◆4◆ 桜野さんってどんな子?

「あ、あの、桜野さん」

「ん? なあに、数原さん?」

「えーと、…………なんで隣に座ってるの?」

 三十分間計り終えて、今先生の採点待ち中。

 パチパチパチとそろばんを弾く音が鳴り響く中、あたしは声をひそめて桜野さんに耳打ちする。

 そうなんだ。あたしが一級のプリントをやっているときに、隣の席に誰かが座った。あたしは計ってたからよそ見できなかったんだけど、それが、桜野さんだったみたい。

 と、彼女はコテンと首を傾げた。

「ダメだった?」

 あたしを見上げる、上目遣いの瞳。

 うっ、可愛いなっ。女のあたしでも惚れちゃいそうだよ。

「ダ、ダメじゃないけど……」

「なら良かった」

 嬉しそうな笑みを浮かべる桜野さん。

 あたしは彼女をライバル視してるから勝手に警戒してたけど、普通にいい子そう……?

 あたしだけがピリピリしてたのかな。

「もえ、今日転校してきたばっかでしょ? まだ友達できてなくって。だから、数原さんとこうやってお話できて嬉しい」

 そっか……。

 彼女は群馬から東京に来たばっかりで、ずっと不安だったはずだ。

 なのにあたしがぎこちない態度取ってちゃダメだよね。余計に桜野さんを不安にさせちゃう。

「数原さん?」

 桜野さんにひょいっと顔を覗き込まれた。

「あ、えっと。……桜野さん、男子に囲まれてて大変だったよね」

 慌てて話を振ると、彼女はうんうんと頷いた。

「そうなんだよね。だから女子に話しかけに行けなくて、困っちゃった」

「桜野さん、可愛いもんね。あたし男子の気持ち分かるなぁ」

「やだ、そんなことないよ。数原さんだって可愛いじゃない」

 いやいや、何を言ってる。美少女があたしなんかを可愛いなんて、そんなこと思うはずがない。お世辞だよね?

「あたしなんか全然。元気だけが取り柄だから」

「確かに、数原さん元気だよね。もえ、そういう人憧れちゃうなぁ」

 ふふっと微笑む桜野さん。

 あたしはそれを見て、考え直した。

 ……もしかしてさっきのは、お世辞じゃなくて、本心? すごく優しい子なのかもしれない。

 あたしはまだ『桜野もえ』のほんの一部しか見てないけど、今のところはそんな気がする。

 とりあえず今は、彼女に友達を作ってもらいたい。えっと、どうしようかな……。

 あたしは必死に考えを巡らせる。何かいい方法ないかな……。

 ——と、パッとひらめいた。

 そうだ!

「桜野さん! 明日、あたしの幼馴染を紹介するよっ」

 いきなり立ち上がって大声で言ったあたしに、彼女はぽかんとした。

「……えっと。それって、数原さんの隣の席の彼?」

 あたしは頷いてみせたけど、目を見開く彼女に、今更ながら気がついた。

「あっ、ご、ごめんっ。男子じゃハードル高いよね。やっぱり女子の友達を——、」

「大丈夫。数原さんがせっかく言ってくれたんだもん。紹介してくれたら嬉しいな」

 ニコッと笑う桜野さん。

「さ、桜野さん……!」

「それでその後、女子のお友達も紹介してほしいんだけど、いいかな?」

「うん、もちろんっ」

 ふふっと二人で笑い合う。

 ……なんだ。話してみたら、すっごくいい子じゃん。ライバルだからどう接すればいいかなって思ってたけど、そんなの余計な悩みだった。

 あたしはほ〜っと肩の力を抜いた。

「数原さん、あのね。数原さんは友達を紹介するって言ってくれたけど、もえにはもう友達がいるよ。……そうだよね? 

「えっ。あたし……!?」

「うん。あたしだよ」

 桜野さんはクスクス笑う。

 ぶわわわっと嬉しさが込み上げてくる。胸が熱い。

「うん。うんっ。あたしたち、もう友達だよね……!!」

「良かった。違うって言われたらどうしようかと思った」

 桜野さんは心底ホッとしたように言った。

 そんな彼女に、あたしはドンッと胸を叩いてみせる。

「桜野さん、任せて! 学校案内とかは、あたしが——、」

「珠優、採点終わったぞー。それと静かにっ!」

 先生の怒声が飛んできて、あたしはビクッと肩をすくめる。

 そして、桜野さんとクスクスと笑い合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る