第15話 工島挙流の本性

 しばらくして男が出て来たので俺はサワキフクを連れて車外へ出て行く。


「あの……」

「ん?」


 赤い車に乗ろうとしていた男が俺の声に反応してこちらを向く。


「あなたは……? 僕になにかご用ですか?」

「はあ、その」


 俺は背後に隠れているサワキフクの背を軽く押して前へと立たせる。


「俺の……その、妹がね、あなたと話したいって言うんで、少し付き合ってもらえないかな?」

「えっ?」


 男は驚いたような顔をしたのち、すぐに微笑みを浮かべた。


「ええ、構いませんよ」


 お。


 絶対に無理だと思っていたが、意外にもうまくいった様子で俺は驚く。

 サワキフクの外見に一目惚れでもしたのだろうか。


「あなたが一緒にでしたらぜひ」

「……うん? えっ?」


 不意に男は俺の手を握る。


「な、なにを言って……?」

「素敵な方だ。お名前をお聞きしても?」

「いやあのその……」


 熱の篭った男の視線と異様な雰囲気に寒気を感じた俺は、


「し、失礼するっ!」


 男の手を振り払い、慌ててデュロリアンへ乗り込んで発車させた。


「なんなんだあの男はっ?」


 助手席のサワキフクへ向かって、それからうしろのツクナへ問う。


「ふむ。どうやらあの男はホモだったらしいのう」

「ホ、ホモ?」

「ホモとはの……」

「いや、言うな。なんとなくわかる」


 あの男は男色家だったのだ。


「ホモだから独身だったんじゃな」

「あーそういうことかー。なんかあの人、ハバンさんを見る目がキラキラしてると思ったんだよねー。ホモだからだったんだ」


 納得して頷くサワキフクの隣で俺はため息を吐く。


「ツクナ、他にいないのか? ホモじゃない奴な」

「うーん……イケメン高身長で性格が良い金持ちで、恋人も嫁もいない男じゃと、それなりに理由があるんじゃ。さっきの男みたいにホモだったり、女と関係が持てない特殊な理由がの。だから探すのは難しい。今日中にはむりじゃな」


 ……とのことで、とりあえず今日のところは帰ることになる。また明日ということだが、どうにもなんとかなるような気がしなかった。




 ……




 日曜日の朝。三田村楽駆は自家用車を運転して沢木福来の家に向かっていた。


 最近、福来ちゃんが妙な男と関わっている。


 工島にもそうだが、どうも彼女は金持ちの男に弱い。昔からそうだ。金持ちで、ちょっと顔の良い背が高い男を好きになって……。けれど男運が悪いのか、いつも性格の悪い男に騙されてひどい目に遭って傷ついている。


 きっとあの男も悪い男に違いない。


 人を信じやすい子だ。自分が守ってやらなければ。


 そんな思いを胸に、楽駆は福来の家へ向かっていた。

 やがて福来の家の側まで来ると……。


「ん? あれは……」


 高級そうな車が彼女の家の前に停まっている。


「あの男の車かな?」


 しかし車から降りて来たのは……


「く、工島っ?」


 車から降りて来た工島挙流だ。


「あの男は福来ちゃんをフッたはず。どうして今さら……」


 家から出て来た福来が、工島の車に乗ってどこかへ行く。

 なにか嫌な予感がした楽駆は、そのあとをついて行くことにした。


 ……30分ほど走り、やがてやって来たのはラブホテルだ。


「こんなところに連れて来るなんてあいつ……」


 工島は大学の先輩で、成績優秀、スポーツ万能、イケメン、高身長、金持ちな上、絵に描いたような好青年だ。

 福ちゃんはずっと工島のことが好きで、フラれるのが怖くて告白できないまま同じ会社まで追って行った。そして先日、ついに告白してフラれたわけだが……。


「と、とにかくついて行ってみよう」


 まさか無理やりここへ連れて来られたのでは?

 だったら助けなければいけない。けれどもし同意の上でここへ来ているとしたら……。


「だったらいいさ」


 福ちゃんが工島と結ばれてしあわせになれるならそれでいい。


「……いいんだ」


 駐車場に車を停めた楽駆は、気付かれないよう静かに2人のあとを追う。


 無理にという様子では無い。やっぱり同意の上でここへ来てるのか。


「……他の客は全然いないな」


 日曜日の朝ならば帰りの客とかいそうなものだが。

 まあそんなのはどうでもいいことだ。


 誰もいないホテル内をこっそりついて行き、やがて2人は部屋へと入って行く。


「や、やっぱり同意の上……だよな」


 おとなしくここまで一緒に来たのだ。もう疑える余地は無い。


 うな垂れた楽駆は、しばらくその場で呆然としていた。

 ……そのとき、


「きゃああああっ!」

「えっ?」


 扉の奥から聞こえる福来ちゃんの悲鳴。

 帰ろうとしていた足を止めた楽駆は、踵を返して部屋へ突入する。


「あっ!?」


 目に入ったのは、ベットで仰向けに倒れる福来の首を両手で絞めている工島の姿だった。


「く、苦しい……っ」


 首を絞められて苦しむ福来の姿に言葉を失う楽駆だが、すぐにハッと我に返り、


「な、なにをしてるんだっ!」


 大声で叫ぶ。


「ああ?」


 その声を聞いた工島がゆっくりとこちらを向く。

 いつもはいかにもな好青年な表情を顔に張り付けている男が、今は目線を合わせるのも恐ろしいほどの凶悪な顔をしている。


「う……」


 恐ろしい工島の雰囲気を感じて退きそうになる足だが、


「ふ、福来ちゃんを離せ工島っ!」


 大切な女の子を守りたいという強い思いは恐怖を凌駕し、震える足を前へと進ませた。


「お前は……ああ、三田村か」


 チッと工島は舌を打つ。


「ら、楽駆……」

「福来ちゃんっ! いま助けるからねっ!」


 駆け出そうとする楽駆。しかしその肩を誰かが掴んだ。


「えっ? うあっ!?」


 振り向いた楽駆は頬を殴られて床に倒れる。


「おい、このホテルは貸し切りにしたんじゃないのか?」

「も、申し訳ありません若」


 楽駆を殴った髭面の大男が身体をくの字に曲げて工島へ謝っていた。


「この野郎、いつの間にか入ってきちまったようで……」

「言い訳はいらない。チッ、邪魔しやがって」

「く、工島……。お前、どうして福来ちゃんを……」

「知りたいか?」


 福来の首から手を離した工島が嬉しそうな顔で楽駆を見下ろす。


「いいぜ。教えてやる」


 ジャケットの懐から煙草を取り出した工島がそれに火をつけて煙を吐き出す。


「この女は俺にフラれたあと、俺より顔の良い男と付き合っていた」

「は?」

「だ、だから私とあの人はそんな関係じゃないって……」

「黙れ尻軽女。俺を馬鹿にしやがって。こういう女は気に入らないから殺してやるんだ」

「な、なんて身勝手なっ!」

「そうか。じゃあどうする?」

「お前から福来ちゃんを助けるっ!」

「だ、だめだよ楽駆……逃げてっ」


 福来にそう言われるも、


「そんなわけにいかないっ!」


 よろよろと立ち上がった楽駆は逃げることを拒否して工島を睨む。


「好きな女の子を見捨てて逃げるくらいなら死んだほうがましだっ!」

「ら、楽駆……」

「うおおおっ!」


 床を蹴り、工島へ殴りかかろうとする楽駆だが、


「ぐあっ!?」


 背後から大男の太い片腕に首を絡めとられて持ち上げられてしまう。


「その男は元格闘家でね。あんまりに強すぎて試合にならないことを理由に格闘家業界から追放されて親父の組に拾われた男さ」

「お、親父の組……?」

「ああ、俺の親父はヤクザの親分でね。俺は堅気だけど、まあいろいろと裏のやり方を知ってるんだよ。死体をうまく処理する方法とかさ」

「うう……」

「話を聞いてしまったなら、お前はバラしてコンクリートに混ぜて道路にでもなってもらうぞ。この女と一緒にな。くっくっく」


 工島が手を上げると、大男が懐から抜き身のナイフを取り出す。


 ああ……自分はこれから殺される。ずっと好きだった女の子を守ることもできずに、男としてもっとも惨めな最後を迎えるんだ。


「ふ、福来ちゃんごめん……。守ってあげられなくて……」


 逆手に握られたナイフの先端が左胸に向けられる。


「ら、楽駆っ! 待ってっ! 楽駆は殺さないでっ!」

「ダメだね」


 残酷な工島の声とともに楽駆は目を瞑る。

 すぐに激痛と死が訪れるだろう。

 そう思った。……が、数秒の時を待ってもそのときはこない。


 どうして?


 妙に思った楽駆が目を開くと、大男の腕を掴む誰かの手が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る