第10話 夜這い
部屋にはベッドと机がひとつずつ。あとは特になにも無い。簡素な部屋だ。
「とりあえずはベッドと机だけじゃ。必要なものがあれば足してやろう」
「あ、いや、今のところこれで十分だけど……どうやってこんなすぐに部屋を作ったんだ?」
「説明してもわからんじゃろ」
「ま、そうだな」
どう考えても理解できる現象ではない。
「反対側はツクナの寝室じゃからの。夜這いなどしてはいかんぞ」
「そ、そんなことするわけないだろ」
「ふむ。ま、ハバンは王子様じゃからの。そんな下品なことをするわけないかの」
「もちろんだ」
夜這いなんて品の無いことはしない。……しかしツクナを抱いて寝たら温かくて気持ち良さそうだなと少し思った。
……
「……ん」
ベッドに入って眠りだしてからどれくらいの時間が経ったのだろうか?
なんとなく尿意を催してきた俺は身体を起こす。
「トイレはあっちだったかな」
暗い部屋の中、やや寝惚けながらベッドから出て、寝る前に聞いたトイレの場所へ向かう。
……用を足し、トイレから出た俺は洗い場で手を洗って歩き出す。
「トイレで流れた水はどこへ行くんだろう……?」
そんなことを考えながら歩き、左の部屋に入ってベッドに潜り込む。
しかし柔らかくて温いベッドだ。自分の世界にあったベッドとはまるで違う。
1度、目が覚めてしまったあとでもすぐに眠気が……。
……うん?
ベッドの中にも柔らかくて温いなにかがある。
さっきはこんなのあっただろうか?
なんだかわからないけど、抱いてみると温かくて心地良い。
これはぐっすりと眠れそうだ……。
「……やっぱり夜這いに来たようじゃな」
「えっ?」
声が聞こえて目を開く。
暗いベッドの中で、温かい小さななにかが動いた。
「ツ、ツクナっ? なんで俺のベッドにっ?」
「ここはツクナの寝室じゃ」
身体を起こしたツクナがパンと手を叩く。と、部屋が一気に明るくなった。
「あ……」
起き上がった俺の目に映ったのは知らない光景。
つまり別の部屋であった。
「す、すまん。トイレに行って戻ってきたら間違えてたみたいだ」
「本当かのう?」
「本当だよ。俺は夜這いなんてしない」
弁解するも、ツクナは疑わしい目を俺に向けてくる。
「ツクナは天才科学者で絶世の美女じゃからのう。ハバンの理性を狂わしてしまったかもしれん」
「ぜ、絶世の美女……」
ツクナの顔をじっと見つめる。
確かに美しい。いや、まだかわいいというほうが的確か。
「なんじゃ?」
「い、いや、なんでもないよ」
「そうかの。まあよい。ハバンよ、お前はツクナの婿になれる素質を持った男じゃが、まだまだ足りないものが多い。それはなにかわかるかの?」
「な、なんだろう?」
「あれじゃ」
ツクナは天井を指差す。それにつられて上を見上げると、
「うおっ!?」
筋骨隆々の男が描かれた……絵だろうか? それが天井に貼られてあった。
「なんだあれは? やけにリアルな絵だな」
「ポスターじゃ。まあ写真じゃな。カメラという、目の前のある場面をそのまま記録して残す道具で作るものじゃ」
「す、すごいものがあるんだな」
「そんなことよりあのポスターの男を見よ」
「あ、うん」
大きなポスターをじっと見上げる。
すごい筋肉質の男だ。年齢は30代くらいか。髪は短髪で、服は緑と黒などが混じった奇妙なものを着ており、両手には見覚えのあるものを携えていた。
「あ、ガトリング砲」
やや大きいが、例のガトリング砲という強力な武器を男は持っていた。
「ああいう男がツクナの好きなタイプじゃ」
「筋肉質な男が好きなのか?」
「それはもっとも重要じゃが、年齢からくる渋さも重要じゃな」
「渋さ……」
「ツクナの男になりたければ、もっと筋肉をつけて渋くなることじゃ」
「き、筋肉を?」
確かに自分はポスターの男ほど筋肉は無いと思う。
「俺がああいう男になったらツクナは嬉しいのか?」
「うむ。嬉しいぞ」
「そうか」
ツクナが喜んでくれるなら、それは嬉しいことだ。
「なら、あのポスターの男みたいなってみるか」
「がんばるのじゃ」
「ああ」
微笑むツクナの髪をゆっくりと撫でる。
「じゃあ俺は自分の部屋に戻るから」
「待つのじゃ」
ベッドから出ようとする俺の手をツクナは掴む。
「今日だけは一緒に寝てやってもよい」
「えっ?」
「勘違いするでない。知らない場所に来て心細いじゃろうからな」
「いや、別に心細いなんてことは……」
「強がらんでもよい」
柔らかく頬を撫でられ、胸がドキリと弾む。
「ツクナが一緒に寝てやるからの」
「う、うん」
「うむ。ではもう寝るかの」
ツクナが手を2回叩くと、照明が消えて暗くなる。
「……すー」
「うん? なんだもう寝ちゃったのか」
横になってすぐにツクナは寝入ってしまう。
「寝顔は普通の子供だな」
まあ普通より綺麗な顔で、天使のようではあるけれど……。
寝ているツクナの腹になんとなく手を置く。
「かわいいな」
こうして触れていると胸が高鳴ってくる。
女性の身体に触れて気持ちが熱くなるのは初めてだ。城にいたころはソシアに抱きつかれたり、使用人の女性に触れたり触れられたりすることは何度かあったのに、こんな感覚になったことは無い。
「ずっとこうして触れていたい……」
眠る横顔を見ながら、俺はツクナの腹を撫で回す。
しかし考えてみればなぜこんな小さな子がひとりで行動しているんだろう? これくらいの子ならば、父親や母親と一緒にいるのが普通だろうに。
ツクナが普通の子供とは違うと言っても、両親はいるはずだ。兄弟だっているかもしれない。それなのに8歳の子がひとりってのは不思議だな。
……とはいえ、ツクナはすごくしっかりしていて、大人の庇護など必要ないと言えばその通りではあるんだけど。
ふたたび眠くなってきた俺の意識が遠くなる。
そういえば明日はなにか覚えてもらいたいことがあると言っていたか。
それを考えているうちに、いつの間にか眠りへと入っていた。
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