03話
「祝、七月突入!」
「色んなことで楽しそうでいいですね」
「でしょ? やっぱりテンションを自分から上げていかなくちゃね」
あともう少しで夏休みになる、そうしたら美味しいご飯を食べたり満足できるまで走ったりとにかく自由な点がいいのだ。
朋世ちゃんや彼女がいてくれればもっといい毎日になる、まあ、最悪一人でも普段通りでいられれば問題もないから無理やり誘ったりはしない。
「ですがあなたの嫌いそうなテストがありますよ?」
「勉強が嫌いというわけじゃないからね」
「そうなんですね、走ってばかりなのでてっきりじっとしているのが苦手な人なのかと」
「あ、そういうのはあるけどね」
「いまので信じられなくなりました」
そもそも彼女はまだこちらのことを信用できているわけではないだろう、証拠は頭を撫でようとすると断ってくることと、誘うと「大丈夫なんですか?」といちいち聞いてくることだった。
朋世ちゃんの場合と違って最低でも五か月ぐらいは時間が必要そうだ、それ以上かかったとしてもこちらとしては構わないけど。
「それより新佐さんを連れてきてください、あなたをコントロールするためにはあの人の力が必要なんです」
「はーい」
って、彼女があの子と同じクラスなのに変なことを言う。
それでも口に出すことはせずに行ってみると突っ伏しているようだった。
「朋――」
「そろそろ来ると思っていたぞ、理由は澄子に頼まれたからだろう」
「よく分かったね、そうだよ」
「それなら行くとしよう」
相手が求めてくれている状態でなければ近づけない子とかもいるよね、ここが私と二人の違う点だった。
三人で集まってからは出しゃばらずに黙って見ていた、ときどき窓の向こうに意識をやっていい天気だな~などと内で呟いていた。
「今度、新佐さんのお家に行ってもいいですか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
「ありがとうございます、一緒にお勉強、頑張りましょうね」
流石の私でもテスト期間中ぐらいはそちらに集中するつもりだ、だから二人には付き合ってあげられないことが残念だと言い訳をして誘われないことから目を逸らしていた。
い、いいさ、二人が仲良くなるのは理想の状態だと言える、いつの間にか二人でこそこそ出かけたりしていたとしても喜べる。
「あーこほん」
「風邪か?」
「いえ、変な顔をしているこの人はどうなのかと聞こうとしていただけです」
「なるほどな、希南、参加するだろう?」
「え、いいのっ?」
あっ、なんでテンションを上げているのか……。
そのせいで朋世ちゃんにはにやにややらしい笑みを浮かべられてしまうし、彼女からは呆れたような顔で見られてしまった、恥ずかしいとしか言いようがない。
「ま、まあ、そこまで参加してほしいということなら――」
「そんなことは言っていません、それにいてもいなくても構いません」
「うぐ……」
中々に厳しい、そして私はMというわけではなかったみたいだ。
「でも、いたところでなにか損なことがあるというわけでもないですからね」
「お互いにツンデレか、お似合いだな」
「そういうのではありません」
いい状態のまま終わらせられるようにここは解散にして教室に戻ることにした。
もう少し先だけど誘っても誘ってくれなくても今日から頑張ろうと思う、期末ということもあって悠長にはしていられない。
遊ぶのは終わってからでいいのだ、そこからなら文句を言われてもやらなければならないことはやったからと相手を黙らせることができる。
「走らないんですか?」
「うん、梅雨の間にも沢山走ったからね、いまやらなきゃいけないのはこれだよ」
学生だから勉強をやっていて文句を言われることはない、それどころか褒められることだってあるだろう。
褒められたくてしているわけではないけど自分のためになるのなら私は頑張れる。
「らしくないですね、あなたなら走りながらもお勉強も頑張ると考えていましたけど」
「なんか矛盾していない? お昼とは違うけど」
「お勉強が嫌いではないと言っていましたけど、それとこれとは別ですからね。自分の好きなことをやらないで我慢してなにかを頑張るような人には見えなかったんです」
「地味に悪く言われていない? 私」
「それぐらい好きなことがあるというのはいいことなんじゃないですか、そう言いたいだけです」
違うだろ、絶対に違う。
ま、とにかくやるだけだ、そして彼女の性格を考えていちいち誘ったりもしなかった。
集中していれば勝手に選択をする、任意だ、帰ったって彼女が悪いわけではない。
苦手な教科というのは特にないからやりたい教科からやって、自分で褒めたくなるぐらいには集中することができた。
時計に意識を向けた瞬間にどこかにいってしまったものの、それでも三時間はできたのだから大満足だ。
「いない、か」
ならじっとしていても仕方がないから帰ろう。
七月でも流石に十九時を過ぎれば暗くなり始める、暗闇が怖いなんてことはないけどたまに物寂しくなるから微妙だった。
誰かが側にいてくれても家族でもなければ必ず別れることになるというのも影響している、最初から一人の場合なら……どうなのだろうか。
「待ってください」
「あれ、まだ家に帰っていなかったの?」
うん、自分の発言的にも当たり前のことだけど振り返ってみても制服姿だ。
というか、何回見ても身長が高いなという感想が出てくる、あとはスタイルがいいこともね。
「私はまだやる気がなかったので廊下で本を読んでいたんです」
「なんで廊下で、普通にあそこで読めばよかったのに」
「頑張っている人の側で自分だけ遊ぶことなんてできませんよ、それに私の席というわけではありませんから」
「そんなの気にしなくていいよ、知らない間に誰かが座っているものでしょ」
これもまた変態さんでもなければ構わないというやつだった――と言うよりも、嫌だと考えていたところで委員会のときなんかには利用されているから抵抗をしたところで無駄なのだ。
「まさかこの時間までやるとは考えていませんでしたけどね」
「私の集中力は残念じゃないということだよね」
この時間が長く続いてほしくない、本当にわがままばかりを言って悪いけどいまの私的にはそういうことになる。
「やはり一緒にいてみないと分からないことは多いですよね」
「だね――あ、ちょっとじっとしてて、はい、取れたよ」
「それってあなたが私の頭に触りたいだけですよね?」
「違うよ。じゃ、私はこれで、気を付けてね」
「はい、それでは」
ほ、だって二人きりでいられるように求めるようになってしまったら嫌じゃん。
先程も考えたようにそれでも別れなければならないし、なにより、西米さんの場合は受け入れてくれる可能性が低い、その状態で一人頑張るなんてアホすぎるから。
一日経過していく度に少しずつ変わっていっているということだ。
ちなみに今回の件については悪いことだと断言することができる。
前までの私なら興味を持った対象が近づいてきてくれたら全く考えることもせずに歓迎していたというのにこれだ、直りそうにもない、寧ろ悪化していくばかりだ。
「ただいま」
「あ、おかえり」
「いまからお風呂? それなら一緒に入ってもいい?」
「いいよ、じゃあ先に行っているから」
「分かった」
これにしてもそう、なんでテンションが上がらないのか、って上げようとしていないからか。
なら家族の前でぐらいは無理やり上げてなんとかしようか。
少なくとも姉は鋭いから違うところを見せたくなかった。
「こんにちは」
「また付き合ってくれるの?」
「今日も本を読んでおくだけですけどね、でも、早く帰っても特になにもありませんから」
「分かった」
色々と聞いてきたりしないし、私を知らないから楽でよかった。
帰るときに一緒に過ごすのが微妙なだけで学校では全く変なのはないから今日も集中できた。
でも、どうしたって帰るときはくるわけで、そうなれば西米さんだって付いてくるわけで。
「あ、あのさっ」
「はい?」
「……無理をして付き合ってくれなくてもいいんだよ?」
普段はつもりであってもポジティブ人間、だけどたまにこうして反動的なものがくることがある、わがままだというのも影響しているけど今回のこれはそれだけではない。
「無理? 誰がいつ無理をしたと……って、私に対して言っているんですよね、無理なんかしていませんけど」
「で、でもさ、朋世ちゃんを連れてくるならともかく一人で私のところに残るっておかしくない?」
「はぁ、拒絶せずに行ったら行ったでこんなことを言われるとは……」
「面倒くさい人間なんだよ、分かってよかったでしょ?」
このまま昨日と同じように解散にするといつまでも駄目だから足を止めて彼女に体を向ける。
「そもそもなんで学校では言ってこなかったのにいまになって言ってきたんですか?」
「それは……」
「はっきり言ってください、あなたも私もまだまだ短い時間しか関わっていませんけどそうしてきたじゃないですか」
「……別れるときに寂しくなるから」
「へ?」
おいおい、ここで聞き返すとか意地悪人間かよ。
きっかけを作ったのがこちらだとしてもこれは酷い、真顔な分、より困るというわけだ。
「だ、だから、誰かと一緒に帰ることができてしまうと寂しくなっちゃうからだよっ」
「え、えっと……あなた風に言うならまじで言っているんですか?」
「そうだよっ、冗談を言っても仕方がないでしょっ」
「その相手が私でもそうなるってことですよね?」
「ここで違う子のことを出しても仕方がないでしょ……」
朋世ちゃんは最近、他の友達によく誘われていて一緒にいられていないということを彼女だって分かっているはずなのに重ねてきた。
まあ、試すためにとはいえ、気持ちが悪いとか初対面の相手にも言えてしまうぐらいだからなんにもおかしくはないのかもしれないけどもうちょっと考えてやってほしいところだった。
だって私が初めて引きこもりたいなんて考えてしまったぐらいだし、自分の影響力というのをちゃんと把握してほしい。
「そうなんですか、分かりました」
「……うん、だから学校ではいいけど帰りは――」
「嫌です、私、結構この時間を気に入っているんですよ」
かぁっ、逆になっても意地悪かっ。
友達といるから無理だと分かっているのにどうしてここに朋世ちゃんがいてくれないのかと考えてしまう。
「二回目だよ……?」
「だからなんですか? 一回目だろうと二回目だろうと気に入ればそれは自分的にいい時間となります」
「だ、だってさ、朋世ちゃんと私の場合で明らかに態度が違うのに急にこんな……」
同時にここまで情けない人間だったのかと悲しくなるのだ。
なんでだ、どうしてあの子のときと同じようにできないの? 同じ人間、同級生、同性なのに普段通りではいられない。
意識をすればするほどできなくなっているこの状態を終わらせることができるのも彼女だという難しさ、自力でできることならこうはなっていないのだ。
「結局、それだって装っているようなものじゃないですか、二人きりのときは違いましたよね?」
「確かに……」
「だから気にしないでください、私は私の意志で近づきます」
まだ真剣な顔の方がよかった、いい笑みを浮かべて言ってきたものだから差にやられた。
「ぐっ……胸が痛い……」
「大丈夫ですか?」
「ちょっと今日は駄目そうだから帰るよ……」
「分かりました、それではまた明日会い――」
「じゃあね!」
それはもう走り出したね、普段、走っていた分、簡単に距離を作ることができた。
「やーめた」
このままだとアホすぎるから切り替えようと思う、上手くできるのかは分からないけどやっぱりらしくないから。
それでも私らしく見えないなら姉や朋世ちゃんに聞いて変えようと決めた、気分は一日前と比べたら遥かによかった。
「すまない、いまお風呂に入っていたのだ」
「気にしないでください」
「それで希南、のことだよな?」
「別にそういうわけでは、ただ、学校では一緒にいられていないので気になっただけなんです」
また素直ではないところを見せてきた、って、最近の希南がおかしいだけで素直ではないのは彼女だけかと片付ける。
急いで上がってきたから微妙に乾いていなかった髪を拭きつつ待っていると「今日も一緒に帰りました」と吐いてきた。
「そのときに変なことが起きたんです」
「変なこと?」
「あの人のためにも細かいことまでは言いませんけど……その、知っている新佐さんからすればらしくないことを吐きました」
澄子が来てくれていても黙って参加してこないことが多いことから来るのはやめてほしいとまではいかなくても私のところに行けばいいとかそういうことだろうか? たまに、本当にたまにだけ悪い方に考えるときがあるからそうであっても違和感はない。
なにを言われても、去られても平気そうに見えて実際はダメージを受けていたのだ、そして何回か去るようなことをしてしまったのが私だから変な選択をしていても偉そうには言えない件だった。
「はは、結局は希南の話だったな」
「……すみません、聞いてもらいたかったんです」
「呼び出しておきながら恥ずかしくなって出られなくなったりと澄子は面白いな」
「あんなことは初めてだったんですけどね……」
私の想像と違う内容だったとしたら初めて同士、仲良くなれそうだ。
というか、彼女が変えてからは希南のところに行く回数が増えているわけだからあとは希南次第、ということになる。
「少し待っていろ」
「はい」
元々誘うつもりだったから先か後かという話でしかない。
「えっと……これって西米さんも聞こえているんだよね?」
「そうだ」
「こ、こんばんはー」
通話が終わった後に全部聞こうと決めた。
だって私だけ知らないままなんてありえない、仲間外れはよくないだろう。
それに頼まれて協力をしていたがそれも先程で終わった、私はまた希南や澄子とゆっくり過ごすことができる。
希南は走ることが好きだからそれにも付き合おう、テスト勉強をするということなら少し早いが集まってやればいいのだ。
まあ、とにかくなにが言いたいのかと言うと仲間外れにするな、ということだった。
「先程ぶりですね」
「そ、そうだっけ? 私、走って帰ったからそこら辺りの記憶がちょっとね」
「ふふ、そうですか、なら古柴さんの記憶通りなのかもしれません」
む、参加させておきながらわがままだとは分かっているが……。
今回は私が黙る羽目になった、希南はその間にもいちいち余計なことを言いつつも楽しそうにお喋りをしていた。
「新佐さん?」「朋世ちゃん?」
「私のことは気にしなくていい、というか邪魔ならやめるが」
「気にしないでください、そろそろお風呂に入ってこないといけないのでもう抜けますから」
で、実際に彼女は「また明日もよろしくお願いします」と残して抜けてしまった。
「希南、どうする?」
「朋世ちゃんがいいならまだ続けたいかな、ゆっくりいられていないからさ」
「分かった、それなら飲み物を持ってくるから少し待っていてくれ」
一階に移動をして冷蔵庫から飲み物を出したタイミングで頭をぶつけることになった。
たったこの程度で心が喜んでしまっていることなど直視をしたくないが目を逸らすことができないことがいまは苦しい。
できれば私的には希南が勝手に近づいてきて仕方がなく相手をしてやっている、そんな程度で終わる仲の方がよかった、だが、実際は全く違うから自らぶつける羽目になるのだ。
とりあえずそれでも待たせるわけにはいかないから部屋に戻る、すると足音で分かったのか「おかえりー」などと呑気に言ってくれた。
「何故私と澄子でここまで露骨に差があるのだ? 私が相手のときでも『だ、だって』などと言ったらどうだ」
「え、いきなりどうしたの? それにもう同じようにはしないよ、私も流石に学習するから」
「ならまたどもっていたりしたら躊躇なく希南の額を叩くから覚悟していろよ」
「えぇ、なんで急に不機嫌なの……」
なんでもなにも、面白くないことをしてくれているからだ。
露骨に差を作っていなかったら私だって面倒くさい絡み方をしていなかった、それどころから明日から行けることを口にして喜んでくれるかどうかを確かめていたところだ。
「なら来てよ」
「行く」
「じゃあ大丈夫だね、だって差を作ったりしないから!」
「どうだか、それは分からないから見て確かめることにする」
「うん、それでいいからお願いね」
頼まれていなくても、求められていなくても結果は変わっていなかった。
自ら面白くない状態にしてしまうのは馬鹿らしいから明日は澄子よりも先に行ってやろうと決めてお喋りを楽しんだ。
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