第20話 異界の技術
なにはともあれ、まずは朝食をいただくことになった。
その後、街まで送ってくれるという。
あっけなく帰れることになって、私はほっとするとともに、拍子抜けしていた。
ミズキと父親のナギさんとともに、言葉少なに囲炉裏を囲んで座った。
朝食は、炊いた白米と野菜の漬物、それに豆で作ったという茶色いペーストだった。
私はその甘じょっぱい豆ペーストを口に含んだとき、とても懐かしい気持ちになった。
初めて食べるはずなのに、間違いなく知っている味。
……そうだ。確か、前世でこんな味のものを、よく食べていた気がする。
「ねえ、この茶色いものはなんていうの?」
「俺たちは、ミソ、と呼んでいる」
ミズキが説明してくれる。
「ミソ……」
その言葉の響きで、ふいに記憶が脳裏によみがえってきた。
味噌をおたまですくって、鍋の中に溶かしている光景。
そう、あれは味噌汁というんだっけ。
白い豆腐やネギが入っていたな。
そうだ、昔の私は、茄子の入った味噌汁が好きだった……。
「あっちの世界にも、お味噌があったよ」
私がぽつりとつぶやくと、ミズキとナギさんが驚いたように私の顔を見た。
「あっち、というのは——異界のことか」
「ええ」
「……サカキ様も、同じことを言っておられた」
ミズキが味噌を見下ろして、そうつぶやく。
「そうでしょうね。彼もニホンから来たなら、これを懐かしく思うはずよ」
「……話が見えんが、お嬢さんはやっぱり、まれびとなのか?」
これまでの話を知らないナギさんは、困惑したように私とミズキを見比べている。ミズキが私の代わりに説明した。
「前世で、異界にいたらしいんだ」
「なんと」
ナギさんは驚いた顔をした。
「だから、ミズキも完全に間違えたわけではないんです」
私が弁護するのも変かと思ったが、それでも事実を伝える。
そして、茶碗を膝の上に降ろして、私はひとつ、お願いごとを口にした。
「街へ送ってもらう前に、もう一度、あのサカキという人に、会わせてもらえませんか」
「お嬢さん、いいのかね」
ナギさんが心配げに確認してきたが、私はうなずいた。
「私も、自分の記憶に中にある世界のことを、もっと知りたいんです」
食事が終わった後、ミズキは「サカキ様のご都合を伺ってくる」と出ていった。
ナギさんの方は、これから薬草採りに行くらしい。
熊とやりあったときに、怪我をしたと聞いていたが、確かによく見ると、歩くときにかすかに足を引きずっているようだった。
ミズキはすぐに戻ってきた。
「サカキ様は『ジッケンシツ』におられる」
「ジッケンシツ?」
「サカキ様が、不思議なモノを生み出されている場所だよ」
ミズキについていくと、集落を横切って外れの方に、石造りの建物が見えてきた。
他の家が木造で屋根が茅葺なのと比べると、異質な雰囲気を放っている。
「ここだ」
中に入って、私は驚いた。
そこには、様々な道具や装置に、細々とした石やら金属などの材料が混然と置かれていた。
そして、ひとつの装置の前で、半白の髪を後ろでひとつに結んだサカキが、腕組みをして立っていた。
彼の前には、背丈くらいの装置があって、その前には、光を放つモノがあった。
「あれは……」
「サカキ様は、不思議な力を持っておられる。夜光石も使わずに、竹炭を光らせることができるのだ——まれびとが、特別な存在である証拠だと、俺たちは考えている」
ミズキはそう言ったが、私はそれに対して返事ができなかった。
サカキの前にある「光るモノ」の存在が、記憶の世界と強くつながって、めまいがしそうだった。
サカキが振り返って、私たちを見た。
「君なら、これの意味が、わかるだろうな」
サカキは静かな声でそう言った。
私は記憶の中を探った。前世の世界では、どこにでもある、ありふれたものだったはず。
「……電気」
前世の街が、夜でも煌々と明るかったことは、よく覚えていた。
街の通りも、部屋の中でも、いたるところに「電気」が通っていた。
「そうだ。あちらの記憶がある、というのは本当なんだな」
サカキはうなずいて、手振りで電気を生み出す装置を示した。
「これは、タービンだ。日本では幸い、機械を扱っていたのでな。知識を総動員して、自作してみたのだ」
「そんなことが、できるんですね……」
私はぽかんとして、自作したという装置を見上げた。
「私は、こちらに来て、『まれびと』と呼ばれ、『神の使い』などと崇められている。それなら、せめてそれらしい技術を示さないと、立場がないからな」
サカキは自嘲するように笑った。
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