第18話 魔王は女の子
大きく胸が張り出しているのを目にして、その者が女だとわかる。
長い銀髪を一本の三つ編みにしたその美少女は若く、年齢はまだ20歳にもなっていないだろうと思った。
しかし女の子なのに露出の多い服を着ている。娼婦だろうか?
「この魔王に攻撃するとは貴様、何者……はわーっ!?」
俺へと近づいて来たその女は、眼前で立ち止まって声を上げる。
「イ、イケメンっ! すごいイケメンだっ! 背も高いっ! あのわたし、リュアン・エグダークって言いますっ! 独身ですっ!」
「あ、そう」
なぜ自らが婚姻しているかどうかを話したのかはわからないが、まあともかく元気そうだ。
「俺はハバン・ニー・ローマンド。すまない。君を怪我させるつもりはなかったんだ」
「いえいえぜんぜん平気なんでお気になさらないでくださいっ! わたし身体はむちゃくちゃ丈夫なんで、あのくらいじゃかすり傷だってできませんからっ!」
「そ、そうなの? すごい勢いで飛んでったように見えたんだけど……」
しかし見たところ怪我は無く、無傷のようであった。
「その女じゃ」
「えっ?」
デュロリアンから降りて来たツクナが俺の隣に立つ。
「死ぬことで人生が幸せになる女がそいつじゃ」
「彼女が……」
死ぬことでしあわせになる女性。……そうは見えないが。
「そういえば魔王って言っていたような」
「あれその子は……も、もしかして結婚をされているのですかっ?」
「ん? いや、してないよ」
「そ、そうですか。いえ、子持ちの男性でも結構ですよっ! わたし子供好きですからっ!」
「君はなにを言っているんだ?」
雰囲気からして、死にたいとかそういう風には思えない。
一体、死んで人生が幸せになるってどういうことなんだろう?
「リュアンだっけ? 君、死にたいって聞いたけど本当?」
「はわっ!? なぜそれをっ?」
「なぜって……」
俺は隣のツクナを見下ろす。
「ツクナとハバンはお前の不幸な人生を修正するために来たのじゃ」
「よ、よくわからないけど……」
「つまりお前を殺してやるのじゃ」」
「殺すって……わたしここじゃ死にたくないんだけど」
「じゃあどこでならいいんじゃ?」
「わたし魔王だし、魔王城の最深部で勇者に殺されて死にたいの」
なるほど。面倒なこだわりがあるようだ。
「そもそもなんで死にたいの? 君まだ若いのに」
「普通の女の子として生まれ変わるためですっ」
「普通の女の子?」
「わたし、お父様が魔王だったからあとを継いだんですけど、人類を滅ぼすとか興味無いんですよね。だから魔王をやめて生まれ変わろうかなって」
「生まれ変わるなんてできるの?」
「あ、はい。記憶を持ったまま別の生き物に転生できる魔法があるので」
「魔法って?」
「魔法っていうのは……こういうやつですっ!」
「おお」
リュアンの手の平からものすごい勢いの炎が放たれ、俺は驚く。
「ふふふ、今のはファイオーガではない。ファイだ」
「なにそれ?」
「魔法の名前じゃろ」
「火を出すのが魔法なのか?」
「いえそういうわけでは……。水とか風も出せますよ」
「へー。どうやって出すんだ?」
「身体の中にある魔力を火とか水に変換して、こうやって手から放出するのです」
「ふーん。俺も使えるかな?」
「それは無理じゃ」
答えたのはツクナだった。
「魔法のある世界には魔法を使う才能を持った者が生まれるのじゃ。魔法の無い世界に生まれたハバンには使えん。恐らくの」
「恐らく?」
「ツクナの異世界研究によれば、稀に例外もあるのではと仮定しておる。しかしあくまで仮定じゃ。その世界に生まれた者しか魔法は使えんと考えてよい」
「そっか」
ちょっと残念に思う。
「わたし強すぎて、たまに魔王城の最深部に勇者が来ても倒しちゃうんですよねー。だからなかなか死ねる機会がなくてー」
「わざと負ければいいんじゃない?」
「そんなことできませんっ! わたし魔王ですよっ! 死に方にもプライドがあるんですっ!」
「やめたいんでしょ?」
「やめたくても、今は魔王ですからっ!」
「そ、そう」
リュアンの雰囲気からして、その死に方には強いこだわりがあるようだ。
「そもそも魔王のお前がなんでこんな草原におるんじゃ? 普通は魔王城にいるもんじゃろ?」
「そ、それは……ううっ。うあーんっ!」
不意に泣き出したリュアンが俺へと抱きつく。
「わたし魔王城を追い出されちゃったんですーっ!」
「追い出されたって……なんで?」
頭を撫でてやりながら問う。
「はい……。2週間くらい前に、なんかすごく強い魔法使いの女が現れまして、わたしその人に負けて追い出されちゃったんですーっ!」
「つまり魔王の座を奪われたということかの?」
「そういうことです。うう……。部下もみんなその人にとられちゃって、行く当てもなく彷徨っていたらこんなところにいたというわけです……」
「そ、そうか。大変だったんだな」
住処である城を追い出されたという気持ちは、俺にもわからなくなかった。
「魔王城が無いとわたし死ねないーっ! 帰りたいーっ!」
「もう面倒じゃし、死ぬならどこでもいいじゃろ。森でも野原でも荒野でも」
「やだーっ! そんな普通の魔物みたいに殺されたら格好悪いもんっ! 死ぬときは魔王として、魔王城の最深部で死にたいもんっ!」
「わがままな女じゃ」
やれやれといった様子でツクナはため息を吐く。
「どうしよう? ツクナ?」
「ふぅむ。まずは城を奪ったその女のほうをなんとかせねばいかんらしいのう」
「じゃあまずは魔王城に行くか?」
「いや……リュアンよ、お前を追い出した女はひとりかの?」
「あ、うん。ひとりで来てわたしと魔王城の魔物をやっつけたの。すごく強かった」
「その者の名は?」
「えっと、名前かはわからないけど、自分のことをハイパーサタンって言ってたよ」
「ハイパーサタン……ふむ」
ツクナはパソコンを操作して唸る。
「この世界を検索してもハイパーサタンなどという者は存在しないと出る。それにリュアンより強い者などこの世界にはおらん。奇妙じゃの」
「この子そんなに強いの?」
ツクナが感じたこの世界への奇妙さよりも、リュアンが強いという事実に俺は興味を持つ。
「強いですよーっ! ふんーっ!」
大きな胸に手を置いて鼻を鳴らすリュアン。
どう見てもこの世界で一番強いとは思えない。
「わたしのこの優れた容姿をご覧いただければ、魔法の才能を高く引き出せることがおわかりでしょう?」
「どういうこと?」
「この世界では若く、顔が美しく、胸がでかいほど自身の才能を高く引き出せるようじゃ」
「ふーん」
変な世界。
「魔王城を取り返すならわたしも協力しますよーっ! がんばりましょーっ! ふんーっ!」
「だけどそんな強い奴を相手にして、3人だけで勝てるのか?」
ただの人間が相手ならともかく、相手は魔法とかいうなんかすごい力を使うのだ。デュロリアンやこの右腕があっても少し不安がある。
「まあ、大丈夫じゃけど、連れて行ったほうが都合の良い者はおるのう」
「連れて行ったら都合の良い者って?」
「勇者じゃ。目的を達成するためには、ついでに連れて行ったほうがスムーズじゃろう」
「そうだな」
しかし勇者とはどんな者なのか? 世界を滅ぼそうとする魔王に挑むような者ならば、品行方正で勇敢な人間なのだろうと、俺はなんとなく思う。
「ではさっそく勇者のもとへ行くとするかの」
「うん」
とりあえずの目的が決まり、出発をしようする。と、
「むっ!?」
リュアンに向かって飛んできたなにかを咄嗟に掴む。
「ひゃあっ!? な、なんですか?」
「矢だ。誰かいるな」
周囲の暗がりへ目を凝らす。
と、十数人の何者かが岩陰や木の根元から姿を現した。
「誰だ?」
答えは無く、今度は別の者が炎を放つ。
「何者かは知らないけど、敵ではあるみたいだな」
素早い動きでツクナとリュアンをデュロリアンへ放り込むと、俺はフロント部分に飛び乗って右手を構えた。
「ん?」
デュロリアンのヘッドライトに照らされているとはいえ、周囲のほとんどは夜闇に染め抜かれている。だというのに、妙に目が冴えて敵の位置を正確に知ることができた。
なにか変だ。いや、今はそれよりも。
「死にたくなければ失せろ」
そう言葉をかけるも、返って来たのは数本の矢である。
矢はデュロリアンのバリアによって弾かれ、俺は息を吐く。
「しかたない。ツクナ、やってもいいのか?」
「構わん」
許可をもらった俺は、襲撃者へ向けて銃弾を掃射する。
「ぐあっ!?」
あっという間に襲撃者らを倒した俺は、フロントから降りて運転席へ乗り込む。
「なんだったんだあいつら? 魔法を使ってたみたいだけど」
「た、たぶんわたしを殺そうと襲って来た賞金稼ぎですっ。わたし手配書が出回ってるのでっ」
「そういえば人類を滅ぼうと目論む悪人だったね……」
そんな風にはぜんぜん見えないのだが。
「あ、えっと、その……こ、怖かったですーっ!」
「えっ? おっと」
助手席から飛びついてきたリュアンを思わず抱き止める。
「ハバンさんが守ってくれなかったら死んでたかもしれないですーっ」
「そ、そうか」
「嘘吐くな」
後部座席からツクナが言う。
「この世界で一番強い奴があの程度の連中に負けるはずないじゃろ」
「あ」
それもそうだ。
「むーツクナちゃん。お父さんの恋愛を邪魔しちゃダメだと思うな」
「ハバンはツクナの父親ではない」
「えっ? じゃあお兄さん?」
「違う。ハバンはツクナの婿候補じゃ」
「む、婿っ?」
リュアンの目が俺をじっと見上げる。
「も、もしかしてハバンさんって……そういう人ですか?」
「そういう人って?」
なんだろう?
「ほれもう離れろ。ツクナの育てている男にベタベタくっつくでない」
「そ、育ててるって……ツクナ」
「なんじゃ?」
「いや……」
まあ養ってもらってるから間違いでもない。
「ほれ、指示をするから、デュロリアンを出すのじゃ」
「あ、うん」
俺はデュロリアンのアクセルを踏み、指示に従って目的地に向かった。
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