第21話 まれびとの苦悩
サカキの「ジッケンシツ」と呼ばれる小屋。
そこは、ニホンの道具や機械をこちらの世界で再現するための場所だった。
とはいえ、大した工具も材料もないこちらのこと、自作するにも限界がある、とサカキは語った。
「私が作ったうちで、実際に役に立っているのは、ライターぐらいなものだな」
「サカキ様の作られた着火器は、魔法のように簡単に火を生み出すんだよ」
ミズキが言い添える。
私はただただ、ぽかんとするばかり。
一方のサカキは、なにやら楽しそうに、彼の作った様々な試作品を、私に説明していった。
多少なりと「ニホン」のことを知っていて、その意味を理解できる存在が現れたことが嬉しいようだ、とその様子を見て察した。
私にも、あちらの世界の記憶があるけれど、向こうの物をこちらでも作れるなんて、考えもしなかったな……。
ひと通りの説明を受けた後に、なんとか話の切れ目を見つけて、私は彼に聞きたかったことを口にした。
「あの、あなたはどうして、私をここに呼んだのですか」
ミズキは、サカキの要望に従って、私をここに連れてきた、と言っていた。
それならば、サカキが私を呼んだ理由はなんだったのか。それが昨夜からずっと、気になっていたことだった。
しかし、それを共通語で聞いたせいで、サカキが眉をひそめた。
「ニホン語がわかるのだろう。なぜニホン語を話さない?」
私は口ごもって、助けを求めるようにミズキを見た。
「テアは、ワ語は話せないそうです。聞いて理解はできるようなのですが」
ミズキが慌てて、そう説明する。
「聞いてわかるならば、話せるだろう」
私が頭を振ると、先ほどまで楽しそうだったサカキの顔が、みるみる曇っていく。
「やはり、私とは違うのだな」
「テアは、なぜサカキ様が彼女とお会いになられたかったのか、聞いています」
ミズキが助け舟を出して、私の質問をワ語に通訳してくれる。
サカキは目を細めて、私の顔を見た。
それからミズキに目を移し、「この女とふたりにしてくれ」と言った。
サカキの指示を聞いて、ミズキは心配げに私を見たが、うなずいて小屋を出ていった。
「大した理由はない。新たなまれびとが現れたと聞いたから、なんとしても会いたいと思った。それだけだよ」
サカキは腕組みして、ふんと鼻を鳴らした。
「それだけ……?」
私はサカキの無精ひげの生えた顔を見返す。
その傲慢ともいえる言いぶりに、私は戸惑った。
「まあ、もしかして、あちらに戻る方法がわかるかもしれないと思った、というのもあるがな。それに、単純に同郷の人間と話したかった」
サカキはジッケンシツの中を見回して、手でさし示した。
「神の使いと崇められ、こういったおもちゃを作って暮らすのも、悪くはない。この集落の人間も、私を丁重に扱ってくれるしな。だが、対等に話せる相手はいない。こちらにきて二年になるが、私はいつまでたっても『まれびと』だ」
サカキは私の方を振り返って、目を細めた。
「だから、同じ立場の人間がいると知って、私は舞い上がったよ。やっと、理解者が現れた、とな。それで、ミズキに『今すぐ連れてこい』と言ったのだ。彼は忠実にそれを実行した。何しろ、私の言葉は、『神の言葉』だからな」
サカキは乾いた笑い声を立てた。
彼の話を聞きながら、私は憐みに近い感情を覚えた。
何の因果か、あちらからこちらの世界にやってきて、帰る方法もわからず。
偉そうな話し方をしているが、彼の奥底には、深い寂しさや孤独があるのだなと、感じられた。
私は彼にかける言葉を探した。
長らく口にしていないニホン語の音を、記憶の中に探す。
聞いてわかるのだから。話せないはずは、ないよね。
「あなたは……さみしかった、のですね」
私はたどたどしい話し方で、そう言った。
サカキが軽く目を見開いた。
「寂しい……?」
「そして、怒りがある。この今に」
サカキは目をそらして、鼻で笑った。
「ニホン語を、話せるのではないか……」
「なんとか、思い出しています」
話すうちに、少しずつ言葉が出てくる。
さび付いてしまった古い記憶の引き出しを、なんとか探しあて、開いていくような感覚。
サカキは目の前で不安定に光る電球を見下ろし、苦笑した。
「そうだな。寂しい。その通りだ。気づけば異世界に飛ばされて、この理不尽な状況に、昔は怒りもしたよ。——だが、怒っても状況は変わらない。だから、諦めて、私は『まれびと』として、『神の使い』として生きることを、受け入れざるを得なかった」
半白になった彼の髪もまた、その苦悩と孤独を、反映しているのかもしれない。
「今日は、家に帰ります。でも、また来ます。話なら、いくらでも聞きますので」
私は彼に、そう言った。
「ニホンで私は、話を聞く仕事を、していたので」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます