第23話 イケメンバトル
――魔王城の最深部。その中心にある豪奢な玉座にはこの城の主である若い女が足を組み、尊大な態度で座っていた。
ハイパーサタン。
彼女こそが魔王リュアンを倒し、新たにこの城の王となった強者である。
「勇者と元魔王のリュアンが攻め入って来たようだね」
「はっ」
ハイパーサタンが座る玉座の前には全身を黒衣で覆った5人の男が恭しく跪いている。
「わたくしを倒すために勇者と魔王が手を組むか。なかなかおもしろいじゃん」
「しかし無駄なことでございます。勇者と組んだところで大魔王様に敵うはずなど……」
「わたくしのことは大魔王ではなく、ハイパーサタンと呼ぶよういったはずだけど?」
「し、失礼致しました。ハイパーサタン様」
「ふん」
大魔王なんてだっさいよ。ちょー格好悪い。
そう思う彼女はハイパーサタンと、自分を小粋なネーミングで呼ばせていた。
「しかしハイパーサタン様、魔王と勇者の他に、2人ほど仲間がいるようです」
他の男がそんな報告をするが、
「勇者の仲間でしょ。そんなのちょー雑魚過ぎていないのと一緒じゃない?」
「そ、そうですね。おっしゃられる通りです。余計な報告でした。しかしひとりは子供と聞いたので、少し妙に思いまして……」
「ふぅん。子連れでわたくしを倒しに来るなんて舐めてるね」
子連れって、どんだけ呑気なんだろう? もうひとりの奴が親かな?
どんな顔してんのか見てみたいわと、ハイパーサタンは心の中で嘲笑う。
「そんな舐めた奴らを相手にハイパーサタン様の手を煩わせることなどありません。我々の手で片付けてきましょう」
「そうだね。任せた」
と、ハイパーサタンは5人へ向かって親指を立てた。
「ははっ! では行って参ります」
5人は踵を返すと、素早く部屋を出て行く。
ひとり部屋に残ったハイパーサタンは、目を瞑り考えに耽る。
「うーん……まさかこんなことになるなんてなぁ」
人生なにがどうなるかわからんもんだなと、こっくり彼女は頷くのだった。
……
……魔物を倒しながら、俺たちは順調に魔王城の奥へと進んで行く。
最深部へ近づいて行くほど魔物は強力となり、出現する数も増していくが、魔王リュアンと勇者デムーロニーの手であっさり倒されていた。
「ねぇ、さっき倒したビックビューティーオーガと、前に倒したマッスルダンディオーガってなにが違うの? 絶対おんなじでしょあいつら?」
これまでにいろいろな種類の魔物が出てきたが、同じ種族で名前の違う魔物の違いが俺にはやっぱりわからなかった。
「ぜんぜん違いますよ。さっきのはビューティーで、前のはダンディだったじゃないですか。もーハバンさん、ちゃんと見てたんですかー?」
「見てたけど……」
「一緒に出てきた小悪魔系美少女ゴーレムと妹系甘えん坊ゴーレムならわかるんじゃないかな? あれはぜんぜん違ったしさ」
とデムーロニーは言うが、
「いや、あれも一緒だったじゃん……」
「ええ……」
こいつ目がおかしいんじゃないかとでも言いたげな視線で、リュアンとデムーロニーは俺を凝視する。
いや絶対にこいつらのほうがおかしい。俺の目は正常だよ。おかしくないからな。
「安心しろハバン。ツクナもわからんから」
「そ、そうだよなっ」
味方を得た俺は思わずツクナを抱きしめた。
「俺の味方はお前だけだ」
「大袈裟な男じゃな。ほれ、くだらぬ戯言は終わりにして先を急ぐのじゃ」
「うん」
気を取り直して俺たちは先へ進む。と、
「ふぅはははっ!」
「うん? 誰かの笑い声?」
ひとりではない。複数の笑い声がどこからか聞こえてきた。
「誰だっ!」
そう俺が叫ぶと、目の前に顔まで黒衣で纏った5人の何者かが現れる。
「な、なんだお前らは?」
魔物ではない? 黒衣で姿は見えないが、人間のように思えた。
「我らはハイパーサタン様に仕える5人の幹部。貴様ら如き、偉大なるハイパーサタン様が相手をするまでもない。我らの手で倒してくれよう」
幹部。ということは、こいつらハイパーサタンの次に強い連中ということだろう。ならば今までのようにはいかないかもしれない。
「ふん。わたしたち強いよ。幹部だってあっさり倒しちゃうんだからね」
と、リュアンが魔法の構えをとろうとする。が、
「待て」
5人の中で中心に立っている男が手を前にかざして制止を求めた。
「なに? 怖気づいたの?」
「違う。ふむ……」
男が俺たちをぐるりと見回す。
「お前とお前」
「うん? 俺?」
「僕か?」
男は俺とデムーロニーを順番に指差して口元をニヤリと歪ませる。
「なかなか容姿の整った男ではないか。ならば武力での戦いなどつまらん。貴様らにイケメンバトルを申し込む」
「イ、イケメンバトルですとぉっ!?」
横でリュアンが叫ぶ。
「なにそれ?」
「知らないんですかっ!?」
「うん」
どんな対決方法なのかさっぱりわからない。
「イケメンバトルとは、イケメン同士が己のイケメン度で勝負を行い、負けたイケメンはその場で自害しなければいけない対決なんですっ!」
「なにそれ怖い」
すごいアホらしい対決方法なのに、負けたら自害って怖すぎる。
「いや、そんなの受けないよ。ばかばかしいし」
「待ってくださいっ! イケメンがイケメンバトルを申し込まれて断ることは、ものすごく恥ずかしいことなんです。自分のイケメン度が相手より劣ってるって認めるようなものですからね」
「別にいいよ。イケメン度とか興味無いし」
こんなアホらしいバトルで負けて自害なんてしたほうが恥ずかしい。
「よいではないか。受ければ」
「ツクナ? いやでも……」
「いま調べたんじゃが、あの幹部連中はかなり容姿に優れているらしい。普通に戦えば、負けはないにしても、かなり苦戦をすることになりそうじゃ」
「そ、そうなのか」
この世界では外見の優れている者が強い。確かに容姿の優れた連中を5人も相手にすると、かなり厳しい戦いを強いられることになるかもしれない。
「どうだイケメンバトルを受けるのか? 受けないのか? 我々はどっちでもいいぞ」
「むう……」
俺はチラリとデムーロニーへ視線を移すと、彼はこちらを見てゆっくりと頷く。
「わかった受けよう」
それが最善であると判断した俺は、イケメンバトルという奇妙な戦いを受けることにした。
「よし。では戦いの舞台を用意しようか」
「戦いの舞台?」
用意? 今から? それともどこかへ移動するのか?
疑問を浮かべる俺の前で、男は両手を大きく広げる。
「いざ現れよっ! イケメンバトルの舞台よっ!」
「うおっ!?」
男の身体が光り輝く。
その眩しさに目を瞑り、光の収まりを感じて瞼を開く。と、
「ここは……?」
さっきまでいた場所ではない。俺たち4人はいつの間にか崖の上に立っており、眼下には断崖に囲まれた丸い石造りの地面があった。そして、
「あれはなんだ?」
その丸い地面から少し離れた位置には、階段だけの幅広い物体が浮いていた。それはどこに繋がっているわけでもなく、本当に階段だけの不気味なものだ。
「魔法でどこか別の場所に移動したのか? リュアン?」
「いえ、魔法でそんなことはできないはずですっ。こ、これは……一体っ」
「空間変異じゃな」
「空間変異?」
「ここはさっきまでいた場所と同じじゃ。それなのに周囲の光景が変わってしまったということは、いまいるこの空間が変異してしまったと考えるしかない」
「魔法でそんなことができるのか?」
「そんな魔法は魔王のわたしでも聞いたことが……」
「ならばハイパーサタンとやらが新たに開発した魔法なのかもの」
「ま、魔法の開発なんてできるのっ?」
「魔王のお前でもできないのならば、本来は不可能なのかもの。しかしその不可能を可能にしたならば、ハイパーサタンとやらは、想像以上に強敵かもしれんのう」
淡々と語るツクナの言葉にリュアンの身体が震える。
魔法の開発がどれほどすごいことなのかはわからないが、魔法に精通しているであろうリュアンの様子から、ハイパーサタンがいかに手強い相手かということはわかる。
「そのハイパーサタンから魔法を教わったあの連中も相当につわものということか」
反対側にも同じ崖があり、そこには黒衣の男たちが立っていた。
「ふははははっ! 我ら5人を相手にイケメンバトルを受けるとは、自分のイケメン度に自信を持ち過ぎているようだなっ!」
「そんなつもりはない。けどこっちは2人でそっちは5人だ。対決の方法に数の不利はないんだろうな?」
「もっとも優れたイケメンが勝つ。それがイケメンバトルだ。こちらが1000人いようと2000人いようと、お前たちのどちらかがイケメン度で我ら全員に勝ればいいだけのこと。数の有利不利など些細なことだ」
「うーん……」
そのイケメン度がよくわからん。
一体、どうやって勝ち負けを判定するんだろう?
「では、我らの戦いの命運を握る女性たちに登場していただこう」
「女性?」
なんのことだと聞く前に、男の掲げた両手がふたたび光り輝く。と、
「なっ!?」
誰もいなかった幅広の階段の上に多くの女性らが姿を現す。
「ここに現れた100人の女性たちが判定する。より多くの女性からイケメンと認められたほうがバトルの勝者となるのだ」
「待て。お前たちの用意した女性ならば、そちらに有利ではないのか?」
もっともな疑問をぶつける。
「安心しろ。彼女たちは俺の魔法によって生み出された一時的な存在に過ぎず、イケメンバトルを公平に判定する役割しかもっていない女性たちだ」
「それを信用しろと?」
「イケメンバトルは神聖な戦いだ。不正など、己のイケメンを裏切ることは絶対にしない」
「そう言われてもなあ……」
その言葉を素直に信用するのは難しい。
「安心してください。彼の言っていることは本当です」
「えっ?」
リュアンが5人の男たちを見据えて言う。
「イケメンがイケメンバトルで不正をすることは、イケメンバトルを申し込まれて拒否することよりもずっと恥ずかしいことなのです! 彼らがイケメンであれば、不正は絶対にありません!」
「あ、そう」
やっぱ変な世界。
「美女バトルだったなら、ツクナが完封してやったのじゃがのう」
「たいした自信だな」
「自信ではない事実じゃ」
フンと鼻を鳴らすツクナの頭を、俺はポンポンと軽く撫でた。
「さあ、ではどちらから我らに挑む? 2人同時でも構わんぞ。ふははははっ!」
対戦方法は判然としないが、多数での有利がほとんど無いならば、2人で行く意味はないだろう。
「僕が先に行こう」
と、デムーロニーが前へと進み出た。
「うん? いいのか?」
「ああ。イケメン度はハバン君のほうが上のようだし、ここは僕が先に出て様子を探るのがいいと思う」
「……そうだな」
そのイケメン度とやらで自分がデムーロニーを上回っているのかどうかはよくわからないが、先に行くというのを止める理由もない。
デムーロニーは跳躍して眼下の舞台へと降りる。
「ほお、いきなり勇者が出てくるか。まあ、我らを相手にするのにそっちの従者などでは出てくるだけ無駄であろうからなぁ!」
「なんですかあの人たちっ! ハバンさんのイケメン度が理解できないんですかねっ!」
「さあ?」
俺も理解できないし。
「まあそれほど自分のイケメン度に自信があるのじゃろう」
「なるほどー。でも、ハバンさんが一番イケメンですもんね」
「いや別に……。俺は普通だよ」
「あははははっ!」
笑われてなぜか背中をパンと叩かれた。
「勇者が相手ならば不足は無いっ! まずは俺が行こうっ!」
黒衣を纏う男らのひとりが高く飛び上がり、地響きを立てて舞台へと降り立つ。
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