第14話 金持ちの男を紹介するが……

 次の日、俺はサワキフクをデュロリアンの助手席に乗せて町を走っていた。


「ずいぶん古い車ですね」

「古いのか?」


 町ではいろいろな種類の自動車を見かけるが、どれが新しいとか古いとかはわからない。デュロリアンと同じ形のは見かけないので、珍しいものとは思っていたが。


「古いですよ。昔の映画に出てたんで、有名な車ではありますけどね」

「エイガ……?」


 また知らない言葉が出てきて返答に困る。


「ほう、この世界にもあの映画はあるんじゃな」


 後部座席でパソコンをいじりながらツクナが言う。


「この世界?」

「なんでもない。その映画とは、デュロリアンで過去と未来を行き来するものじゃろ?」

「そうそう。ツクナちゃん、小さいのによく知ってるね」

「古い映画はじーちゃんとたくさん見たからのう」

「あーそうなんだ。おじいさんがねぇ。もしかしてこの車っておじいさんの?」

「うむ。じーちゃんのコレクションを譲り受けたものじゃ」

「く、車をもらっちゃうんだ。今どきの小学生ってすごいんだね。あ、もしかしてツクナちゃんのおじいちゃんってお金持ちだったりするのかな?」


 わくわくしたような表情でサワキフクはツクナに問う。


「別に普通じゃ」

「あ、そ」


 一転して顔から興味が消え失せる。


「金持ちだったらじいさんと結婚でもするつもりだったのか?」

「そんなつもりはないですよ。ツクナちゃんのおじいさんがハバンさんのお父さんだったら、いずれは遺産が入ってハバンさんがお金持ちになるかもって思っただけです」

「そ、そうか」


 なるほど。そういう考え方もあるか。別に感心することでもないが。


「素朴な疑問だけど、金がほしいなら自分で稼いで金持ちになればいいんじゃないか?」

「ハバンさん、お金持ちになるって大変なんですよ。実力だけでなく運も必要です。残念ながら私にはお金持ちになるほどの能力はありません。自分のことだからわかります」

「そうなんだ」

「はい。けれど、お金持ちと結婚できる美貌はあると思うんです。どうですか?」

「えっ? あ、まあ、そうだな。美人だとは思うよ」

「ですよねー。イケメンのハバンさんにそう言ってもらえると嬉しいです」

「ははは……」


 イケメンってどういう意味なのかはいまだにわからないけど。


「それで、紹介してくれるお金持ちってどんな人なんですか?」

「もうすぐじゃ」


 ツクナの指示通り、車を進めて行き、やがて大きなビルの前に着く。


「あの男じゃ」


 ビルの入り口から恰幅の良い年配の男が出て来るのが見える。


「大手不動産会社の社長じゃ。年齢は59で、妻とはおととしに離婚しておる。どうじゃ? あれはかなりの大金持ちじゃぞ」

「ど、どうって……」


 サワキフクが助手席の窓からその男に目をやるが、


「歳が離れすぎかな……」

「金持ちなんてほとんどおっさんじゃぞ」

「け、けど、59ってお父さんより年上だし、もっと若いほうがいいかな」

「しょうがないのう。ハバン、次じゃ」

「ん、うん」


 車を発進させて次へと向かう。

 次に到着したのは大きな豪邸の前だ。


「門から出て来てリムジンに乗ろうとしているあの男は先ごろ多くの土地を相続された資産家の大金持ちじゃ。年齢は35でさっきの男よりずっと若いぞ」

「うーん……」


 男を見るサワキフクの目はどんよりと暗い。


「なんかデブいし臭そう」

「金持ちならいいんじゃろ?」

「ああいう人は生理的にちょっとね……無理」

「むう。まあよい。まだ候補はおるしの。ハバン。次へ行くのじゃ」

「うん」


 言われて次へ向かうが……。


「チビガリ」

「ハゲ」

「顔がね……。タイプじゃない」


 十分なほどの金持ちたちを見せるも、サワキフクはどれも嫌がって納得しない。

 30人目を嫌がったとき、


「なんじゃっ! 金持ちなら誰でもよいのではないのかっ!」


 毎度毎度、難癖をつけて断るサワキフクにイラついていたのかツクナが吠えた。


「誰でもよくはないよ。ある程度は外見の好みもあるしー」

「外見って、どんな男ならいいんじゃ?」

「背の高いやさしいイケメン」

「その上で金持ちなんて滅多におらんわっ!」


 ふたたび吠えたツクナを背に、俺は胸にしまっていた懸念をふたたび頭に思い浮かべる。


 サワキフクは金持ちと結婚をできずにひとり寂しく人生の結末を迎える運命の女だ。醜い女ならばともかく、それなりに美しい容姿を持ったこの女がそうなることに少し疑問を持っていた。


 やはり。


 この女は金持ちであることが第一条件だが、相手の容姿にもうるさい。


 先ほどからの難癖を聞いていて、それをようやく確信した。


「それを探すのっ」

「背の高いやさしいイケメンの金持ちなんて女を選び放題なんじゃぞっ! 見つけたとて、お前を結婚相手に選ぶ可能性は低いじゃろっ!」

「がんばるっ!」

「がんばらんでいいっ! 妥協しろっ!」

「やだーっ! お金持ちでやさしいイケメンの高身長と結婚したいーっ!」

「妥協せんと一生、独身になるぞっ!」

「妥協するくらいなら一生、独身でいいっ!」


 こりゃだめだ。


 これはえらく時間がかかりそうである。


「むーっ! なんじゃもうっ!」

「まあまあツクナ」


 いきり立つツクナをなだめようと俺は声をかける。


「お前も女だ。1番の条件を持っている男に出会ったとしても、ある程度は人格や外見を気にするんじゃないか?」

「ん? ふむ……」


 俺の言葉に感じ入るものがあったのか、ツクナは怒りの声を収めた。


「……まあ、確かにツクナもできれば男はイケメンで性格の良い高身長なほうがよいけどのう」

「ほらほらそうでしょ。あーハバンさんがお金持ちだったらなー。ツクナちゃんはしっかりしてるし、子持ちでもぜんぜんおっけーなんだけどなー」


 と、視線を向けられて反応に困る。


「て言うか、ハバンさんって独身なんですか?」

「独身だけど……」

「これからお金持ちになる予定ってないですか?」

「無いかな」

「じゃあやっぱダメか―」

「ダメかって……なあ」


 仮に自分が金持ちでも、サワキフクと結婚するつもりなど無いのだが。


「しかたない。数は少ないが、性格の良いイケメン高身長の金持ちのところへ行くかの」


 ツクナの指示で俺は車を次へ向かわせた。


 ……


「ほほー」


 やってきたのは高級レストランという店の前だ。その前に停まった赤い車から降りて来た身長の高い男を見つけたサワキフクが声を上げる。


「あの男は石油王の息子じゃ。年齢は27で身長は193。日本には旅行へ来ているようじゃな」

「イケメンの外人さんだね。でもハバンさんのほうがイケメン度は高いかなー」

「そのイケメンって、なんなんだ?」

「イケメンって言ったら、顔の綺麗な男性って決まってるじゃないですかー。ハバンさんは色白で背が高くて、王子様系のイケメンって感じです」

「お、王子様系、ね……」


 系というか、そのものだったと言っても彼女はたぶん信じないだろう。


「あれなら文句ないじゃろ?」

「うんっ! あの人なら結婚してもいいよっ! やさしそうでもあるしっ!」

「何様じゃお前」


 ツクナが呆れたような声を出す。


「じゃあほれ、早く行って声をかけてこい」

「えっ? あの人に私を紹介してくれるんじゃないの?」

「そんな話はしていない」

「えーっ!? 知り合いじゃないんですかっ!? あの人とっ!?」


 顔を向けられて俺は困る。


 ツクナがなにかしてサワキフクと金持ちをくっつけるのかと思っていたので、俺はなにも考えていない。


「い、いやその……ツクナ、なんとかならないのか?」

「全裸になって大股開きで迫ればなんとかなるじゃろ」

「そんなの変態じゃんっ! 通報されちゃうよっ!」


 まったくである。


「じゃあハバンが一緒に行って声をかけてやればよい」

「えっ? いやでも、男が一緒に行くのは……」

「あ、それいいかも。ハバンさんの妹ってことで声をかけてもらえれば自然だし」

「自然かなぁ? てか妹って……全然、似てないだろう」

「大丈夫ですよ。私がお父さん似でハバンさんはお母さん似ってことにしておけばいけますってっ」

「まあいいけど」


 無理だと思うなぁ、と頭で考えつつ、レストランに入った例の男が出て来るの待った。

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