第16話 福来が選んだ幸せ

 約束の時間にサワキフクの家へ迎えに行ったが、彼女は留守のようだった。


「なんじゃあの女っ! 約束を破って出掛けおってっ!」


 約束を破られてツクナはご立腹だ。


「なにか急用でもあったんじゃないか?」

「ん……まあ、そうかもしれんな」


 怒りの声を収めたツクナが助手席でパソコンを操作する。


「パソコンで居場所がわかるなら住んでいるところを聞く必要はなかったんじゃないか?」

「あいつが勝手にしゃべったんじゃ。……ふむ。そんなに遠くへは行っておらんな」

「じゃあ行くか」


 デュロリアンを走らせ、ツクナの指示する場所へと向かう。


 ……しばらく走ってやってきたのは、大きな建物の前だった。


「なんだここは?」


 低いビルのようだが、なんとなく他とは違うような雰囲気の建物だ。


「ラブホテルじゃな」

「ラブホテルって?」

「宿屋じゃ」

「ああ、宿屋か。けど妙に派手だな」

「子作りをする専用の宿じゃからな」

「へーそんなものがあるのか」


 しかし外観を派手にする理由ってあるのかなと疑問に思う。


 デュロリアンを駐車場へ停め、宿屋の中へ入る。


「こっちじゃ」


 パソコンを持って歩くツクナへついて行く。


「子作り専用の宿だからと言って、ツクナにエッチなことをしてはいかんぞ」

「し、しないよ。というか、なんでそんな場所にサワキフクは来てるんだろう?」

「それはそういう目的じゃろう」

「子作りに?」

「いや、行為だけを楽しみに来たんじゃろ」

「行為をしたら子供ができるだろ」

「ゴムをつけて避妊すればできん」

「ゴムってなんだ?」

「ゴムというのは……」


 と、そのとき、


「きゃああああっ!」


 上の階から叫び声が聞こえる。


「む」

「この声はサワキフクか? なにかあったのかな?」

「そのようじゃな」


 3階へと上がり、声のした部屋へと向かう。


「そのゴムってので妊娠を防げるのか?」

「正しく使えばの。沢木福来がいるのはその部屋じゃ」

「うん」


 扉の開いている部屋を覗く。と、中では大男がナイフを持ち上げて立っていた。


「お」


 咄嗟に中へ入った俺は、その大男の腕を掴む。


「な、なんだてめえはっ!?」

「お前こそなんだ? ナイフなんか持って物騒だぞ。ん?」


 先にあるベッドの上に見覚えのある顔が2つ。

 ひとりはサワキフク。もうひとりはクジマアガルという男だった。


「ぐ、う……あ、あんたは……?」

「お前は……」


 大男の片腕にはサワキフクにラッキと呼ばれていた男が捕らえられていた。


「どういう状況だ?」

「ハ、ハバンさん……工島とその大男が私と楽駆を殺そうとしてるんです」

「そうか」


 理由はわからないがそういうことらしいのは理解した。


「沢木の側をうろついてた男か。なにしに来た? いや、どうでもいい。お前も死ね」


 ラッキを放した大男が俺へと向き直って拳を振るう。

 うしろへ跳んでそれを避けた俺は背後を振り向く。


「どうするツクナ?」

「とりあえずその大男と工島を黙らせるのじゃ」

「わかった」


 近づいてきた大男の拳をかわした俺は、右腕の拳を突き出す。


「ぐおっ……」


 鳩尾を殴打された大男の巨体が床へと沈む。


「な、なにっ!? くそっ!」

「きゃあっ!?」


 表情を驚愕へと歪めたクジマアガルが、サワキフクを捕らえてその頭になにかを突き付ける。


「近づくなっ! この女の頭を吹っ飛ばすぞっ!」

「うん? なんだあれは?」


 サワキフクの頭に突き付けられている黒い物体に注目する。


「あれは拳銃じゃ。先端から銃弾を発射する」

「それはあぶないな」


 俺はクジマアガルへ右手の人差し指を向ける。


「な、なにを……うあっ!?」


 人差し指から銃弾を発射し、サワキフクに突き付けられた拳銃を弾き飛ばす。

 そして走り出した俺は、


「ぐあ……っ」


 クジマアガルの腹に浅く右拳を埋め込ませた。


 ……


 クジマアガルと大男を部屋に残して俺たちは宿屋の外へ出て来る。


「あ、ありがとうございますっ!」


 駐車場でサワキフクとラッキが声を揃えて礼を言って俺に深く頭を下げた。


「あなたが来てくれなかったら、俺も福ちゃんもどうなっていたか……。俺、あなたのこと悪い人なんじゃないかと思ってて……けど、ぜんぜん違ってて、すいませんでしたっ!」

「ハバンさんは命の恩人ですっ!」

「いや、まあ」


 俺は頭を掻いてツクナを見下ろす。


「あの男らからお前らについての記憶は消しておいた。今後はあの男と関わらんことじゃな」

「えっ? そ、そんなことできるの? ツクナちゃん?」

「同じ目に遭いたく無ければ信じるのじゃ」

「う、うん」


 半信半疑といった顔でサワキフクは頷く。


「それよりも、お前が好むイケメン高身長金持ちの性格が良い独身男を何人か探しておいたからの。これから会いに行くのじゃ」

「あ、そ、そのことなんだけど……もういい、かなって」

「うん? どうしてじゃ? 目ぼしい男でも見つけたかの?」

「ま、まあそんな感じ」


 恥ずかしそうに頬を染めたサワキフクが隣に立つラッキへ寄り添う。


「ふ、福ちゃん?」

「さっき私を助けようとしてくれたとき、格好良かったよ」

「けど俺、結局は助けてあげられなくて、ハバンさんがいなかったら……」

「ううん。楽駆は自分の命をかえりみずに私を守ってくれようとしてくれた。こんなに私を好きなんだなって、すごく格好良かったよ」

「福ちゃん……」


 仲良さげに寄り合う2人を見て俺は察する。ツクナは……。


「ふむ」


 ポンポンとパソコンを操作し、やがて頷く。


「わかった。それでよい」

「いいのか?」

「うむ。ゆくぞ」


 ツクナがデュロリアンに乗り込んだため、俺も運転席の扉を開く。


「じゃあ、元気で」

「あ、はい。ハバンさん、ツクナちゃん、また」

「また会えるかはわからないけどな」


 2人に別れのあいさつをした俺は、運転席に座ってデュロリアンを発車させる。

 しばらく走って人気の無い路地に入ると、異空間への道を開いてその中に入った。


「よかったのか?」


 結局、サワキフクを金持ちの男と結婚させるという目的は達せられなかったが。


「いいんじゃ。さっき調べてみたらの、沢木福来はあの楽駆という男と結婚して、金持ちではないが幸せな人生を送るそうじゃ」

「そうなのか」

「うむ。過程は違ったが、ツクナたちの手で沢木福来の不幸な人生を修正することはできた。目的は達成されたということじゃ」

「ならよかった」


 成功したならば手伝ったかいがあるというものだ。


「しかし意外な結末だったな」

「人の幸せは必ずしもひとつではないということじゃ」

「ふっ、まったくだ」


 王になるのをやめ、こうしてツクナを手伝っている俺にはよくわかることだった。


「……幼馴染と結婚して幸せになる、か」


 ぼんやりと頭にソシアの顔が思い浮かんだ。


「なんじゃハバン? 物思いにふけるような顔をしおって」

「うん? いや、別に……それよりも次はどんな異世界に行くんだ?」

「ふむ。ま、今度も着いてからお楽しみでいいじゃろ。ひとつだけ教えておくと、今度の異世界はハバンのいた世界に似ておるな」

「へー」


 はたして次はどんな世界へ行けるのか。今から楽しみだった。

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