第九話「艮」


 菜那さんから「明日私の知り合いを紹介するよ」と言われた。

 私らってなんか、知り合いに会う時毎回「明日会わせるよ~」って引き延ばされがちだよな、なんて思っちゃったけど、ウキウキの菜那さんの手前言えるわけもなく「ありがとうございますー!」と言ってその日は解散し、次の日を迎えた。


「よく知ってそうな知り合いがいるんだよ!」

 独特な色の目を輝かせる菜那さん。

私が菜那さんに知り合いの名前を尋ねると、菜那さんはしばらく考えてから澁澤を指差した。


「え?まさかの澁澤さん…?」

「違うよワキノブ君!」

「わ、いつの間に、最悪」


 眉間に皺を寄せるワキノブと、ワキノブが可愛くて仕方ないのか嬉しそうに微笑む菜那さん。

 ワキノブはお姉さんが居るから年上の女の人の扱いが上手くて可愛がられやすいのかな、なんて思っていると、隣にいたレンガおっとりとした口調でこう尋ねた。


「額塚ちゃんは、その例の知り合いさんがたまきくんと同じ三年生だって言いたいの?」

 認める菜那さん。

「そだよ~」

「なんて名前の人?」

「んーとね、宮部さん!」


 宮部…?澁澤と同じ学年なら兄貴とも一緒だよな…でも聞いたことないぞ…?

「誰?」

 ワキノブも分かんないなら…ほんとに誰なんだ?

「誰…?」

「レン、お前は分かれよ」

「誰だ…?」

「てつも分かんねのかよ」

「宮部さん…可哀想に…俺も分からないけど…」

「まじかよ、なんか逆に気になって来たぞ…」





「宮部さん!久しぶりーー!!」

 三年のクラスに着いた途端、髪を後ろに纏めた地味な女子生徒に声をかける菜那さん。

 宮部さんは眉間に皺を寄せ、菜那さんの顔をじっと見つめてからこう言った。

「え…誰…?」


 おい宮部、お前も分かんねえのかよ。

「ふふ、かわいそう」

「おい澁澤、この人の事分かんなかったくせに一人前に笑ってんなよ」

「…はい」

「言っておきますけど額塚さんと貴方同類ですから」

「…はい」

「私が悪いやつみたいな言い方辞めていただけます~!?」


 私たちみんなの顔を見て困惑している宮部さんに謝罪してから、菜那さんの言う知り合いがどんな人なのかをもう一度尋ねると、菜那さんが突然大声でこんな言葉を口にした。


「あ!!思い出した!!確か名字めっちゃ変なんだった!!」

「失礼だよ額塚」

「すいませ~ん!!変な苗字の人居ませんか~~~!!!???」

「こら」

 な、何というか…本当…菜那さんと…帷子さんが友達で、良かった…。


 ワキノブと二人で顔を見合わせ、これから先の不安について話し合っていると、菜那さんの目の前に大男が立っていることに気付いた。


「俺よく苗字独特って言われるけど…」

 平均より高いはずの環でさえも越してる上に…ガタイまで良い、その上茶髪。

「俺に何か用事…?」

 いかつい見た目に反して言葉尻はとんでもなく優しいな…。


「なんて苗字ですか?」

 ずっとこの人を見上げていたワキノブが口を開いた。

 聞かれたこの人はズボンのポケットから学生証を取り出し、私達に見せてくれた。


「…う、うしとら…?きよし?」

「うん…艮清…」

「…わ、マジで独特、かっこいい」

「身長いくつですか…」

「きよっちゃんって呼んでいい?」

「確か…190?」

「でっか…」

「無視された…華菜ちゃん慰めて」

「よ、よしよし…?」


 その後、艮さんだけに名乗らせるのはおかしいという話になり、菜那さんから順に自己紹介をしていると、私が名乗った瞬間艮さんが目の色を変えた。


「沢田って…あの沢田…!?」


 またか、またあの蹴散らした事件を持ってこられるのか、と思った瞬間、艮さんが信じられない言葉を口にした。


「君智明君の妹さんだよね!俺智明君にマジで憧れててさ…!」


 へぇ。


「はは…なんか、こんな事言っちゃいけないんだろうけど…何というか、人を見る目ないっすね…」

「沢田さん」

「どうしたワキノブ」

「なんでそんなニヤケてるんです?」

「なんで?」

「お兄ちゃん褒められてうれしいの」

「黙れシスコン」

「黙れブラコン」


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