150作品目

Nora_

01話

「やばいやばいっ、遅刻しちゃ」

「おはよう」

「ぎゃ」

「お、ちょっとっ」


 食べ物のことで喧嘩をしてしばらくの間は話さないと決めていたのにもう無理になってしまった。

 姉はこちらを抱き起しつつ「大丈夫?」と聞いてくる、無視をするのも違うからありがと! と言ってその場を離れた。

 というか、それどころではないのだ、早く学校に行かないと遅れてしまう、大学生の姉とは違う点だ。

 でも、体力には自信があるけど急いでいると危ないから歩いていくことにした。

 元々、皆勤賞なんかは既に狙えないため、休むなんかよりはマシだと片付けてね。


「着いた~」


 結局、少し大袈裟に捉えすぎたのかSHR前に教室に着いた。

 必要な物を出して頬杖をつく、それから目を閉じてクラスメイトの会話に意識を向ける。

 うーん、今日はこれだという内容ではないな、だけど仕方がない、私のために話しているわけではない。

 SHRの時間になって担任の先生の話を聞いてもそう、朝に急ぐことになった以外はいつも通り、放課後までなにもないままで終わりそうだった。


「来ていたのか、今日は休みなのかと思ったが」

「あ、うん、ちょっとゆっくり寝すぎちゃってね」


 新佐朋世あらさともよちゃん、彼女とは高校一年生の六月から一緒にいるようになった。

 きっかけはベンチに座って彼女が読書をしていたときにこちらが話しかけたこと、勇気を出す必要はあまりなかったけど少しだけ緊張したことをいまでも鮮明に思い出せる。


「朋世ちゃんのクラスはどう?」

「ここと変わらない、休み時間はいつだって賑やかだ」

「苦手なのによくここに入ってこられたね」

「そこまでではないからな、だが、廊下に行こう」

「はは、分かった」


 前を歩くことが多い彼女、後ろを歩くことが多い私としては歩く度に左右に揺れる長い髪をいつも見てしまう、これだけ長いのに頭頂部から髪先まで奇麗だからだ。


「あ、そういえば変わったことがある、それは転校生が来たということなのだが」

「女の子?」

「何故すぐに女子となるのかが分からないがそうだな、声が小さかった」

「まあ、あんまり喜べないよね」


 どんな理由からであれ元いた高校には通えないということなのだから。

 私だったら……慣れようと努力をするけどそれこそ余程の理由がない限りは元いた高校に通いたいとなると思う。

 無理だと分かっていてもだ、無理だからこそどうしても気になってしまうものだ。


「ちょっと行ってみようかな」

「私はここで待っている」

「はーい」


 さてさて、朋世ちゃんがこういうときに付いてこないのはいつも通りだからいいとして、その新しい子はどんな子なのかとわくわくしていた。

 声が小さいか、となると身長もと考えていた自分、だけど結果は私よりも大きいということが分かった。

 百六十センチはある私よりも大きくてなによりスタイルがいい、髪も朋世ちゃんほどではないけど長かった。


「おはようっ」

「おはようございます」

「うーん? あ、私は古柴希南ふるしばきな、よろしくねっ」


 声量は普通だ、朋世ちゃんは耳がちょっと遠いのかもしれない、なんてね。


「なんのために来たんですか?」

「なんのためにって友達から話を聞いて興味を持ってね」

「そうですか、ですが私はあなたに興味がありません」

「それは知らないからだよ、関わっていけばそこも――」

「興味がありません、どこかに行ってください」


 おう、だけど自分の気持ちを優先してこの子のことを考えて上げられていなかったのは事実、こういう対応になっても仕方がないと言える。


「じゃ、ゆっくりやっていくよ、なにもいますぐにどうこう――」

「いらないです、興味がないです」


 ふふ、手強いぜ、それでもだからこそ燃えるというものだ。

 挨拶をして教室をあとにする、するとどこかから見ていたのか朋世ちゃんがやって来て「すごいな」と言ってきた。

 私的にはすごいなんてことはなくて普通のことだからそのまま返す、すると「古柴らしいな」と。

 そう、こっちは名前で呼んでいるけど朋世ちゃんは名前で呼んできてくれていないんだよなぁと内でため息をついた。


「だが、私なら初日ぐらい放っておいてほしいがな」

「え、転校生って意識をしていなくても人が集まってくるものじゃない?」

「そんなの漫画やアニメの中だけの話だ」


 そうか、さっきだって誰も近くにいなかったから間違っているとも言えない。

 仮に近づいたとしてもはっきりと拒絶されて頑張れる人は少ない、いや、それどころかなんだあいつと嫌ってしまうかもしれない。

 だけどさ、それだとなんか寂しいでしょ? だから私は諦めずに続けるつもりだ。

 泣いてしまうぐらい嫌がっているのならごめんと謝って離れるつもりでいるものの、そうではないのなら、ね。


「古柴が諦めない限りは一緒にいるのはやめておこう」

「最低でも一ヶ月ぐらいはね」

「それなら七月になったら話しかける」


 大丈夫、彼女はそんな極端なことはしない。

 しない……よね?




「やあ」

「一緒にお昼ご飯を食べようよ」

「一緒に帰ろうっ」


 それでも日に三回ぐらいに減らした結果が、


「はっきり言っていいですか? 気持ちが悪いです」


 これだった。

 うーむ、微妙な時期に移動することになったことがやっぱり態度に繋がっているのかもしれない。

 もうどうでもよくなってしまっているというか、もう二年生でどうせ来年になれば卒業をして関わることもなくなるからという風に片付けてしまっているのかもしれない。


「今回は無理そうだな、と言うよりもこれ以上はやめた方がいいぞ」

「まだ一日も経過していないんだけど……」

「それでもだ、私のときみたいに上手くいくことばかりではないということだ」


 いいのか? いやまあ、あの子からすれば私が来ない方がいいことは分かっているけど……。


「古柴」

「わ、分かったよ」

「ならいい、私も安心してまた古柴といることができる」


 まじか、一日も経過しない内にやめることになったのは初めてだ。

 朋世ちゃんといたいという気持ちが勝った、諦める前に来てくれていたけど多分重ねれば無理になるだろうからというそれが強くあった。


「部活でも始めようかなぁ」

「中途半端すぎないか?」

「だって早く帰ってもやることがないしなぁ」


 やれても少しのお手伝いぐらいか、無駄というわけではないけど少し適当なところがあるからと言い訳をしている自分がいる。

 体を動かしている方が好きだから外で過ごすというのもいいものの、その場合は朋世ちゃんが付き合ってくれないから一人だ、一人で走り回っていてもなぁとため息をついた。


「それならどこかに行こう、またカラオケでもいいぞ」

「お、今日はどうしたの? あ、朋世ちゃんがいいなら行こうっ」

「ああ、たまにはいいだろう」


 そうと決まれば移動だ、少しでも歌える時間を、彼女の歌声を聴くことができる時間を長くしたい。

 平日ということが大きいのか混んでいなくてお店に着いたらすぐに利用できることになった、家族が相手であれば誰よりも早く歌うところだけど彼女の場合は遠慮をして二番手に、歌うことも好きだけど聴くことも好きだからこれでいい。

 普段は少し低めなのに歌うときは高い声が可愛くてよかった、そういうのもあってごちゃごちゃが消えた。


「ふぅ、何故かではなく確実に途中から私ばかりが歌っていたな」

「朋世ちゃんだって払っているんだからなにもおかしくないよ」

「だが、これでは古柴が退屈だろう」

「そんなことはないよ、私、朋世ちゃんの歌声好きなんだ」

「私の歌声と言われても困るが……まあ、不快ではないのならそれでいい」


 不快になんてなるわけがない、寧ろトイレに多く行きたくなるぐらいにはリラックスすることができる。

 これはどうせならとジュースを多く飲んでいるのもあるけど決してそれだけではないはずだった。


「「あ」」


 そしてどんな偶然か未だに名字すら知らないあの子と遭遇、切り替えはしっかりできる人間だから未練たらたらなところを見せずに頭を下げてトイレの個室にこもった。


「ふぅ」


 気持ちが悪いとか言われても気にならないけど切り替えた後でよかった、本当だろうがなんだろうがそういう言葉を吐かせる度にあの子のなにかを削ってしまっているからだ。

 よほどのやばい存在でもなければマイナス方面の言葉は確実に悪い方に傾く、私だったら喧嘩をしたときにもそういう言葉を吐きたくなかった。


「手を洗ってー……と」

「ストーカーですか?」

「ぎゃ!? ま、まだいたの?」


 いや、足音は聞こえてこなかったからずっとそこにいたのだ、これは私が悪い。

 鏡をちゃんと見れば確かにそこにいるのに気づけない私がアホだと言える。


「はい、だってこんなところで会うなんて意識して行動をしていなければありえませんよね?」

「違うよ、友達と歌いに来ただけだよ。まだ一日も経過していないけど迷惑をかけてごめん、もう行かないから安心してよ」


 くぅ、本人がこうして自分から話しかけてきてくれているというのにぃ……。


「はぁ、やっぱりそうやってすぐに諦めますよね」

「え、試していたとか?」

「前の学校でもそうだったんです、でも、一日も経たずにみんな諦めるんですよ」

「できれば諦めたくなんかはなかったけどね、でも、友達にやめておいた方がいいと言われちゃってさ」

「だから結局、その程度だったってことですよね。さようなら」


 そうか、不合格だったということはもう仕方がないな。

 トイレということであんまり長時間いると疑われそうだから戻ろう。

 曲と曲あの間にささっと入ってさもずっといましたよ感を出しておく。


西米澄子にしこめすみこといたな、一人で来たのだろうか」

「え、見ていたの?」

「廊下を歩いていくのが見えた、古柴が出て行ってすぐのことだったからまるで約束でもしているかのように見えた」

「残念、私は不合格者だからもう無理だよ」

「そうか、話したのか」


 あれ、なんか顔がどんどんと怖い方に変わっていっているような。

 そうしたら突然、マイクを置いて「お金はここに置いておく」と言って出て行ってしまった。

 まだ時間はあったから最後までちゃんと歌ってからこちらも帰路についた。




「ただいま」


 西米さんのことは諦めていたからいいとして、朋世ちゃんのところに行っても反応すらしてくれないから参った。

 人生で初めての経験だ、ソファでうーんうーんと唸っていると姉が隣に座ってきたから意識を向ける。


「なんで部屋に戻らないの?」

「たまにはいいでしょ、それに妹が悩んでいるみたいだったからね」

「ああ、一人になっちゃったんだよ」


 喧嘩をしたことはなかったことになっているみたいだ、というか、私が暴れていただけだったからなにもおかしくはないか。

 それに仲良くできた方がいいに決まっている、一人になってしまった現時点で言うなら尚更のことだ。


「一人か、別にそれでも卒業はできるから安心しなよ」

「そうだけど、やっぱり寂しいじゃん」

「そう? スマホでも弄っておけばあっという間に終わるよ」

「そんなことを言っているけどお姉ちゃんには沢山の友達がいたじゃん」

「はは、いいことばかりでもないよ」


 そりゃそうだろうけどいないよりはいいでしょ、という話だ。

 だけどここでごちゃごちゃ言っても仕方がないからお風呂に入って部屋に戻ることにした、寝ることと同じぐらい食べることは好きだけど今日はそういう気分ではないから早めに寝ようと思う。

 早朝に起きて走ればいい、そうすればもっとすっきりとする、スタミナも増える。

 というわけで早速実行した、雨が降っていても初日が大事だということでやめたりはしなかった。


「雨……」


 って、なんでこんなに高頻度で遭遇するのか、家から出てきたばかりだから原因はこっちにあるけどさ。

 とりあえず誤解をされたくないから慌てて背中を向けて走り――出そうとしたところで「またあなたですか」と、合羽を着ているのにあっさりとばれて駄目になった。


「一つ言わせてもらうけど流石にこれでストーカー云々と言うならそっちがおかしいよ、自意識過剰ってやつだね」

「はぁ、自らの行為を正当化してこちらを悪者にするとは」

「え、ま、まじであなたに興味があってここにいるって思っているの?」

「その通りでしょう、昨日、尾行して家の場所を把握――」

「はははっ、流石におかしいよっ、こんな子には人生で初めて出会ったよっ」


 まじでやばい、難癖をつけてくる子はこれまでもいたけど流石にこれはレベル違いというやつだ。


「ちょちょ、なんでそんな顔をしているの? ふむ、走らなければならないからもう行くよ」


 所謂やべー子だったということだ、向こうからしたらこちらもそうだろうから一緒にいてもデメリットばかり、距離を置くことでなんとかしよう。


「ただいまー」

「おかえり――ん? なんか昨日と違ってすっきりした顔をしているね」

「うん、走ってきたからね、これからも続けるよ」

「うへぇ、わざわざ雨の中、合羽を着てまで走るとか妹が物好きすぎる件について」

「はは、今度お姉ちゃんも付き合ってよ」


 あらら、すぐに背中を向けて「絶対に嫌」と断られてしまった。

 とりあえずそうゆっくりもしていられないから朝ご飯を食べて学校に行くことにする。

 朋世ちゃんの件は残念だけど確かに姉の言う通りで一人でも卒業はできる、どこかの会社に就職してしまえば友達と遊ぶこともほとんどなくなるだろうからそのときに備えて~ということにしておこう。


「行ってらっしゃい」

「行くときは気を付けてね」

「希南もね」


 変なことが起こったのは学校の校門が見えてきたときのことだった、いきなり細道から出てきた子に腕を掴まれて連れて行かれる。


「名字と名前、なんでしたっけ?」

「古柴希南だよ」

「漢字は?」

「ちょっと待って、ペンペン……あった、こう……だね」

「分かりました、教えてくれてありがとうございます」


 目を擦ってみても目の前にいるのは西米さんだった。

 別に全く関係ないのに変なことが起きたせいで雨が降っているのもこの子のせいなのではないか、そんな考えが出てきた。

 そしてもう行かない選択をしてから遭遇頻度が高まっていることについて面倒くさいなと、なんで上手くいかないようになっているのかとツッコミたくなった。


「だけどなんで急に?」

「流石になにも知らないのに拒絶をするのもどうかと考え直しまして」

「私が言うのもなんだけど嫌なら嫌でいいと思うよ? 一人一人ちゃんと関わってそれからこの人とは無理だと判断するのは疲れるでしょ、一緒にいることを選んでも遠ざけてもそれは西米さんの自由なんだよ」


 なんで急にというところから抜け出せない、どうして変わったのかも分からない。

 でも、なにくそこのとむかついていたわけではない、そもそもずかずか近づいておいて微妙な反応をされたから文句を言うなんて最悪なことをする人間ではなかった。

 誰と関わるのかはその人次第だ、誰かに強制されるようなことではないし、自分がされたくないから相手にも求めない。

 だから諦めたのだ、守れなかったことは確かに複雑だけどそれは彼女とは一切関係ないのだから。


「だからあなたの言っているように一緒にいようとしても自由なんですよね?」

「まあ、そうだけど」

「ならいいじゃないですか」


 彼女は腕を組んで目を閉じた、ずっとそのままかと思いきや目を開けて「西米澄子です、よろしくお願いします」と。

 とはいえ、相手が一緒にいようと選択をしてくれたのであればこちらも変えるしかない。


「古柴希南だよ、よろしく」

「なんで古柴さんが改めて自己紹介をするんですか?」

「はは、そこは流れ的にね」

「変な人ですね」


 朋世ちゃんから変人だと言われたことがあるから気になったりはしない。

 それでもどれぐらいの頻度で行くべきかと悩んでいると「行きましょうか」と言って彼女が歩き出した。


「あ、うん」


 誰かに近づく際にこれだけ悩むことになったのも初めてのことだったりする。

 というか、積極的に誰かといたい人間の側にこれまで朋世ちゃんしかいてくれなかったことが事実を突きつけられているような気がした。

 つまり、問題があるのだ、そうでもなければ姉みたいに少なくとも十人ぐらいとは関わりがあったはずだ。

 だというのに結果はこれ、ちゃんと〇〇が駄目だと指摘してくれる存在が必要だった。

 色々求めて悪いけど彼女にはそれを期待したい。

 最初みたいにずばずば言葉で刺してくれればそれでよかった、調子に乗らないためにも頑張ってもらいたかった。

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