十一話「KING」


 菜那さんの計画はこうだった。

 三年一組、環のクラス前で、艮が通りがかる帷子に話しかける。

 その隣を歩く菜那さん。菜那さんに気付いた艮が帷子に関係性を問う。

 すると帷子は親しい関係であることをアピールし、艮がそれにキレる。

 二人を止める菜那さん、だけどヒートアップして軽く怪我しない程度に殴り合う。

 菜那さんがそれを見て逃げ、それを帷子と艮が追う形で解散…という流れらしい。


 うまく行くかどうかは分からないし、帷子と艮のこれからの学校生活の事を考えると妙に胸騒ぎがしてしまうけど、菜那さんのごり押しと艮の優しさ、帷子の「額塚の夢を叶えてあげたい」という謎のコメントに背を押され、決行することにした。


菜那さんは「全女性の夢だ」と言ってたけど、恋愛なんてものに興味を抱いたことの無い私としては、流石大人…という……感想しか…出てこなかったな。


「あれ、君そいつと知り合いなの?」

 お、始まった。

 柱の影に隠れ、ワキノブと二人で演技する三人を監視する。

演技を学んだ経験があると妙なことを言っていた帷子に、ただただ楽しそうだった菜那さん…そんな二人を見てただただ不安がっていた艮…。


 胸騒ぎがする。

 これが原因で何かダメなことが起こってしまうのかもしれない、と、胸騒ぎが。


「…不安?」

 そんな時、ワキノブが私の考えている事を察したのか、こんな言葉をかけてくれた。

「…うん」

 素直にそう答えると、ワキノブは、優しく私の背を撫でてくれた。


「姉様は、私が不安な時…抱き締めながら背中を撫でてくれた」

「……そうなんだ」

「…貴女を抱き締めるような奇っ怪な趣味はないし、抱き締めたくないから抱き締めないけど」

「一言余計だな」

「…友達が、不安なら、支えたい」

 ワキノブ…。


「…巻き込んでごめん」

 そう言いながらワキノブの顔を見ると、ワキノブは困ったように俯いてから、どこか照れ臭そうにこう答えた。

「友達でしょ、何かあったら二人で逃げましょ」

「…それもいいな」


 本当に、ワキノブが居て良かった。



「お前それどういう意味だよ!」

 おぉ、盛り上がってきた…。

「だから先に俺が言っただろ!その台詞は!」

「台詞泥棒か?台詞泥棒か?」

「台詞に所有権はあるか?無いよな?」

「所有権とかそういう問題か?じゃあ弁護士連れて来いよ」

「望むところだこの銀頭!」

「分かった分かった190!」

 …なんか、思ってたんと違うけど、回りに人は集まってるな。


「お前に菜那の何が分かんだよ!」

 艮がそう言いながら菜那さんの腕を掴むと、少し痛がる素振りを見せる菜那さん。それに帷子が怒って艮を殴るフリをする、という流れだよな…。

「え、菜那って誰…?」

「えっ」


 長い沈黙。


「…」

「…俺以外に」

「やめろ、それ以上言ったら違う意味になる」

「三角関係…」

「菜那、黙りなさい」

「だから菜那って誰だよ!俺以外に関心持つな!」

「だからそれ言ったらなんか意味が変わるんだって!ああもうこうなりゃ自棄だ!」

 変な方向に盛り上がってるし…うわ、艮優しいから殴るに殴れなくて困ってるし帷子も帷子で目ぇ瞑ってるから妙な感じになってる…そのせいでどっかで見たことある顔の奴が二人並んで嬉しそうに目ぇ見開いて見てやがる…。


「どういう感じ?面白くなってきた?」

 ワキノブと二人で「違う意味で噂になりそうだ」と話し合っていると、澁澤が現れた。

「教室の中で見てるんじゃなかったのか」とワキノブが尋ねると、澁澤は眉間に皺を寄せ、何故か照れながら

「こっちの方が良く見えそうだから…」と答えた。

「よく見たいの?」

 と尋ねると、三人に聞こえるかを気にしてか、少しだけ屈み、私達二人だけに聞こえる声でこう言った。


「最初は「共感性羞恥」だっけ?に襲われちゃうかなって思ったけど、今思えば俺とあの三人そんな親しくないし大丈夫だった」

「なんだそれ…」


 なんて話し合っていると、どんどん揉め事が違う意味で大きくなっていった。

 大きくなってしまった。


「俺と菜那どっちが大事なんだよ!」

「菜那に決まってんだろ!」

「やめて!私を取り…合ってるの…?」


 ……。

 なんだあれ。


 ワキノブと、澁澤と、私が柱の影に隠れ、三人の様子を見守る…というか、もうここに座ってポップコーンでも食べながら三人の事見てたいな、なんて思っていると、ふと、環が少し前に言っていた、首謀者候補の名前を思い出した。


 澁澤が、真剣に、どこか、愛おしそうに、憎しみを持って出した名前達を、思い出していく。



『一人一人言ってみるよ、まずは…花輪楓』


『うん、それと、佐江拓也』


『そして、沢田智明』


『松田龍馬』


『雅朱里』


『池崎彩』


『池崎明人』


『そして、一番大切な』







「…佐鳥、晶」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

"環" 正様 @htrbn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る