05話
「祝、夏休み突入!」
「で、なんで私は初日から呼び出されているんですか?」
「お礼がしたいからだよ、今日こそは絶対に諦めないからね」
そのために朋世ちゃんを呼ばずにこうして一対一にさせてもらった、朋世ちゃんがいた方がいいのは分かりきっていることだから言うことを聞いてくれればすぐに会えるともちゃんとぶつけておく。
「朋世さんに聞きましたけど最近までは改めてお礼をしたりはしていなかったんですよね? だというのにおかしくないですか」
「おかしくはないよ、お礼がしたくなったというだけの話で」
「絶対に言うことを聞くまで帰らないと?」
「うん、だけどちゃんと受け入れてくれれば十分ぐらいで解散にできるよ」
寂しいけど解散にしたがったのなら仕方がない、暑いのが苦手なのに付き合ってくれたことに感謝をしておくべきだ。
「はぁ……じゃあ欲しい本があるのでそれで……」
「分かったっ、西米さんありがとうっ」
待ちきれなくてこの前の本屋さんまで彼女の腕を掴んで歩いて行く、文句も言ってこなかったからすぐに着いた。
本についても同じだ、お店に着いてから探すタイプではないらしく「これをお願いします」と欲しい本を渡してくれたからお会計を済ませて外に出た。
「はい、ありがとね」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「じゃあ……西米さんもそれを読みたいだろうからこれで解散に――」
「別にいいですよ、どこか行きたいところとかないんですか?」
お? なんか変なことが起きた。
いやまあ、二人のときはいつもと態度が変わるから予想外のことが起きたときにすぐにこういう思考になってしまうこちらの方が悪いのかもしれないけどさ。
「それなら西米さんのことも考えて朋世ちゃんの家かな」
「なにか他にないんですか」
「早めに解散になったら走ろうとは思っていたけど、それに付き合わせるのも違うから――」
お、おう、まさか口を直接手で押さえてくるとは思わなんだ。
そして彼女の手は熱かった、走るとか言い出したらどうしよう。
「なら走りましょう、ただ、体力が古柴さんと違って全然ないので合わせてください」
ひぇぇ、これはこちらが気を付けおかないと怒られるパターンではないかっ。
あとは弱っている友達というやつを見たくない、冷静に対応できる自信もない、自力でなんとかできることはほとんどないと言ってもいいからきっと役立たずになる。
なら家で待ってもらっておいて一人で走りたい欲をなんとかしてくる方が間違いなくいい、彼女は買ったばかりの本を読めるのだから損とはならない。
「無理をしなくても、家で待っていてくれれば一時間ぐらいで帰ってくるからさ」
「はぁ、早く行きましょう」
「で、でも、その恰好で走ったらお洒落な服が……」
「それなら一旦、自宅に寄らせてください」
手強い、意地になってもいいことなんかなにもないのに……。
だけど無駄な抵抗をしなければ云々と口にしたのは自分だ、そのため、頷いて彼女の家に移動した、着替えている間は余計なことをさせないためにも外で待っていた。
「お待たせしました」
「お、これはまたスポーティな感じだね」
な、なんかいいやん。
「はい、早朝に歩くことも多いのでこの前、買ったんです」
「よく似合っているね」
「服装の感想なんてどうでもいいです、行きましょう」
ま、本人はこんな感じなんだけどさ。
それでも家の前でいつまでもお喋りをしていても仕方がないから走り出した、置いていかないようにするのは中々に難しかった。
走ることが得意というわけではないみたいですぐに弱々しくなってしまったから過去一番と言っていいぐらいには遅くしたね、まあ、競っているわけでもないし、これぐらいの緩さでよかった。
「はぁ……はぁ……すみません、分かりやすく迷惑をかけてしまっていますよね」
「いや、人と走るのなんて学校以外ではしないから新鮮でいいよ、楽しいよ」
「はぁ……あなたってそういう人ですよね」
「うん、ポジティブ人間だからねー」
自動販売機で飲み物を買って手渡すと少し嫌そうな顔をしながらも「ありがとうございます」と言ってくれた。
体力はあってもこっちも飲まなければ熱中症なんかになって死ぬから買おうとしたときのこと、彼女が「先に飲んでください」と渡してこようとした。
「か、間接キスとか……あれじゃん?」
「別に気になりません」
「え、えー……なんからしくないね」
「いいから早く飲んでください、こうして冷たいボトルを持っているのに飲めないなんて悲しいですよ」
「じゃ、じゃあ口をつけずに飲むよ」
やだもう、なんか急にぐいぐいくるじゃん。
そういうつもりはなくても今回もまた影響力が違うというところをちゃんと分かっていてほしいものだ、などと内で不満を吐きつつもさっと飲んで返した。
「ふぅ、冷たくて美味しいですね」
「だ、だね。さっ、それは持っておいてあげるからもうちょっとだけ走ろうか」
「はい」
そして言うことを聞いてくれる日、と。
やはり一か月程度では彼女のことを理解するのは無理だと分かった半日となったのだった。
「と、朋世ちゃん……後は頼んだ……よ」
「澄子が分かりやすく弱っているな、もう溜まっているから二人で入ってこい」
「あ、あれ、スルーされちゃった」
「貴様が簡単に弱ることはないだろう」
信用してくれているのは嬉しいけどなんとも寂しいのも確かだった。
でも、いまは西米さんをなんとかすることが先、新佐家の洗面所に連れて行って服を脱がせる、それからすぐにお風呂場に連れ込んだ。
「……弱っているのをいいことに自由にするなんて最低です……」
「はい、洗ってあげるからじっとしていてねー」
洗って洗って洗って、彼女が奇麗になったら今度は自分の番だ。
お湯が気持ちいい、物凄く走れたうえにすぐに温かいお風呂に入れるなんて幸せとしか言いようがない。
「じゃ、お邪魔して、っと」
「……見ないでくださいね」
「大丈夫、同性の裸を嬉々として見るような趣味はないよ~」
ぼけーっとしていると「開けるぞ」と家主の朋世ちゃんがやって来た、そして朋世ちゃんには言わない辺り、いつものあれが早速発動してしまっているということだ。
「澄子、よく希南にこの時間まで付き合ったな」
「途中からはもう意地を張って帰らないようにしましたからね」
「で、その結果が背負われることになった、ということか」
「な、情けないですけどね……」
「そんなことはない、最後まで付き合うなんて澄子は立派だよ」
うんうん、妥協せずに走りたい分だけ走れたから大満足だ。
なにか変なことになって彼女がまた走りたいと言ってきたときに喜んで受け入れられるのがいい、初回でやらかしていたらその時点で断ることになってしまっていたから。
「ところで希南はなんでそんなに変な顔をしているのだ?」
「あー……勢いで入っておいてあれだけど朋世ちゃん以外の子とこうするのは初めてだからさ」
嫌なことを嬉々としてするような人間ではないから見たりはしないけど、スタイルのいい子が生まれたままの姿で横にいると考えるとすごい時間だと思う。
ちなみに、どうでもいい情報だろうけどこちらは細くても出ているところが出ていないからスタイルがいいとは言えなかった。
「なるほどな、でも、本当に心の底から嫌だったら澄子が拒絶しているだろうから大丈夫だ」
「……だって時間をかければかけるほど朋世さん達に迷惑をかけることになりますから、あとは汗をかいた状態で座っておくのも迷惑じゃないですか」
「はは、そうか、考えてくれてありがとう」
「も、もう出ますっ」
わお、可愛いぷりんとしたお尻が――やめておこう。
こちらも長時間入るタイプではないからすぐに出た、元々、解散になったら朋世ちゃんの家に行く約束もしていたから着替えがないなんてこともない、朋世ちゃんの服を借りることになってもそれはそれで楽しいだろうけど自分の着古した服の方が楽でいられるからよかった。
「希南、私もお風呂に入ってくるから先に部屋に行っていてくれ」
「はーい」
「それと、ご飯は外で食べるか?」
「うーん……西米さんはどうしたい?」
「そ、そう聞かれましても……」
そうか、作ってほしい、なんて言えるような仲ではまだないか。
「作ってくれるならそれを食べたいし、面倒くさいということならコンビニの菓子パンとかカップラーメンとかでいいかな」
「そうか、なら私が簡単な物を作ろう」
「わーい、朋世ちゃんが作ってくれたご飯を食べられるなんていいね」
こちらは泊まるつもりでいたから全てが作戦通りに上手くいっていて逆に怖いくらいだ。
最近で言えば一番最高の一日となる、お礼もできて、走れて、そのうえで仲良くお泊りなんて中々できることではない。
西米さんが帰ることを選択せずに付いてきてくれたのも大きかった、まあ、こちらは朋世ちゃんに誘われたからだけど進んで悪く考える意味もないだろう。
「その場合は私も手伝います、なにもしないまま食べさせてもらうのは違うので」
「分かった、なら出てから頼む」
ここは手伝いたいところだけど私が手伝ったら彼女達が作ってくれたというそれがなくなってしまうからゆっくりしておくことにした。
朋世ちゃんの邪魔にならないように西米さんの腕を掴んで二階に連れて行く、一切躊躇せずに部屋に入って床に座らせた。
「拭いてあげるね」
「……お願いします」
うーん……だけど朋世ちゃんにするときよりも気になるというのが実際のところだと言える、だから珍しく緊張していたね、そういうときに変に話しかけてくるような子ではなくてよかったとしか言いようがない。
「これぐらいかな、あんまりやっても逆に傷つきそうだからさ」
「ありがとうございます」
「じゃ、ゆっくりしよー」
おぅ……床に寝転ぶとじゅわーと溶けていくような感じすらする。
天井から彼女の方に意識を向けてみるとなにを考えているのか分からない彼女の顔が見えた。
「ここに来る前も言ったけど今日は付き合ってくれてありがとね、ほとんど無理やりみたいなものだけどちゃんとお礼をできてよかった」
「私としては一冊分、お金を払わなくて済んだので別に……」
「なんだ、澄子はお礼というやつをしてもらったのか?」
おーいおい、お風呂から出てくるのが早すぎる、そして全く拭けていない。
仕方がないから体を起こして部屋主さんの髪を拭いていくことにした、タオルを持ってきていたのもそういうつもりだったのか大人しく従ってくれた。
「はい」
「そうか、なら私もなにか買ってもらうとしようか」
「ふっ、二人は似ているね、そして相方が受け入れたのならと意見を変えることができるのもいいところだね」
結果的にはいい日になったけど理想を言えばあの日に二人にお礼ができていた方が間違いなくよかった、結局、有効期限云々は言い訳でしかないから。
だって悠長にしていたら側から彼女達が消えていた~なんてことになりかねない、巧みな話術などがあれば残ってくれるかもしれないものの、残念ながらこちらにできるのは精々、走ることぐらいだからだ。
「似ているわけではない、ただ、最近出会ったばかりの澄子には買って前々から一緒にいる私になにもないというのも寂しいからな」
「だったらあの日に選んでくれればよかったのに」
「澄子が受け入れるとは思わなかったのだ」
あ、そうか、それなら彼女が悪いわけでは、というか、そもそも彼女が悪いわけではない、悪いのは変な拘りを持っていたこちらだ。
「だって絶対と言ってきたので……」
「この前、その絶対と言われた状態であっさり帰ったわけだが」
「い、一対一では無理ですよ」
「なんだ、初対面のときみたいにはっきりと言ってやればいいだろう」
うんうん、そうだ、変な遠慮はいらない。
私が彼女に求めているのはそのはっきりしてくれるところと朋世ちゃんと仲良くしてほしいということだからいまのままでは中途半端だった。
「少しでも知ってしまったら同じようにはできませんよ」
「ほう、はは、いつの間にか希南のことを気に入っているみたいだな」
「気に入ってはいませんけどね」
「はぁ……素直じゃない」
「い、いいからご飯を作りましょう」
こっちの腕に触れてから「もういい、ありがとう」と言って部屋から二人で出て行った。
見ておくのも邪魔にしかならないから部屋でぐでーんと伸びておいた。
「寝ちゃった?」
「ああ、すやすやだ」
夜遅くまで三人でお喋りをするということはできなかったか。
ただ、彼女と二人きりの時間も私には必要だから不満はない、そもそも早く寝ることになったのは私のせいだ。
「私的には普通だけどちょっと無理をさせちゃったからね」
「人間性を知っているのに敢えてするなんて意地悪な人間だ」
「家で待っていればいいって言ったんだけどね」
「だからそういうときに『早くしてください』となるのが澄子だろう」
そうか、なら無理やり参加させようとすればよかったか。
それなら本当のところを吐きやすくなるし、あの子的にも舐められているような発言をされなくて済んだわけだ。
「昼頃には来ると思っていたのに夕方まで放置されるとは思わなかったからな、一人寂しく課題をやることになって家に来ても追い出そうと考えたぐらいだぞ」
「ははは、ごめん」
「いまから付き合え、少し歩こう」
「お、いいねっ」
流石の私でも夜にほいほいと出たりはしないからいい時間となる、横に彼女がいてくれればもっとそうなる。
今日は別れなくていいからこの前みたいに寂しい気持ちに襲われることもない、だから普段通りどころかその内はハイテンションだった。
「もう八月になるな」
「朋世ちゃんはお盆の間、親戚の家に行くんだよね? だからその間、いっぱい走っておくね」
なんなら彼女の親戚さんの家まで走っていけるぐらいには体力をつけたかった。
遥か彼方、というわけではないから何日か余裕を貰えれば不可能ではない気がする、と言うよりも無理だと諦めてしまっているだけで無理なことなんてほとんどないのではないだろうかという考えになっていた。
才能の差はどうしようもないけど努力でなんとかできることなら、という限定的なそれだからもうその時点で矛盾してしまっているのかもしれないけどね。
「毎年そうだからな、希南が求めるなら私から澄子に言っておくが」
「いいよ、あ、だけどそれまでに一回だけでも朋世ちゃんが走ることに付き合ってくれればな~なんて」
もうばらばらで申し訳ないけど一緒に走ることでも楽しめると分かってしまったからどうしようもなかった、そこから意識を外そうとしても己の内にあるから無理なのだ。
「いいぞ、なら明日走るか、一時間ぐらいなら付き合える」
「そっかそっかっ」
「あと希南、朋世でいいぞ」
「お? はは、じゃあそれで」
嬉しい、だけどそれと同じぐらいど、どうした!? と困惑している自分もいる。
寂しく感じていたからこそ甘えているだけなのか、それとも、嫉妬……的なものなのか、私は彼女ではないけど完全にないとも言えないそんな絶妙なところだった。
「澄子のことも名前で呼んでやれ」
「それは本人に求められたらにするよ」
「すぐに変わりそうで変わらなさそうな件だな」
「いいよ、一緒にいられていることには変わらないからね」
それよりも、だ、困惑しているのはなにも彼女に対してだけではないのだ。
夜に走ってもいいかもしれないなどという考えが出てきてしまっている、姉に怒られてしまうからそこまで長時間はできないけど二十二時ぐらいまでならと甘い自分がいるのだ。
「希南」
「にゃ、にゃにっ!?」
「む、怪しいな、さあ吐け」
「ちょっ、なんか手つきがいやらしいんだけど!」
なるほど、こういうときのためだったのか。
私は鍛えたそれを使って彼女から距離を作った、だが、そこは高スペック女子、簡単に諦めたりはしなかった。
彼女はすぐにこちらの腕を掴んで「さあ吐け」と言う。
「よ、夜に走りたくなってしまっただけだよ」
「それはやめておけ」
「で、ですよね~」
ですよね、多分、西米さんでも同じように言ってくると思う。
止めてくれるということはこちらのことを考えてくれているわけだし、突っぱねてやるようなことはしない、お昼に沢山走っておくことでなんとかしよう。
「だが、てっきり澄子のことを考えているのかと思ったがな」
「え? いや、それよりも呼び捨てにするように求めてきたりした朋世のことを考えていたよ」
「ああ、別にちゃん付けで呼んでもらう必要もないからな」
「はは、私は嫉妬かと思ったけどね」
「嫉妬か、それよりも寂しかった」
お、おお、こちらはとにかく素直だ。
まあでも、本当は一緒に過ごしたいのに逆のことを言っても理想通りにならないからこの方がいいか。
「そっか、明日、二人で一緒に過ごそうね」
「希南がいてくれれば澄子がいても構わない」
「な、なんか怖いな」
「怖がる必要などない、さ、そろそろ帰ろう」
「だねっ」
手を握ってみたら彼女もぎゅっと握り返してくれた。
これぐらいの緩さが私達にはとてもよかった。
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