第二話「澁澤環」



「あの時の姉様が本当に綺麗で…」

「へえ…そんなに綺麗なんだ」

「はい!でも姉様は世界一可愛いのは私だと思ってるんです!」


 ホームルームが終わり、何もすることが無かった私達二人は、お互いの兄弟の話や、この高校に来た理由を話ながら校内を探索する事にした。

 こいつは姉貴の事が本当に大好きなんだな、こんなに愛されるなんてどんな人なんだろうか、きっと優しい人なんだろうな、と思いながら歩いていると、ふと、三年のクラスが目に入った。


「ちょうど良い、お前の大好きな姉様に会わせてよ」

 そう私が言うと、花脇忍はどこか嬉しそうに笑ってから承諾した。

「姉様、私に知り合いが出来たって報告したら喜んでくれるかな」

「喜んでくれるよ、多分、知らんけど」

「…あなた本当…なんというか…適当ですよね」


 恐らくずっと眉間に皺を寄せている花脇…しの……。

 花脇…忍…か。

「なあ、これからさ、お前の事なんて呼べば良い?」

「はあ?突然?」

 名前で呼ぶのも名字で呼ぶのもフルネームで呼ぶのも違う気がするから、と付け足すと、花脇忍は首を傾げてから「あなたの好きに呼べば良いですよ」と言った。


「じゃあ…花脇忍、だから」

「はい」

「花…しの…」

「…花?かわいいな」

「しのの…」

「しののん?それもかわいい」

「ワキノブ」

「なんでそうなった」

「ワキノブな」

「なんでそうなった」

「ワキノブ」

「だからなんでそうなったって聞いてんでしょうが」


 三年のクラスの前でそうやって言い争っていると、突然、背が高く、スラッとした好青年が話しかけてきた。

 黒髪で…いわゆるマッシュヘアー。

カッターシャツの第一ボタンのみを外している。

 端正な顔つきで、表情は柔らかく、優しい人なんだろうなというのが一目でわかるようなルックスをしていた。


「君達どうしたの?新入生だよね…迷ったの?」


 首を傾げ、まるで自らの弟や妹を見るような目で見つめてくる彼。

「新入生です、校内のおさんぽしてます」

 うわ。ワキノブ年上に媚売ってやがる。

 青年は、ワキノブを可愛らしいと思ったのか、嬉しそうに微笑んでから私の方を見た。


「ふふ、そっか…君は付き添い?」

「そんな感じです、あの…花脇さんって居ます?こいつのお姉さんで…」

 そう青年に尋ねると、彼は頷き、クラスの隅で本を呼んでいる眼帯をつけた少女を指差した。

「あそこにいるのが花脇さんだよ、でも今は本読んでるから邪魔しない方がいいんじゃないかな」


 そうか、じゃあまた今度だな…と思いながら青年にお礼を言って帰ろうとすると、青年が私を呼び止めた。


「ねえ君…まさかクラス票で…名前を見るために自分より前に居る人を蹴散らしたって噂になってる沢田華菜さん?」

「……は?」

「ふふ…人を蹴散らした…」


 私が人を蹴散らした?そんな事してないしするわけ無いだろ。

「蹴散らした…ふふふ…」

「笑うなワキノブ」

 まあ確かに「邪魔だ」とか「アホ」とかそういう小さい暴言は吐いた記憶あるし、それに何故かキレて動かないやつを叱りつけたりはしたけど。

「あは…蹴散らした…」

「しつこいぞワキノブ」

 誰だ?そんなこと言うやつ…趣味が悪

「……まさか」

「?」


 頭に過ったのは兄貴の顔だった。

 兄貴が、変な女と、その他数人を含めた4人と自分の部屋で話していた日の事を思い出した。

 4人の会話に、噂を広める、影響力、そして…リンチという単語が複数回登場していたことも、思い出した。


 まさか、あの女が、私の事を認識したのか?私が来たことを察して、私が…なにか、困った目に遭うよう…仕向けようと、しているのか。

「…っ」

 ざわりと立つ鳥肌に、どこかからか感じる視線。

 まさか今も、あの女は私を監視しているのか?


「君は花脇さんの弟さん?」

「はい、忍です」

「かっこいい名前だね」

「ありがとうございます…」


 青年と楽しそうに会話しているワキノブ。

 もしこの二人が…巻き込まれたら…。


 震える手をぐっと固く握り、口の中にたまった唾を飲み込んでから、首を傾げている青年にこう尋ねた。


「あの、三年生ですよね?名前、なんて言うんですか?」

「三年だよ、名前は澁澤環……君は?沢田華菜ちゃんだよね」

「澁澤…はい、沢田です、沢田華菜」

「沢田、華菜…良い名前だね、綺麗で…」


 私と澁澤環さんが話していると、それを見ていたワキノブが口を開いた。


「…澁澤…環?」

「…うん、そうだよ?それが俺の名前」


 青年の名を口にしてから、ぐっと黙り込むワキノブ。

 青年の名前に何か心当たりがあるのか、と思い、ワキノブの顔を覗き込むと、ワキノブは顔を上げ。小さい声でこう呟いた。


「…蹴散らした……」

「あーーーーーーー!!!しっっっつこいなお前マジで!!!!」

「だって面白かったんですもん…蹴散らした…ふふふ…」

「ワキノブ君ツボ浅いね…」

「ワキノブって呼ばないでください」

「いいあだ名なのに…」



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