第20話 怒りの勇者に勝負を挑まれる

「ふぅはははははっ!」

「む、なんだお前は?」


 入った途端に笑い出すリュアンを、勇者が睨む。


「我こそは魔王リュアン・エグダークなりっ! 勇者よっ! 目に余る貴様の蛮行、もはや許してはおけんっ! 我が退治してくれようっ!」

「……」


 意外な訪問者に面食らったのか、部屋にいる全員はポカンとした表情でリュアンを見つめている。


「ん? あ、そうか。布を被ったままだった。ほら魔王だよ」


 黒い布を脱いで顔を見せるも、やはり皆はポカンとしたままだった。


「な、なにー? 魔王が来たのになにこの反応? 怖がったりするじゃん普通さ」


 いや、人類を滅ぼそうとする魔王が、勇者の蛮行が目に余るって突然、部屋に入ってきたらわけわからなくてこんな反応にもなるだろう。


「やっぱりあの女は連れて来ないほうがよかったのう」

「う、うん……。どうする? 俺たちも行くか?」

「いや、もう少し様子を見るかの」


 と、ツクナに従ってもうしばらくここで見守ることにした。


「魔王リュアン・エグダークだとぉ?」


 静寂の中、勇者が口を開いて言う。


「そうだっ! お前を退治してやるっ!」

「ふっ……ふははははっ!」


 リュアンを前に勇者は盛大に笑い出す。


「な、なにがおかしいのさっ!」

「そりゃだってよぉ、悪の魔王が勇者を退治しにって、普通逆だろ」


 それはもっともだと頷く。


「しかもお前、新しい魔王に負けて城を追い出された元魔王じゃん。魔王じゃなくねっての。がははっ!」


 仲間と一緒に笑う勇者を前に、リュアンはがっくりと膝をつく。


「う、うぐぅ……その精神攻撃はわたしに効く……」

「お前、良い女だから、俺の仲間にしてやってもいいぜ。どうだ? このイケメンを超えたイケメンな上に高身長の引き締まった肉体を持つ俺に会って惚れちまっただろう?」


 と、勇者はポーズをとって肉体を見せびらかす。


「へーんっ! 魔王に魅了なんか通じないよっ! それにわたしは簡単に惚れるような軽い女じゃないってのっ!」


 立ち上がったリュアンは前へ指を差してそう言う。


「ほう、さすがは元でも魔王だな。そう安くはないか。だったら……」


 勇者が腰の剣を抜くと同時に仲間の女がリュアンを囲む。


「実力で屈服させるまでだ」

「やってみなさい。ふんーっ!」


 しかしリュアンは余裕そうだ。


 このまま見ているだけでいいのだろうか?

 しかしあれでもこの世界で一番強いらしいから、負けることはないかもしれないが。


「ツクナ」

「うん? うむ……あの女が負けて死ぬことはないじゃろうが、これから協力を頼む勇者が殺されてはここへ来た意味がなくなってしまうのう」

「俺、あいつと協力するの嫌だな」


 悪い奴だし、品が無い。


「それはあとで考えるとして、今はリュアンが勇者を殺さないようになんとかするのじゃ」

「なんとかって……しょうがないな」


 どうしようかなぁと考えつつ、俺はフルプレートの鎧をガシャガシャ鳴らしながら中へと入る。


「あ、ハバンさんっ! えっと……うえーんいじめられましたーっ!」

「ええ……」


 明らかなウソ泣きですがりついてきたリュアンを、ともかく抱き止める。


「あの人、わたしにひどいこと言うんですよーっ! 傷つきましたーっ! うえーんっ!」

「そ、そう。うん。かわいそうにね」


 まあ大袈裟でも傷ついたのは本当かもしれないか。


「ふん。魔王の従者か。ずいぶんと臆病者を連れてるんだな」

「臆病者?」

「そんなフルプレートの鎧なんか着て身を守ってるのは、臆病だからだろう。そして外見に自信がないからだ。俺のように強く美しい外見を持っていない証拠さ」


 嘲り笑う勇者と共に、従者の女たちも笑う。


「きっと不細工なんだよ」

「不細工だね」

「醜い顔を隠すためにあんな重い物を着なければいけないなんてかわいそう……」

「いや、そういうつもりでこれを着てるわけじゃないけど……」


 チラリとツクナのほうへ目をやる。と


「別に脱いでもよいぞ」


 こちらへトコトコ歩いて来ながらツクナは言う。


「いいのか?」

「構わん」

「わかった」


 許可を得て俺はフルプレートの鎧を脱いでいく。

 そして最後にフルフェイスの兜を脱ぎ去ると、


「えっ?」

「ふぁっ!?」

「ほわーっ!?」


 勇者の仲間である女たちが一斉に声を上げた。


「暑かった」


 俺は兜を床へ置いて、ハンカチで顔の汗を拭く。


 こんな重武装をして戦う兵士とはたいしたものだと感服する。


「イ、イケメンっ!」

「勇者様よりも背が高いっ!」

「筋肉質で素敵な身体ですわーっ!」


 なんだか急に騒がしいな。


 近寄って来て騒ぐ女たちのことは気にせず、俺は汗を拭いていた。


「イケメンを超えたイケメンをさらに超えたイケメンだっ! こっちが勇者だよっ!」


 なんでだよ。わけわからん。


「あーん素敵ぃ。震えちゃう……」

「見てるだけでわたくしに中の女が強制的に引きずり出されてしまうほどに魅力的ですわぁ」

「ちょ、ちょっと……」


 迫る女たちを前に俺はあとずさる。


「こらーっ! ハバンさんに近づくなっ! イケメンってだけで寄ってくる馬鹿女どもーっ!」

「お前もじゃお前も」


 リュアンがあいだに入って女たちを遠ざけてくれたので、気を取り直して俺は勇者と向き合う。


 ……なぜか勇者はさっきと違ってものすごく機嫌が悪そうだった。


「き、貴様……くっ、俺よりイケメン……いや、そんなはずはないっ! 俺のほうがイケメンだっ! イケメンだからなっ!」

「あ、そう」


 どうでもいい。


「いや、あっちのほうがイケメンだよ」

「うん。あっちのほうがイケメンだ」

「はい。あちらのほうがイケメンですわ」

「お、お前らぁっ!」


 仲間の女たちの言葉を聞いて勇者は拳を震わす。


「へへーんどうだ。ハバンさんのほうがイケメンだぞ。まいったかーっ。えっへんっ!」

「なんでお前が誇らしげなんじゃ?」


 なんだか嬉しそうなリュアンを前に、俺はこれからどうしようか考える。


「ぐぬぬぬっ……」


 勇者はご立腹のようだ。協力してもらえるような気がしない。


 さてどうしたものか……。


「おいお前っ!」

「ん? 俺?」


 指を差された俺は怒り顔の勇者をじっと見た。


「俺様と剣で勝負をしろっ!」

「剣で? あ、いや、俺はお前と戦う気はなくて……」

「逃げるのか? はっ! やっぱり臆病者かよっ! 顔は俺様よりほんのちょっぴり良いみたいだが、戦いの強さは圧倒的に俺様のほうが上のようだなっ!」

「まあ別にそれでもいいけどさ」


 どっちが強いとか、顔が良いとかどうでもいい。目的とは関係ないことだ。


「ぐぬぬぬぬっ!」


 なぜかリュアンが唸りだす。


「ハバンさんっ!」

「なに?」

「あんなこと言われて悔しくないんですかっ!」

「悔しくないよ」


 煽られて憤るほど若くはない。


「悔しいですよねっ! ならば戦うべきですっ!」

「悔しくないって」

「おいそこのクソ雑魚ブサイク勇者っ! ハバンさんに負けたらなんでも言うこと聞けよっ!」

「こ、この俺様にブサイクだとっ! い、いいだろう。俺様がそいつに負けたらなんでも言うことを聞いてやる。その代わり負けたらそいつとお前は一生、俺様に尽くすんだ。いいな?」

「いいでしょうっ!」

「よくない、勝手に決めるな」


 弓ならともかく、剣術はあまり得意でない。あの男の実力がどの程度かは知らないが、勝てる確証のない戦いをするべきではないと思う。


「ハバン」

「うん?」


 ツクナに手招きをされて俺は屈む。


「勝負を受けたらよい。言うことを聞かせられるなら都合がいいじゃろう」

「けど俺、剣術はあんまり得意じゃないんだよ」

「うむ。奴には剣の才能がある。剣で戦うのは不利じゃ」

「じゃあ……」

「平気じゃ。ちょっと耳を貸せ」

「うん?」

「ごにょごにょごにょ」

「えっ? そ、そうなのか? けど大丈夫かな?」

「ちゃんと調べてあるから平気じゃ。ツクナを信じろ」

「わかった」


 ツクナの言うことに間違いはない。


「ほれ、剣じゃ」

「うん」


 剣を受け取って立ち上がった俺は勇者を見据える。


「な、なんだその剣? どっから出てきた? なんか突然、そのガキの手に現れたような……」

「そんなのどうだっていいだろ。お前も剣を抜けよ」

「ふん。まあいい。勝負を受けたことを後悔させてやるぜ」


 腰の剣を抜いた勇者と向かい合って相対する。


「ふっ、一瞬で終わらせてやるぜっ!」

「やれやれ」


 剣で勝負を挑んできたということは、剣術に自信があるからだろう。剣の扱いが得意でない自分が普通に剣術で戦っても、たぶんこの男には勝てない。しかし、ツクナの言うことが真実ならば、剣術を使わずに剣で勝つことができる。


「いくぞっ!」

「むっ!?」


 勝負が始まった瞬間、目の前で勇者の姿が消えた。

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