02話
雨は降り続ける、私はそれでも走り続ける。
やることは変わらない、いや、どんなに嫌だろうとそこから逃げることはできないのだ。
社会人になってからも同じこと、繰り返して繰り返して、その先に待っているのは死――って、
「あぁ~」
雨が降っているからなのか少し悪い方に傾いてしまっていた。
私は本来、こういうことを考える人間ではない、自分が楽しいと思えることだけをする人間だ。
そういうのもあって最近で言えば走る以外のことは微妙に感じてしまっていた、結局、西米さんともろくにいられていないこともそれに拍車をかけている。
「古柴さんさっきからあーあーうるさい」
「ごめん」
はぁ、いまだけはずっと走っていたい気分だ。
だからお昼休みに外に出て傘をさしながら走った、放課後は合羽を着て走った。
家にいられても、美味しいご飯を食べられても、ベッドの上にいられてもなんにもすっきりしなかったけど。
「……電話? あ……」
応答ボタンを押してから一階に移動をして外に出てみるとそこには朋世ちゃんが立っていた。
傘をさしていないからびしょ濡れ状態、風邪を引いてしまうからと腕を掴んで中に入れる。
お風呂はもう洗ってしまってあるからシャワーを浴びてもらうことにした、着替えは私の比較的新しい服とズボンを置いておいた。
「どうしたの?」
「……たまたま歩いていただけだ」
「そっか」
はは、もう日付が変わっているぐらいなのに面白いことを言う。
温かい飲み物なんかを用意して出てきた彼女に渡した、こちらは濡れてしまった場所を拭いていく。
走ったことで体が疲れていたにも関わらずすぐに反応できたのはもやもやしていたからだ、そのため、彼女には感謝してもらいたかった、なんてね。
「何故、西米に近づかない……」
「うーん……諦めてしまったからかな」
「自分から話しかけてきてくれていたではないか」
「あ、見ていたの? はは、朋世ちゃんはそういうことが多いね」
「それなのに古柴は走ってばかりだ」
追うのが違うとなったわけでもない、追われるのが違うとなったわけでもない、そもそも西米さんは来てくれていない。
いまも言ったようにすぐに諦めてしまったことが影響している、ここまで切り替えが上手くできなかったことも初めてのことだ。
でも、誰かが力を貸してくれなければきっとこのままだ、だから走ることでそれ以外のなにかをなんとかしようとしている状態だった。
「私が戻れば普段通りの古柴に戻るか?」
「朋世ちゃんが戻ってきてもこればっかりは変わらないかな」
「重症だな」
そう、重症だ。
自分のせいでつまらなくなってしまっているのだと分かっているのに変えようとしないアホだ。
これならとてつもない陰キャの方がよかった、誰かといられるようにと願ってしまっているからこそ出てくる問題なのだ。
それこそ他者を拒絶して三年間、一人でいることを望んでいる存在なら好都合とばかりに楽しんでいたというのに。
「希南」
「ど、どうしたの?」
こんなところで名前呼びなんてね。
「戻ってくれ、あ、いや、離れた私が言うのもあれだが……いまの希南はらしくない」
「はは、そっか」
「ああ」
寝ようか、普段通りに戻るためにはよく寝ることが必要だ。
彼女の手を掴んで部屋に移動する、ベッドに躊躇なく寝転ばせて抱きしめながら寝た。
「ふぁぁ……ん? 今日は晴れか」
自分中心に世界が動いているわけではないからこんなことも言うのはおかしいけどなんか変わったみたいに感じる。
とりあえず横ですやすや寝ている彼女を起こさないように一階に移動、リビングに行くとまた姉がソファでスマホをぽちぽちと弄っていた。
「おはよう」
「うん」
「あ、さっき女の子が来たよ」
「朋世ちゃんでしょ?」
この家にはもう三十回ぐらいは上がってもらっているからある程度は一人で歩き回ることができる、姉とも仲がいいからお喋りをするために下りたのだろう――と、考えていたものの、「朋世ちゃんだったら朋世ちゃんって言うでしょ、別の子だよ」と言われて少し黙る羽目になった。
間違いなくとまでは言えなくても私に興味を持ってくれている人間は限りなく少ないからつい西米さんで想像してしまった、そしてやはり行かなくなると来るのだということがよく分かった――って、まだ西米さんと決まったわけではないけどさ。
「校門近くの細道で待っている、だってさ」
「分かった、教えてくれてありがとう」
もうこうなったらとことん行かないことであの子の中のなにかを煽れれば~なんて考え方をしてしまいたくなってしまう。
だけどやっぱりそれでは嫌だ、相手に頑張ってもらうのは違うからこちらが頑張るのだ。
「……希南、おはよう……」
「おはよっ」
おお、テンションも戻ってきた、これなら彼女が求める普段通りの私というやつになっているのではないだろうか?
「早く行ってやれ」
「また盗み聞きして……」
「し、仕方がないだろう? 少し入りづらかったのだ」
ま、ある程度は、だから気になってしまってもおかしくはない。
そのため、謝罪をしてから必要なことを済ませて外に出た。
走ることだけが楽しみの期間ではなくなるような気がした。
「結局、なんだったのだ?」
「それが会えなかったんだよ、いっぱい探したんだけど駄目だった」
少し悪いことが起こっても晴れたまま、その点はよかった。
ただ、その相手が西米さんだったとしたらまたやらかしたことになる、もう次は望めない。
幸い、朋世ちゃんが自分から戻ってきてくれたからまた悪い状態になってしまったというわけではないものの、こういう形で終わることだけは避けたかったんだけどと内で呟いた。
「そうか」
「うん、朝はごめん」
「謝る必要なんかない、それに――ほらな」
「ん? あ」
普通にいますやん、それどころか明らかにこっちのことを見ていますやん。
彼女に再度謝罪をして廊下に出る、すると腕をがしぃっと掴まれて困った。
「……すみませんでした、隠れて見ていたんですが今度は出られなくなってしまって……」
「あ、じゃあ私が失敗をしたわけではないということ?」
「はい……本当に来てくれるとは思いませんでした」
「はは、ならよかった、すれ違いというか変な終わり方だけは嫌だったからね」
逆にすごいな、姉に待っていることだけを伝えて帰ったというところも含めてすごい。
そして可愛かったから自分よりも高い西米さんの頭を撫でていた、するとすぐにぱっと手を叩かれて苦笑した。
「まだそういう仲じゃないです」
「ごめんごめん」
冷たい顔や目がぞくぞくする、もしかしたらMだったのかもしれない。
仮にそうでも悪いことばかりではなかった、だって気持ちが悪いとか言われても傷つくことはないからだ。
積極的に動く自分的には最高の能力、というか、必要なことなのだ。
「気持ちがこもっていません、また同じようなことをしそうなので新佐さんはこの人のことをよく見ていてください」
「え、もしかして朋世ちゃんさぁ……?」
「ち、違う、西米から近づいてきたのだ」
そうか、二人が同時に変わったのもそういうことだったのか。
でも、別に嫌なわけではない、寧ろなんでも自分の力でなんとかできるとは考えていない。
この二人が仲良くしてくれるのであれば一緒にいられる機会も増えそうだからありがたいぐらいだった、ときには流れに乗っかることも大事なのだ。
「そういうことか、だから夜中に来てくれたんだね」
「仲がいいんですね?」
「去年のいまぐらいからずっといるからね~」
一緒に遊びに行けるぐらいだし、お互いの家にも上がれるぐらいだから仲がいいと言ってもいいだろう。
「希南、勘違いをしてくれるなよ?」
「大丈夫だよ、逆にありがとね」
「だ、だからそれが勘違いではないか……」
感謝感謝、少なくともやらかさなければ去られてしまうなんてことにはならないのだから最高だ。
朋世ちゃんに興味を持ったからでもいい、その場合は協力をさせてもらうだけだ。
だって一目惚れをしたとかそういうことではないのだから、私はただ友達として一緒にいられればそれでいいのだ。
「新佐さん、私のことは澄子でいいですよ」
「そ、そうか? なら希南にも――駄目そうだな」
「はい、この子にそんなことを許したら絶対に調子に乗るので駄目です」
「分かった、それなら私だけ名前で呼ぼう」
前に進めたから満足したということで教室に戻ることにした。
朝に合わせた分、走ることをまだしていないから放課後になったら沢山走ろうと決めたのはいい、だけど考えたのが間違いだったのだ。
それはもううずうずして駄目だった、なんなら放課後になる前に廊下を走って教師に怒られたくらいには駄目だったね。
「さ、放課後――ぎゅえ!?」
「少しは落ち着いてください」
「西米さんか、いきなり引っ張るのはやめてよ」
「だって声をかけても止まってくれなさそうでしたからね」
彼女は腕を組んでから「恨むなら落ち着きがない自分を恨んでください」と今回も冷たかった。
「それで用は? 私、いまは物凄く走りたい気分なんだけど」
「それなら私も参加します」
「え、まじ?」
「はい」
だったらここで話していてももったいないから外に出よう。
天気は朝から一貫していいままだから途中で雨が降ってきてびしょ濡れに、なんてことにはならない。
まあ、びしょ濡れ姿の美少女を見られると思えばそれでもいいけど、その場合なら参加していないだろうから考えてもあまり意味はないというやつだった。
「あの、改めて朝はすみませんでした」
「気にしなくていいよ」
「あとは……気持ちが悪いと言ってしまったことも反省しています」
「別にいいよ」
生きていれば色々と自由に言われることがある、いちいち気にしていたら爆発してしまうからこれぐらいの緩さでいい。
もっとも、それは私の話であって自分がされたくないということならやめた方がいいと思う。
やるならやられる覚悟がある状態で、というやつだ。
「あのさ、朋世ちゃんに興味があるなら協力するよ?」
「新佐さんに近づいたのは別にそういうわけではありません」
「えー……興味を持ってよー」
寂しがり屋な子でもあるから友達が増えればなんてことをよく考えていた、うん、朋世ちゃんしか友達がいない人間がそういうことを考えているということがおかしいけどそういうことになる。
それこそ朋世ちゃんからも言われたことがあるようにふらふらしている人間だからそれ以外のときは他の子が支えてあげてほしかった。
「新佐さんもあなたのこともまだどうこう言えるほど分かっていません」
「だからこれからだよ、一緒にいれば朋世ちゃんの魅力も分かるようになるから」
「そうですね、ある程度の時間は一緒に過ごしてみないと分かりませんね」
最近は同性同士の恋愛なんかも昔よりはおかしくない状態になってきた、そういうのもあって二人が特別な仲になったら面白いという考えがあった。
実際に口にしなければ妄想なんかは自由なわけで、これからもやらせてもらうつもりでいた。
「わー!?」
「すごい雨だな、私の家に急ごう」
冷静だな、それどころか笑っているぐらいだった。
濡れたいという趣味はないのにびしょ濡れになった、テンションはもちろん上がらなかった。
もう六月だというのに濡れたことで冷えるし、なにより朋世ちゃんの家だから濡れた状態で自由に歩き回ることもできないというのが微妙だ。
「いまお風呂を溜めているからとりあえずこれで拭いてくれ」
「ありがとう」
「しかし……梅雨の晴れを信用しすぎるのは危険だな」
「うん、続いていたからもう終わったように感じていたけどそんなことはなかったよ」
まあ、本来は雨ばかりの時期に晴ればかりが続いてしまうと晴ればかりの時期に雨ばかりとなってしまうから避けたかった。
汗をかくのは嫌いではないから早く七月になってほしい、そうすればいまよりももっと走ることができる。
走ることと言えばと考えていたときのこと、彼女が急に腕を掴んできて意識が持っていかれた。
「少ししかないがもう入った方がいい」
「はは、分かった」
「……だが、寒いから一緒に入っていいか?」
「いいよ、行こう?」
一緒に家のお風呂に入ったこともあるし、銭湯にも行ったことがあるから問題はない――というか、初めての人であってもそれが同性で、そして変態さんではないなら大丈夫な人間だった。
「ふんふふーん」
「……自分から言っておきながらあれだがやはり……慣れない」
「だから見ないようにしているでしょ? これでも私は相手のことを考えて行動できるタイプなんですよ――っと、ざざーっと流して湯舟にどぼーん! はは、ちょぽんだなー」
その際も後ろを向いておくことで彼女に圧をかけないようにした、うん、タイルが奇麗だ。
「もう大丈夫だ、ありがとう」
「いやいや、こっちこそ入らせてくれてありがとう、やっぱり温かい……あ、着替えがなかった」
「だから希南の分まで持ってきた」
「ありがとう!」
家では裸で、なんて趣味はないから助かった。
それからは静かな時間が続いた、私は話すことが好きだけどずっと口を開いているわけではないから変わらなかった。
出ることにして洗面所に移動してからもそう……とはならず、ここでは分かりやすくやらなければならないことがあるから変わっていく。
「拭いてあげるから座って?」
「ああ」
これは毎回やらせてもらっていることだった。
大変さを知っておくことでうっかり伸ばしたりしないようにしている、というわけではないけどなんかやりたくなるのだ。
彼女も彼女でこちらに完全に任せてくれるからありがたかった。
「希南にしてもらえるこの時間が好きだ」
「丁寧にやるからね」
とはいえ、正しいやり方を調べたわけではないから所詮は我流でしかないのが気になるところかも。
だって普段はがしがしがしーと拭いてはい終わりだからね、髪があんまり長くないとそんなものなのかな? それとも、ただただ私が適当なだけなのだろうか。
「西米のことだが、最初とは明らかに違うな」
「朋世ちゃんのおかげだよ、ありがとう」
「私はなにもしていない、本当にたまたま西米が話しかけてきただけなのだ」
「内容は私関連のことだった?」
「『あの人はなんなんですか?』と、どう答えたものかと三十秒ぐらいは悩んだぞ」
私はなんなのか、か、前までなら自分のしたいことだけを優先して生きている人間だとはっきり言えたけど最近は違う気がする。
いやまあ、根本的なところは変わっていないけど遠回りをしてしまっていてなんか違うとなってしまっているのだ。
情けないとか恥ずかしいとかそういうことでもない、でも、とにかく中途半端な状態だから少しだけ引っかかってしまっている。
「だが、少し面白くないのも確かだ」
「見ての通り、朋世ちゃんといる時間が減っているとかないからね」
「……それでもどこかつまらなく感じるときがある、あれだけ『朋世ちゃん』と名前を呼んで来てくれていたのに興味を持てばその程度か、とな」
「逆もありえるからね、一か月後には私を放置して盛り上がる二人がいるかも」
「それはないな、断言できる」
そんなの……分からないでしょ。
実際、急に近くから消えてしまうということは去年にもあった。
そのときも彼女が戻ってきてくれたからなんとかなったものの、残念ながら私になんとかできるような自力はないのだ。
同じようなことがあれば次こそ一人になる、そうしたら現実逃避のためにも走りまくると思う。
賑やかなところから逃げることはしないし、盛り上がっている子達に対して内であっても悪く言うことはしないし、寧ろ楽しそうに過ごしてくれていた方がいいけど、自分の理想とする人生とは全く違うものになってしまうから避けたかった。
が、努力をしていても行き着く先がそこだというのなら、それなら迷惑しかかけないから一人でいた方がいいのかもしれないけど。
「私には数人の友達と希南がいればいいのだ」
「えぇ、なんでそこで友達が先なの?」
「それは希南と出会うよりももっと前から友達だったからだな」
「いらないいらない、はっきりと言えなんて言っていないよー」
というか、もう拭けたのだから洗面所から移動しよう。
あとは彼女の部屋でゆっくりしたい、ごろーんとできれば複雑さも消えていく。
それでもどうしても無理なら走ればいいのだ。
七月はもう目の前、やらなければならないことは実際はほとんどないのだから結局、やりたいことをやっていくだけだった。
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