"環"
正様
一章
第一話「沢田華菜」
2019年4月。
取り残された町と言われているこの町の中心部、から、少し逸れた場所にある高校。
自称進学校で、試験は難しいくせに、校則が緩く、入るとバカになると言われているこの高校。
成績を上げ、勉強をして、なんとか入学できたこの高校に通うのは、私。沢田華菜。15歳。
両親と兄と私の四人家族で、まるでどこかの姫かと疑いたくなるほど、過保護に、甘やかされ育てられた。
この高校に通った理由は只一つ。
制服が可愛いから?違う。校則が緩いから?違う。
通おうと決めた理由は、私の兄貴にあった。
兄貴である智明は、高二に上がった途端、見覚えの無い妙な女と絡み始めた。
名前は覚えていないけど、そいつと接し始めてから兄貴の様子がどんどんおかしくなっていったのだ。
私はこう直感した。「兄貴はあの女に誑かされているんだ」と。
しかし単なる憶測にしか過ぎなかった。
だけど、今年の三月頃、兄貴がミイラ男のような姿で帰って来た時、こう思った。
兄貴と、あの妙な女が通う高校自体に何かがあるんじゃないか、と。
私は決意し、慣れない勉強や色んな手を使って入学した。
この高校に通い、裏で牛耳り、兄貴が変化した原因を探るため。
歯を折ったせいでしばらく叫びながら飯を食っていた兄貴の仇を取るために。
バカだと思ってくれて構わない。
これは単なる、私の、私個人の記録でしかないのだから。
私の人生は、私の、私のためだけの人生なのだから。
私が私であるための決意で、意思で、決断なのだから。
入学式が終わり、クラス票を見に行く。
人がごった返しており、背の低い私ではいくら背伸びをしても何も見えない。
困惑した私が必死で背伸びをすると、ふと、私の隣で同じように背伸びをしている少年が目に入った。
彼は、舌打ちをしながら何度も何度も背伸びをし、必死で首を伸ばしている。
「新入生?」
私がそう声をかけると、彼は私の方を向き、恐る恐る頷いた。
「この学校の奴らは譲り合いの精神がないのか」
「ぐふっ……」
長く厚い前髪に度のきつい眼鏡。噛み癖があるのか血が滲んでいる指先に、妙に赤い唇。
眼鏡の奥に見える目は小指の爪程で、背は女である私と変わらない。
そんな軟弱そうな見た目の彼が発したとは思えないほど毒が含まれた言葉に吹き出してしまう私。前髪のせいでよく分からないが、恐らく私を睨んでいる様子の彼。
「ちょっと待ってな、私が何とかしてきてやるよ」
「なんとかってなに…」
「名前見てきてやるよ、お前の名前は?」
不服そうに唇を尖らせている彼にそう尋ねると、彼は首を傾げてから、はっきりした発音でこう答えてくれた。
「ハナワキシノブ、お花の花に、脇腹の脇、忍者の忍」
「花脇忍な、分かった、行ってくる」
彼に背を向け、目の前に立つ人間の間に割り込もうとした時、私を遮る声がした。
「待って、あなたの名前は何ですか、私だけ教えるなんて不公平でしょう」
その声の正体は言わずもがな分かっているだろうが、花脇忍だった。
「沢田華菜!簡単な方の沢田に、中華の華と菜っ葉の菜」
納得した私が、彼に自分の名前を教えると、彼は私の名前を繰り返し言った。
「沢田華菜…覚えておく、同じクラスだったら良いですね」
「華菜ちゃんさっきは私の名前見てくれてありがとう!」
「僕のも見てくれてありがとう…」
「いいんだよ、ついでだったし」
「何かあったら言ってね!なんでも手伝うから!」
「分かった」
母親の教えの通り、人に親切をすれば自分に返ってくる。
この言葉は正しいんだな。もし私に子供ができたら、私も母親と同じように自分の子供に教えてあげよう。
「……」
にしても…あいつが気になる。
始業式が終わり、同じ中学出身の奴だったり、身に付けている物だったりファイルだったりで趣味が合うと判断したのか、警戒しながらも仲良く話している人達に紛れ、ど真ん中の席で孤立している様子の、クラスの所で会った男、花脇忍。
花脇忍は席に座ったまま、自分の席の回りで好き勝手に話している集団が嫌で怖いのか、右手で唇と指の皮を剥いていた。
「……」
いても立ってもいられなくなった。
思い切って立ち上がり、クラス票の時のように人を掻き分け、花脇忍の机に腰かける。
「…なんです?」
顔を上げ、恐らく眉間に皺を寄せる花脇忍。
「…一人?」
花脇忍に顔を近付け、小さな声でそう尋ねると、花脇は回りを見てから一度小さく頷いた。
「仮眠取ろうとしたのに五月蝿くて無理」
「マジか…邪魔してごめんな」
「いえ良いんです…知り合い居なくて寂しかったからちょうどいい」
「そっか…知り合いいないの?どこの中学?」
「西区」
「ここも西区じゃん、西区のどこ?」
「ペットショッ……あの」
答えている途中で花脇忍は私の顔を見上げ、首を傾げた。
「何?」
「なんでそんなに関心を?私の美貌のせいですか?」
「は?何言ってんの?お前の美貌が何?」
花脇忍は、困惑している私に気付かず言葉を続ける。
「前髪と眼鏡では隠せないのか…姉様に怒られる…」
「いや意味分かんねえよ…お前の顔は全然見えてないから安心しろ」
そう言うと、花脇忍は満足したように頷き「よかった」と小さな声で呟いた。
「てかお前お姉ちゃんいるの?」
「います、三年に」
「マジ?私の兄貴も三年」
「へえ」
お互いの兄貴とか姉貴が仲良かったらなんかウケるな、なんて話していると、花脇忍が突然時計を指差した。
「もうすぐホームルーム始まるだろうから…席に戻ったらどうです?お友達が待ってますよ」
「うん、でもこっちの友達も大切」
「は?」
「私とお前も友達だろ?」
「は?」
「認めろ」
「は?」
「認めろ」
「は?」
「認めろ」
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