第19話 勇者に会うため町へ行く

 夜が明け、目的の町の側まで運転してきた俺は、ツクナの指示でデュロリアンを停車させる。


「デュロリアンで行けば目立つからの。ここからは歩いて行くのじゃ」

「そうだな」


 降りるとデュロリアンは異空間へと消えた。


「わあっ? 消えちゃいましたっ! これってどういう魔法なんですか?」

「魔法じゃなくて科学だよ」

「へーカガクってすごいですねー。さっきのデュロリアンって乗り物もカガクなんですよね? カガクってどういうものなんですか?」

「えっと……さあ」


 俺にもよくわからないことだ。


「そんなことより早く行くぞ。リュアンはここで待っておれ」

「えーっ! わたしも行くっ! ハバンさんと一緒にいたいもんっ!」


 と、リュアンは俺の腕に抱きつく。


「お前は手配書が出回ってて目立つから邪魔じゃ。ついて来るな」

「こうやって顔を隠して行くから大丈夫だよっ」


 両手で顔を覆うリュアンを前に、ツクナが大きくため息を吐く。


「それはそれで目立つじゃろ。馬鹿かお前は」

「馬鹿じゃないもん。魔王が馬鹿なはずないじゃん。魔王だよ」

「……ハイパーサタンとやらに部下を全員とられたのは、負けたからという理由だけでもないような気がしてきたのう」

「う、うーん」


 確かにあまり人の上に立てるような存在ではないなとは俺も思う。


「わかりましたー。じゃあこうやって布を深く被って顔を隠しますからー」


 リュアンは全身に黒い布を被って顔を隠す。


「ふん。ま、それならいいじゃろ。ハバンも顔を隠したほうがいいのう」

「えっ? 俺も? どうして?」

「女が寄って来ても鬱陶しいからの」


 そう言ってツクナがパソコンのキーを押すと、


「わおっ!?」


 空からフルプレートの鎧が一式、落ちてきてビックリした俺は声を上げてしまう。


「それを着るのじゃ」

「う、うん」


 言われた通り、鎧を装着する。


「あーんハバンさんの素敵な顔が隠れていやだーっ」

「これでこういう女が寄って来なくなる」


 なんだか残念そうなリュアンを連れて、俺たちは町へと入る。

 ……町の中は静まり返っており、人の姿もあまりなかった。


 大きい町なのに妙だ。


「魔王城へ向かっている勇者の一行がこの町に滞在しているようじゃ」

「一行ってことはひとりじゃないのか」


 さすがにひとりで魔王とその軍勢に立ち向かうなんて無謀だろうし、当然ではある。


「あーっ!」

「えっ? なに?」


 リュアンがなにかを指差して叫んだのでそっちへ目を向ける。


「これわたしの手配書ですよっ! なんかおっぱいがすごく強調されて書かれてますっ! これってセクハラじゃないですかねっ!」

「そんな大胆に胸元を開いた服を着てるのに、そんなことが気になるのか?」

「これはファッションですもんっ! 魔王は露出度の高い服を着ないとダメなんですっ!」

「あ、そう」


 なんか意味あるのかなぁ。どうでもいいけど。


「それよりもなんだか町の皆さん、元気が無さそうですね。なにかあったんでしょうか?」

「君のせいじゃないの?」

「わたしこの町にはまだなんにもしてませんよー」

「じゃあなにか他に理由があるのかな?」


 魔王を打倒する勇者のいる町なら、もっと活気に溢れてそうだが。


「あれが勇者一行の滞在している家じゃ」

「うん?」


 やってきたのは大きな屋敷だ。


「宿屋か? これ?」

「いや、ここら一帯を治める領主の屋敷みたいじゃ」

「ほう」


 領主の屋敷に勇者を滞在させているのか。


 人類の敵である魔王を倒すために戦っているのだから、できるだけもてなしたいと、そういうことだろうと俺は思う。


「勇者ってどんな人なんでしょうね? 会うのが楽しみです」

「向こうは魔王がこんな普通の女の子だって知ったら驚きそうだけどな」

「普通じゃないですよっ! むっちゃ美人でおっぱい大きいですもんっ!」

「そうだね」


 てきとうに返事をして屋敷へ向かう。


「門番がいるぞ」

「任せてください」


 と、リュアンが指をパチンと鳴らす。


「う……」


 すると門番がパタリとその場に倒れた。


「魔法か?」

「はい。眠らせました。すごいですか?」

「うん。すごい。っていうか、便利だね」


 眠っている門番を通り過ぎて屋敷の中へ入る。


「こっちじゃ」

「うん」


 ツクナへついて行くと、やがて大きな扉の前へたどり着く。


「領主と謁見をする部屋だな」

「うむ。恐らくそうじゃろう」

「領主と謁見中かな? 少し待っていたほうがいいか」

「今の勇者ってどんな人だろー? ちょっと覗いてみよ」


 と、リュアンが扉をそっと開いて中を覗く。


「あ」

「どう? 勇者いた?」

「うーん、あの奥のおっきいイスに座ってるのが勇者だと思うんですけど」

「そのイスに座ってるのは領主じゃない?」


 謁見の間なら、奥に座ってるのは領主だろう。


 なんで勘違いしたんだろうと、首を傾げた俺も中を覗いてみる。


「あ」


 これはどういう状況だろう?


 豪奢な服の男が横向きに跪いており、その背に踵を乗せて奥のイスに座っている者がいる。

 顔の整った若い男だ。鎧を着ているのでたぶんあれが勇者だとは思った。


「あれが勇者なのか?」

「うむ。あれが勇者デムーロニーじゃ」

「勇者デムーロニー……あの男がね」


 デムーロニーは骨付き肉をかじりつつ、もう片方の手で女を抱き寄せて胸を揉みしだいていた。


「おいっ! 酒が無くなったぞっ! 早く持って来いっ!」

「は、はいっ!」


 給仕らしき男が慌てた様子で扉から出て行く。

 よっぽど急いでいたのか、俺たち3人にはまったく気付かずに。


「まったくこの町は飯も酒もまずい上に、たいして良い女もいねぇ。この勇者様が滞在してやってるんだぜ。もっとましな食い物や女を用意できねぇのか? ええ? 領主さんよ?」

「も、申し訳ありません勇者様」


 足を乗せられている男が謝罪の言葉を口にする。


「新たに現れた魔王の軍によって周辺の村々が荒らされ、食物が思うように手に入らず、町民が町から逃げてしまい女のほうも減って……ぐあっ」


 乗っている踵が領主の背を叩く。


「まるで俺のせいみてーじゃねーか? 俺がとっとと魔王を倒させねーからとでも言いてーのか? ああおい?」

「め、滅相もございません。そのようなことは微塵も……」

「俺にはそう聞こえたなぁ。お前らはどうだ?」


 勇者の声に、3人の女が反応してそちらを向く。


「あたしには勇者様を悪く言っているように聞こえたね」

「わたしもー」

「わたくしもそのように聞こえましたわ」


 あの女たちは勇者の仲間だろうか? そんな様子だ。


「あー気分悪いなー。魔王退治やめっかなー?」

「そ、そんなっ! 勇者様でなければ魔王を倒すことはできませんっ! どうかお許しくださいっ!」

「そうだよなぁ」


 イスから立ち上がった勇者はなぜか上着を脱いで上半身を裸にする。


「美しい容姿、高い身長、そしてこの引き締まった肉体。これほど素晴らしい外見を持つ俺にしか、魔王を倒すことはできないのだっ! ふははははっ!」

「きゃーっ! 勇者様かっこいいっ!」

「イケメンっ! 素敵ーっ!」

「はあ……なんて逞しくて美しいの。惚れ惚れしてしまいますわ……」


 これ見よがしに肉体を披露する勇者。

 それを目にした仲間の女たちはきゃーきゃーと嬉しそうな声を上げていた。


「どういうことだ?」

「男の場合はイケメン、高身長、引き締まった肉体がこの世界で才能を引き出せる条件なんじゃ」

「ふーん」


 やっぱり変な世界だ。


「新たな魔王とて、この俺の魅力で虜にしてやるぜーっ! ぐはははははっ! ……ん? おいガキ、なにを睨んでるんだ?」


 勇者の目が部屋の端っこで隠れている男の子へ向く。


「あ、あれは私の子で……」

「領主のガキか。おいガキ、こっちへ来い」

「えっ?」

「早く来い。俺の命令が聞けないのか?」

「ひっ……」


 低い声で言われてビクリと震えたその男の子が勇者のほうへ歩いて行く。と、


「あぐっ!?」


 勇者に殴られた男の子が床へと仰向けに倒れる。


「二度と俺を睨むな。次は殺すぞ」


 そう吐き捨てると勇者はふたたびイスへ座った。


「子供を殴るなんて……」


 あれが人類を魔王から守る勇者だと言うのか? とてもそうは思えない。


「本当にそうですねっ! わたしだったら子供を殴るなんてぬるいことをしないで、骨を折ってやってましたよっ!」

「えっ?」

「えっ?」


 俺が見ると、リュアンは気まずそうに目を逸らす。


「そ、そういえば君は人類を滅ぼす魔王だったね」

「いえその……冗談ですよっ! わたし子供好きですからーっ!」

「う、うん」


 めちゃくちゃ目が泳いでるけど。


「あ、あんなひどい奴はここで退治してやりましょうっ!」

「あ、リュアンっ」


 扉を開いたリュアンが中へ入って行ってしまう。

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