第八話「お姉さん」


「お兄さんが利用されてるってのはどういう意味なのかな?」

 中庭のベンチに腰掛け、私にそう尋ねてくる額塚。

 どこまで話していいものか、と悩んでいると、澁澤が私の代わりに答え始めた。


「華菜ちゃんのお兄さんが…二年に上がったタイミングで変な女と絡み始めたんだっけ?」

 一言一句間違えてない…わ、よく覚えてんな…と思いながら、澁澤の言葉にこう付け足した。


「その女と絡み始めてから兄貴…大怪我して、さ」

 それを聞き、少し身を乗り出すてつ。

「お兄さん怪我してたんですか…」

「うん、三月に怪我してた」

「三月?五月じゃなくて…三月っすか?」

「そう」


 少しの沈黙。それを破ったのは額塚だった。


「三月の…怪我人はお兄さんだけなの?」

「いいや、確か兄貴と幼馴染のウジ虫野郎も怪我してた」


 二度目の沈黙。今度は澁澤が沈黙を破った。

「松田君も怪我してたのか……」

 不安げに俯く澁澤へこう尋ねる帷子。

「貴方華菜ちゃんの言うウジ虫野郎と知り合いなんですか?」

 澁澤は顔を上げ、嬉しそうにこう答えた。

「まあ、すれ違ったらお互いの近況を報告するくらいだよ」

「そうなんだ…」

「……」

「…華菜ちゃん?」


 ウジ虫野郎と仲が良いこいつを、あの女が利用しない理由は何だろうか。

 澁澤があの時…答えるのを躊躇って適当に誤魔化した理由は?

 あの例の女と何かがあった?それとも、何か、女に…変なことをされたとか…?


「ねえねえ、華菜ちゃん的には、例の女は次に何をしてくると思う?」

 黙り込んでいる私を見かねてか、澁澤がこんな質問をしてきた。


「……多分だけど、あの女、私が、クラス票で人を蹴散らしたって広めたんだよ」

「えっ…」

 私の言葉に目を見開いて驚く額塚。


「まあ、こんなに広まったら今更巻き返せもしないだろうけど」

 私がそう呟くと、ワキノブが私を慰める為かこう言ってくれた。

「私が証人です、沢田さんは蹴散らしてなかった」

「ありがとう」

「暴言は吐いてたけど」

「それは言わなくていいだろ」

「いちいち喧嘩してないで早く続き話してくださいよ」


 てつの言う通りだな、こうやって喧嘩してっから前も日暮れまで雑談して

「一人で考えてないで共有してくださいよこの脳筋」

「脳筋っつったかお前面貸せ」

「だから!!!いちいち喧嘩すんなアホ二人!!!」

「ごめんてつ」



 しばらく悩んでから、私はゆっくりと口を開いた。

 兄貴の暴行事件、関わっている人達、そして、例の女の憶測や黒幕について。私が高校に来た理由や澁澤とワキノブに会ったきっかけ。それら全てを話し終わると、一番に口を開いたのは。


「お兄さんのために高校選んだの…?」

なぜか、半泣きの額塚だった。


「そ、そうだけど…」

「帷子君…この子めっちゃ良い子だよ……」

「確かに良い子だけど…まさか、協力するとか、言わないよね?」

「する……」

「言った」

「しまくる……」

「そこまできたか」


 まさか協力してくれるとは思わなかった。

 私の隣に座っているワキノブと二人で顔を見合わせ「思ったより簡単だった」と話していると、帷子が私の名前を呼び、こう尋ねてきた。


「華菜ちゃん的には、例の女をどうしたいの?ボコボコにしたい?」

「えっと……」

 私は、少しだけ悩んでから、こう答えた。

「ただ話を聞きたいんです、兄貴と仲良しだったらそんな、兄貴が悲しむような、荒い事はしたくないけど…その、なんというか…」

「必要ならそういう手段を使う可能性もあるってこと?」

 頷く私。帷子は嬉しそうに微笑んでからこう続けた。

「本当思ってたより良い子だね…信じるよ、君が蹴散らしてないって」

「またそれか」

「元々僕は協力するつもりだったよ、額塚は断る気みたいだったけど」

「過去の話じゃん、今はもう華菜ちゃんに夢中だよ!本当に良い子だね…本当良い子…お兄さん想いだね…」

 何度もそう繰り返しながら、いつの間にか私の隣に座り、私の髪を撫で回す額塚。


「……どうも…」


 なんだか、少し、照れ臭い。

 私がよく関わる年上は兄貴の友達の男性ばかりだったから、額塚のような年上の女性に可愛がられるのは、少し、むず痒いような、嬉しいような、そんな気分。


 兄貴の事は勿論尊敬しているけど、お姉さんという存在に多少なりとも憧れを持っていた私にとって、額塚という存在は、なんというか、理想的だった。


「下の名前は、何て言うんですか?」

 額塚へ思い切ってそう尋ねてみると、彼女は嬉しそうに目を見開いてから「なな」と名乗った。

 嬉しそうに微笑む額塚。


 彼女へまた名前について「どんな漢字ですか?」と尋ねると、頷いてから、自分の掌へ人差し指で漢字を書き始めた。

「菜っ葉の菜に、地名の那須の那……分かる?」

「分かります、あの難しいやつですよね」

「そうそう!……華菜ちゃんは?」

「中華の華に、菜っ葉の菜です」

「へえ……あ、じゃあ、私達の名前合わせたら華菜那になるね」

「えぇ……?」


 額塚菜那。頭の中でそう繰り返し、彼女の横顔を見つめてみる。

 すると、彼女の瞳が独特な色だということに気づいた。


「菜那さん」

「?なに?」

「…睫毛、長いですね」

「わー…ありがとう…華菜ちゃんも綺麗な睫毛だよ」


 何となく、いいかけて、やめた。


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