第13話 沢木福来と幼馴染の楽騎

「なるほどー。そういうことだったんですねー」


 俺を見上げながらサワキフクは納得したような表情を見せる。


「あなた、私のストーカーさんですね」

「えっ?」

「だめですよー。いくら私のことが好きだからって、娘さんを使って口説いたり、ストーカーとかしちゃ。でもお金持ちだったら結婚してあげてもいいですよ」

「い、いや俺は……」


 ストーカーってなんだ?


 立ち上がってこちらへ迫るサワキフクになんと言ったらいいか困り果てる。


「でも、背が高くてイケメンでやさしそう」

「イ、イケメン?」

「私、子持ちの男性でもいいですよ」

「子持ち?」

「お金持ちなら」


 触れそうなほど近づいて来たサワキフクを前に、俺は1歩後ずさる。


「ハバンさんはどれくらいお金持ちなんですか?」

「いや、金持ちではないけど」

「は? じゃあダメですね」


 俺の脇を通り抜け、サワキフクは坂を上って行く。


「私と結婚をしたければ、お金持ちになってからまた来てください。あと、今回はツクナちゃんに免じて許しますけど、もうストーカーはしないでくださいね。それでは」


 そう言うとサワキフクは背を向けて立ち去ってしまう。


「行ってしまったの」

「どうする? 追うか?」

「追ったところでまたストーカー扱いされるだけじゃ」

「ストーカーってなんだ?」

「この場合は、好きな女に付きまとう男のことじゃな」

「そんなものと勘違いされたのか……」


 心外にもほどがある。


「ツクナをハバンの子だとも勘違いしとったな」

「まあそれはしかたないような気もする」


 兄妹では歳の差があり過ぎるし、ツクナと2人でいれば親子に見られるのが無難なところだろう。


「ツクナの恋人として見られるには、まだハバンは未熟ということじゃな。主に筋肉がの」


 はっはっはと笑うツクナの頭を、俺はポンポンと撫でた。


「それよりどうするんだ?」

「ふむ。じゃあツクナたちで手頃な金持ちを探して、あの女に紹介してやるとするかの」

「ずいぶん地道だな。なんかすごい科学の力でなんとかできないのか? 惚れ薬とかさ」

「そういうつまらんものは作れん」

「そうなのか」


 できないことはなさそうな言い方だが、ともかく作る気は無いらしい。


 しかし手頃な金持ちを探すか……。難しそうだな。


「とりあえずデュロリアンに戻るぞ」

「あ、うん」


 ツクナを抱き上げて首のうしろへ座らせた俺は、ゆっくり歩いてデュロリアンへ戻った。


 ……


 駐車場へ戻って運転席へ座った俺は、助手席でパソコンをいじるツクナを見ていた。


「これうまいな」


 戻る途中で買ってもらったポテトチップスというお菓子をポリポリ食べる。


「こぼしてはいかんぞ。こぼしたら自分で掃除をするんじゃ」

「わかってるよ。そんなことよりどうやって手頃な金持ちを探すんだ?」

「それは簡単じゃ」


 そう言ってツクナはパソコンのモニターをこちらへ向けた。


「なんか名前と写真がたくさんあるな」

「この世界をスキャンして調べた、まだ結婚をしていない金持ちの男たちじゃ。これだけいれば誰かひとりくらいとは結婚できるじゃろ」

「……うーん」

「なんじゃ?」

「いや、そんな簡単にいくもんかなって思ってさ」

「あの女、外見はそんなに悪くなかったし大丈夫じゃろ」

「それはまあ……」


 そういうことではないのだが、まあツクナが大丈夫と言うのならば懸念はとりあえず胸にしまっておこう。


 ……


 翌日になって俺とツクナはサワキフクの働く会社へと向かう。

 夜になり、やがて彼女が会社から出て来る。


「サワキフク」

「えっ? わあっ!?」


 背後から声をかけた俺に驚いたのか、振り返ったサワキフクは小さく声を上げる。


「ああ、びっくりした。えっと、ハバンさんでしたっけ? またストーカーですか? いくら私のことが好きだからってダメですよ。娘さんもいるんですから」

「いや俺はストーカーなどでは……」

「お前に金持ちの男を紹介してやるんじゃ」


 俺の前に立ったツクナがそう告げた。


「私にお金持ちの男性を? どうしてそんなことをしてくれるんですか?」


 ツクナではなく、俺を見上げてサワキフクは問うてくる。


「どうしてって、それはその……」

「自由研究じゃ」

「じ、自由研究?」

「うむ。学校の宿題での。恋愛をテーマにしておるのじゃ」

「えええっ? だってあなた、小学校の低学年くらいでしょ? 最近の子は進んでるんだね」

「まあの」


 ショウガッコウ? テイガクネン?

 なにを言っているのかさっぱりわからないが、俺はツクナに任せて黙っていた。


「それで父に頼んで協力をしてもらっていたというわけじゃ」

「そうだったんですね」


 見上げられた俺は、よくわからないままとりあえず頷く。


「でもどうして私がお金持ちと結婚をしたいって知っていたんですか?」

「父の知り合いがこの会社で働いてるんじゃ。沢木さんがお金持ちと結婚したがっているというのは社内でも有名らしくての」

「あ、ははは……。そうなんだ。なんか恥ずかしいなぁ」


 気まずそうにサワキフクは頭を掻く。


「明日は土曜日で休みじゃろ? さっそく金持ちを紹介してやるのじゃ」

「えっ? お金持ちってどこの人なの?」

「それは明日になればわかる」

「そ、そうなの?」


 視線を送られた俺は、なにも言わずに頷いた。


「――福来ちゃんっ!」

「うん?」


 と、そのとき、会社の建物から出て来た男が声を上げてこちらへ向かってきた。


「あの男は……」


 確か昨日、喫茶店の外にいた男だな。


「あなた、なんなんですかっ?」


 男は俺に詰め寄ってそう声を荒げる。


「なんなんですかって……あなたは?」

「僕は福来ちゃん……沢木さんの同僚です。あなた昨日も沢木さんにつきまとっていましたよね。そういうのやめてくださいませんか? あんまりしつこいなら警察に……イタッ!」


 男の頭をサワキフクがひっぱたく。


「い、痛いよ福来ちゃん……」

「いきなり出てきて勝手なこと言わないで楽騎。あんたには関係無いの」


 ラッキ? これがこの男の名前か。

 ずいぶんと親しそうだが、友人かなにかだろうか。


「だってこの人、福来ちゃんにつきまとって……」

「つきまとってるのはあんたじゃん。幼稚園から今までずーっと私についてきてさ。会社まで同じところに入るなんてもうストーカーとかいう次元じゃないでしょ」

「ぼ、僕はその……福来ちゃんのことが……」

「好きなんでしょ。知ってる。けどあんた金持ちじゃないじゃん。だからダメ。あんたは私と結婚はできないの。高校のときに言ったじゃん。いいかげんに諦めて」

「ふ、福来ちゃん……うう」


 ラッキはしょんぼりと俯いて黙ってしまう。


「サワキフクの幼馴染か?」

「そうですけど、単なる腐れ縁ですよ。こいつ私のこと大好きで、子供のころからずっとついてきてるストーカー中のストーカーなんです」

「ふーん」


 幼馴染か。


 そういえばソシアは元気だろうか?

 あれからまだそんなに経ってないけど。


「明日の昼12時にお前の家へ迎えに行く。よいな?」

「あ、うん。じゃあ住所を教えとくね」


 住んでいる場所を聞き、サワキフクに別れを言って俺とツクナはこの場を離れる。

 それから道の端に止めたデュロリアンに乗ろうとしたとき、


「おい」

「うん?」


 声をかけられ振り返ると、


「お前は……おっ」


 胸倉を掴まれる。


「クジマアガル……だったか」


 昨日、サワキフクと共にいたクジマアガルという男が怒りの表情で俺の胸倉を掴んでいた。


「俺を知ってるのか? いや、そんなことはどうだっていい」


 クジマアガルは俺の顔をじっと見上げて睨んでくる。


「くっ……」


 乱暴に胸倉を離したクジマアガルは、身を翻して去って行く。


「なんだ一体?」


 俺は衣服を整えつつツクナを見下ろす。


「さあの。しかし、下手をすれば荒事になるかもしれんのう」

「そうなのか?」

「もしかすればの」

「ふーん」


 まああの男が襲い掛かってきたところで返り討ちにするだけだ。

 なんてことはないと、俺は気にもしなかった。

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