彼女、一緒にやってくれるということなら普通にありがたいからなにも言わずにお勉強タイムにした。


「最近、両親の帰宅時間が遅くて寂しいんです、その点、普段は学校があるので気にならなくていいんです」

「寂しがり屋なんだ?」


 ご両親の帰宅時間が遅いというか、学校に行っていないから一人の時間が長いからそう感じるだけだろう。

 顔を見られた瞬間に「おかえりなさいっ」とハイテンションな彼女が? それはまたなんとも可愛いなと内で盛り上がる。

 いい笑みを浮かべてくれるときもあるけど基本的に無表情か呆れた顔がメインだからね、感情を分かりやすく表に出す元気っ子とかだったら新鮮さもないんだろうな、と。


「と言うより、やはりまだこっちには慣れていないので、一人で遊びに行ってもつまらないですしね」

「なるほどね」

「なのでその点、夏休みでもあなた達といられれば違うと言いますか……」

「朋世じゃなくていいの?」

「朋世さんもいい人ですけどあなたもその……」


 おーいおい、全く集中できないぞこれ。

 何度も言っているように二人のときは態度が変わる、ただ、これだけ変わるとどうしても引っ張られてしまうわけだ。


「か、課題をやろうかっ」

「……足を借りてもいいですか?」

「い、いいけど」


 やろうやろう、やり終えたらぐでーんとなって休もう。

 彼女に足を貸している以外にはなにもないから集中することができた、そこまで量があるわけではないから特に意識をすることもなかった。


「だけど今日はこれぐらいかなー……っと、寝てる」


 無防備だぜ、初対面のときのことを考えればありえないことが起きている。

 それでも邪魔をしたくはないから上半身だけ痛まないように倒して目を閉じた、一部分だけでも温かいのもあって心地よかった。




「希南ー?」

「あの」

「もしかして寝ている感じ?」

「はい」


 泊まりに行ったり走りに行ったり寝たりととにかく自由な妹に苦笑する、で、澄子ちゃんの足を利用せずに利用されている辺りが妹らしかった。


「寝ているならもうちょっと後でもいいか」


 暇だったからご飯を作って一緒に食べるのが一番よかったけど冷めてから食べてほしくはないから仕方がないと片づける。

 面倒くさい拘りだけどレンジがあるからいいとは考えられないのだ、動いたのであればすぐに食べてもらって「美味しい」と言ってもらいたい。


「もしかしてご飯のことですか?」

「うん」

「手伝います、希南さんなら起こされても不機嫌になったりしないですよ」

「お」


 おお、朋世ちゃんにだけ懐いていると思ったけどそうでもないみたいだ。


「な、名前で呼び合うようにしたんです、もう約三か月目に入ろうとしているところなのでいいかなと思いまして」


 ぷふ、いちいち早口で言い訳的なことをしなくていいのに、とは思いつつも仲を考えて表に出したりはしなかった。

 手伝ってくれるということだから一階に彼女と一緒に移動する、明日買い物に行くから冷蔵庫にある食材を全て使用して豪華な夜ご飯にしようと思う。

 ただ、心を開いてくれた彼女が作ってくれた方が妹は喜ぶだろうから出しゃばったりはしないようにする、私的にはちょっとでも手伝って必要な言葉を貰えればそれでいいのだ。


「澄子ちゃん、澄子ちゃんさえよかったらもっと家に来てよ」

「……今日のこれだってずるみたいなものですけど……」

「大丈夫、あ、走ろうと誘われても断ればいいからね? そこだけは簡単に受け入れちゃ駄目」


 腕を組み目を閉じて付き合って後悔した日のことを思い出す。

 あのときの私は馬鹿だった、あの子はなんに対してだって楽しく向かい合うことができるというのにレアな感じがして……うん。


「昨日、走りました」

「うわぁ」

「でも、私が無理やり参加させてもらったんです」

「え、なんで? 別にずっと走っているわけではないから帰ってくるよ?」

「……すぐに解散にはしたくなかったからです」


「西米さんにお礼をしてくる!」と言って出て行った妹だけど、本当にそのことだけにしか時間を使わせなかったということか。

 そりゃまあ連れ出された側の彼女としては気になるだろう、どれぐらいかかったのかは分からないものの、短ければ短いほど寂しくなる。


「そっか」

「はい」

「さ、残りを片付けて希南を起こそうか」

「はい」


 去年から一緒にいるとかではないから一瞬だけでも気まずくなるかななどと考えていた自分、だけど一回もそんなことにならなくて安心したのだった。




「今日はお祭り、ですね」

「うん、もう会場の前まで来ているから分かるよ」

「希南さんと関わるようになってから外にいる時間が増えました、これはいいことなんでしょうか?」

「遅い時間までいるならともかくとして、そうじゃないならいいんじゃない?」

「なるほど、希南さんは暑いのが苦手なのに連れ出す酷い人ということですね」


 スルーをして朋世を待つ、するとそうしない内に来てくれた。

 こちらは朝から一緒にいたかったのに荷物をまとめなければならないということでいられなかった、そのため、この時間からは満足できるまで付き合ってもらうことにする。


「待たせたな――待て、いきなり攻撃を仕掛けてくるとは卑怯だぞ」

「攻撃じゃなくて手を握ろうとしただけ、はい、澄子は私の手を握って」

「それなら朋世さんの手を握らせてもらいます」


 いいさ、いい匂いや賑やかさを前にして動けずにいた先程までの時間とは違う、堂々と会場入りすることができる。

 前も言ったように物欲というのがほとんどなくてお金が溜まっているのもいい、お腹が空いているのに、食べたいと心が叫びたがっているのにお金がないばかりに食べられない! なんてことにならないのがよかった。


「希南、これが食べたい」

「お、やっとお礼をさせてくれるんだね? 分かった、それならこれを三つお願いします!」


 すぐに食べるのかどうかは分からないけどじっと見ていられる余裕もない、あと、好きであってもそうでなくても仲間外れ的なことにはしたくないから澄子にも買っておいた。

 押し付けるように渡してこちらは早速容器に手をつけて、


「あそこに座ってからにしましょう」


 あぅ、ま、まあ、立ちながら食べていたら他の人に迷惑になってしまうから仕方がなく移動する。

 ちなみに嫌いな物なんかはほとんどないし、わざわざ嫌いな食べ物を買ったりはしないから美味しくて当たり前だった。


「希南さん」

「食べなさい」

「……ありがとうございます、いただきます」


 渡しておいて食べるな、などと言う人間じゃないんだけどなぁ。

 名前で呼んでも許してくれたり、一緒に行動してくれるようになってもまだまだ足りないのか、この夏でもっと遠慮がなくなってくれればよかった。

 こちらと仲良くしたいならそれでもいいから初対面みたいな彼女を求めている、まあ、ちょっとは可愛い彼女を見たいという気持ちもあるけどさ。


「美味しいです」

「だね」

「残念なのはこれ一つで満足できてしまうということなんですけど」

「帰るのは駄目、最後まで付き合ってもらうから」


 おいおい、まさかメイン級一つで満足できてしまう存在がいるとは思っていなかったぞ。

 緩く楽しむつもりではあったけどこれは予想外だ、帰るとか言い出したらどうしよう。


「帰るつもりはありませんよ、でも、美味しい食べ物を食べている二人を見ているだけというのもなんとも……」

「大丈夫だ澄子、私も大して食べられないからな」

「自慢げに言わないでよ朋世……」


 と言っている私もこれとあと二つぐらいメイン級を食べられれば十分というところだった。

 こういうときだけはよく食べられる男の子が羨ましくなる、あれだけの許容量があれば日本中の美味しい食べ物を食べて回ってブロガーなんかになっていたことだろうね。


「ごちそうさまでした。うむ、これだけで満足できるな、希南、ちょっと澄子と二人で行ってこい」

「それは私が嫌です、食べるにしても食べないにしても朋世さんもいてください」


 お、いいねえ、私も言おうとしていたけどここですぐに彼女が止めてくれたというのが大きかった。

 何故なら「む、まさか澄子が止めてくるとはな」とこうして止まってくれるからだ、私だと言い負かされてしまう場合なんかもあるからありがたい。

 基本的に言うことを聞いてくれる子だけどたまにとてつもなく頑固になるときがあるし、やはり自力でなんとかできることではないからそうなる。


「二人きりで来ているときならともかくそうではないのなら当たり前ですよ、そもそも希南さんが『分かった』とはならないでしょう」

「そうだよ、別行動とかありえないから」

「はぁ、せっかく空気を読んでやったというのに残念な存在達だ」

「いらないよ」「そうですよ、いりません」


 こういうときこそ腕をがしっと掴んでしまえばいいということで彼女に頼んだ、簡単に受け入れてくれて助かった。

 もちろんこちらも掴んでおくことは忘れない。


「……少し落ち着かないのだ」

「わくわくしているのかもしれないね、私も修学旅行の前日なんかは――」

「私がいない間に希南と澄子は会うだろう? ありえないとは思っていても忘れられてしまうのではないかと考えてしまう自分もいてな……」


 何回もこちらの行動が受け入れられずに短期間とはいえ、離れることを選択していた彼女がこんなことを言うなんてと驚いていた。

 去年と違う点は仲良くなれたことと、こうして側に私だけではなく澄子がいてくれているということ、この場合は澄子の存在が大きいのだろうかと予想してみる。

 とはいえ、二人きりでどこかに行った~などという話は聞いたことがないため、本当に素直になれていなかったのは彼女だった、ということなのだろうか?


「それこそありえないよ」


 と、すぐに脱線しそうになるのが問題だな。

 とにかくそんなことにはならないと思ってもらえるように言葉を重ねていくしかない、軽く感じても私だけではないから効果は間違いなくある。


「そうですよ。というか、私の方こそ夏休みになって二人に忘れられると思っていましたけどね」

「それはありえないだろう、何故なら希南は澄子を優先したがるのだからな」


 うーん? 優先しているというか、私としては来てくれているから相手をさせてもらっているというか、露骨に差を作っているつもりはなかった。


「わ、私を優先するなどということはありませんが、もしかしてそこに不満がある……ということですか?」

「友達だからこそだ、友達だから一緒にいたいのだ」

「特別な好意はないと?」

「希南も聞いてきたがそういうのはないな。だが、放置されることになるのは嫌いというだけのことだ、私の方が先に友達になったのだぞと言いたくなる」


 もう、可愛いんだから。

 でも、そう思っているのに進んで別行動をしようとしたことがむかついたから攻撃を仕掛けておいた。


「行こっ、大丈夫だよっ、私はちゃんといるよっ」

「……そうか、なら安心だ」


 三人で楽しもう。

 これからは分からないけどいまだけは変わることなどはなにもなかった。

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