第三話「兄妹」



「ワキノブ今日何食う?」

「行ってから決める気でいました」

「私もそうしよ…」

 入学してから一週間。

 私以外に親しい人が出来ないワキノブと二人で学食に向かっていると、突然背後から話しかけられた。


「華菜ちゃんと忍君!二人でどこ行くの?」

 話しかけてきたのは澁澤環だった。

「学食だよ…いい加減私たちに付きまとうのやめてくれないか?さすがにしつこいぞ」

 そう、澁澤環はここ一週間私たちを見かける度、いや、見かけなくても、わざわざ探してまで声をかけてくるのだ。

 挙句の果てには「敬語で話すのをやめてくれたらやめる」と言ってくる始末。

「ごめんごめん、許して!」

 いや…やめてねえじゃん…。


「でも今回は華菜ちゃんの方が俺の方に来たね」

「は?」

「ここ三年のクラスだよ」

「えっ」

「学食は反対側」

「……」

「……」






「ここは唐揚げが美味しいらしいよ」

「私焼きそばにしました」

「あー…俺焼きそばにすればよかったかも…」

「何にしたの?」

「ラーメンだよ」

「せめてそこは唐揚げ頼めよ」


 澁澤環。

 しつこくてちょっと気持ち悪いのは事実だけど、話してて楽しいのも事実だ。

 それに、こいつといるとワキノブが楽しそうだし…今度から学食に行く時は誘ってみようかな。


 注文したハンバーグを席に運び、注文したご飯が出されるのを待ちながら会話している二人を見ていると、思い出した。

 澁澤環という名前に聞き覚えがあった事を。

 なぜ聞き覚えがあったのかを思い出そうと記憶を辿ると、やはり、最終的には兄貴の部屋に例の女とその他数人が集まっていた日に行き着く。

 あの日、兄貴と、私の母と、例の女三人で話していた日、澁澤という単語一つで三人が何故か団結していた時を、思い出す。


 もしかしたら、澁澤環はあの女の関係者かもしれない。


「……」

 少し嫌な予感がした。

 だけどこのまま無視し続けて大切なことを見失うわけにはいかない。


「澁澤、あのさ、聞きたいことあるんだけど」

 私の向かいに座る澁澤にそう言ってみると、嬉しそうに頷き

「うん、何?何でも聞いて」

 と笑顔で答えた。


 何を、言おうか?何を言えばこいつは動揺する。

 もし女の仲間だとしたら、こいつは、何を言われたら…動揺して、情報を漏らす?

 女の名前を出すか?それとも、三月頃、兄貴がボロボロになって帰ってきた日の事を言ってみるか…?


「…沢田さん?」

 しばらく悩んでいると、心配したのかワキノブが私の名前を呼んだ。

 このまま黙るわけにはいかないか…よし、こうなったらぶっつけ本番だ。


「あー…その…あ!この高校で、なんか、暴力事件?っていうか、でかい揉め事みたいなの起きたことない?時期で言うと…例えば去年とか、今年の頭、とか…」

 私の言葉に目を見開く澁澤。

 まさか…心当たりがあるのか…?


「あ、あったんですか?この高校で?」

 驚きで少し立ち上がるワキノブ。

 澁澤はしばらく悩んでからクスクスと笑い出した。


「あったよ、あった!でもそんな…華菜ちゃんが望むような大きな騒ぎではないから…ほら、忍君は知らなかったでしょ?それが一番の証拠だよ」


 笑顔でそう言ってからラーメンを啜る澁澤。

 大きな騒ぎじゃない…?暴力事件だろ?なのになんで大きく騒がれないんだ?


「暴力事件の原因とか分かる?」

 お冷やを飲む澁澤にそう尋ねると、二度頷いてから、小さい声でこう答えた。


「女の子の事で揉めたらしいよ」

 ざわりと立つ鳥肌。

 揉めた原因の女が、あいつの事だったらどうしよう。


「揉めた人の名前は分かる?」

 そう尋ねると、しばらく考えてから澁澤は首を横に振った。

「…知らない」

「……そう、か」


 さすがにそこまでは知らないか、と肩を落とし、ハンバーグを箸で切り分けて口に運ぶと、澁澤が少し怯えたような声でこう尋ねてきた。


「華菜ちゃん、何で…暴力事件の事、知りたいの?」

「…何で、か」

 しばらく悩んでから、決意し、私はこう答えた。


「……兄貴を、痛め付けた…女を、知りたいから」

「!」

 澁澤は、私の言葉を聞きまた目を見開いた。

「……君の言う、女は、どんな人?」

 悩んだ。

 私達二人の顔を交互に見ているワキノブに、賑やかな食堂。


「…暴力事件の事について、正直に答えてくれたら、言う」

 澁澤は、私と同じように悩んだ。

 そして、決意したように一度大きく頷いてから、こう答えてくれた。



「暴力事件はあったよ、でも騒ぎにはならなかった、怖いくらいね」

「……えっ」

 声を上げるワキノブ。

「雅朱里さんを取り合って、君の兄、沢田智明さんと、去年、雅さんと同じクラスだった佐江拓也君が殴り合いの喧嘩をしたんだよ」

 雅朱里は聞き覚えがある。兄の彼女の名前だ。

 毎日惚気やがるから正直鬱陶しいなって思ってたけど…暴力事件を起こす程の…女なのか。

でも佐江拓也は…初めて聞く名前だ。


「それ、何月頃?」

「去年の5月頭…いや、中盤だったかな」

 兄貴がミイラみたいになって帰ってきた日ではないか…そうか、予想が外れた。


「なんでそれはあんまり騒ぎにならなかったんですか?」

「この高校っていわゆる進学校じゃん?だから…あんまり騒ぎになって評判が落ちるとダメだって判断したのか、あんまりあれについては騒がないようにと担任の先生が一人一人に注意したんだよ……それに」

「それに?」

「暴力事件の原因の朱里さんと、智明さんと、拓也君…今は普通に仲良しだから」

「は?な、なんで…?」

「分からないんだ…そのせいでみんな不気味に思ってさ、尚更その話題を出さないようになったんだよ」


 話を聞きながら考えを整理した。

 兄貴が不登校になった日は、確か去年だった。

 その、登校拒否していた兄貴を心配してか、例の女と、兄貴の彼女と、兄貴の幼馴染のウジ虫野郎が来たんだった。


 四人が話していた内容は…リンチ、噂を広める、そして…影響力。

 分からない。微塵も、ピンと来ない。


「なんで沢田さんに暴力事件の事を言わなかったんですか?」

「お兄さんを嫌ってほしくなかったから」


 優しい声の澁澤。

 私はしばらく悩んでから、口を開いた。

「暴力事件を起こした、首謀者は誰だと思う?」


「は?いや、さっき雅朱里って人が原因だって言ってたじゃないですか」

 箸で私を差すワキノブ。

「だっておかしい部分が多すぎるんだよ!揉めた原因の雅朱里と兄貴は今付き合ってるし、その上佐江拓也とこの二人!今仲良しなんだろ?」

「そうだよ、前一緒にご飯食べてたの見た」

「だから!みんなが不気味に思ってあんまり話題に出さない上に、この高校が進学校だからあまり大きな騒ぎにならなかった…って、ちょっとまとまり過ぎてないか?」

「……」

「…澁澤さん?」

「…もし、この暴力事件を、起こした存在がいたら…」


 私がそう言った途端、澁澤が…。


「あははは…あー、あー!そう来たか!そういう…そういう考えになるのか!」

 嬉しそうに、笑い出した。


「……へ?」

「いや、俺もずっと思ってたんだよ!綺麗すぎるし、俺が話を聞こうにもはぐらかされるしで何なんだろ!って!」

 嬉しそうに笑いながらラーメンを箸でかき混ぜる澁澤。

「じゃあ、澁澤さんも、沢田さんと同じく、首謀者が別に居て、その人が…何か、大切なことを隠してるとか、そういう考えなんですか?」

 ワキノブがそう尋ねると、澁澤は何度も頷いた。


「そう思ってるよ、それに、俺は首謀者の目処がついてる」

 首謀者の目処がついてる…!?

「誰ですか…?」

 身を乗り出すワキノブ。

 私も同じく身を乗り出し、澁澤の話を聞くことにした。


「一人一人言ってみるよ、まずは…花輪楓」

「私の姉様…!?」

「うん、それと、佐江拓也」

「兄貴と喧嘩した奴か…」

「そして、沢田智明」

「……兄貴」

「松田龍馬」

「ウジ虫野郎だ」

「ウジ虫なんですか?」

「うん」

「松田君がウジ虫……ゴホン、で…雅朱里」

「お兄さんの彼女さんですよね」

「そして…池崎彩」

「兄貴の友達だ」

「池崎明人」

「こいつも兄貴の知り合い」

「その人私の姉様の親友です」

「そして、一番大切な」



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