第6話 異民族の少年

 言い争うような声が、大きくなってくる。

 

 人影は、中心にいる三人と、少し離れて見ている野次馬らしい人が何人か。

 そしてやっぱり、うちの真ん前でもめている。

「喧嘩するなら、よそでやってよね……」

 私はうんざりしながら、そちらに近づいていった。

 

 どうやら、一人の少年に対して、二人の男が何やら言っているみたいだ。

 男たちの姿が見分けられる距離まで来たとき、少年の姿格好から、私は彼が「山の人」と呼ばれる異民族であることに気づいた。 

 日焼けした浅黒い肌に、彫りの深い顔立ち。黒い上着の袖や襟には、独特の赤い刺繍模様が入っている。

 対して、威圧するように腕組みして、強い語調で少年を責めているのは、明らかにガラの悪そうな男たち。


「お前、ぶつかっておきながら、わびも言えねえのか?」

「服が汚れたじゃねえかよ」

「……」

 何を言われても、少年は黙ったままだ。

 どう見ても、男たちがいちゃもんをつけているだけよね。

 少年が「山の人」だから、狙いうちされているのかもしれない。


「もしかして、共通語も話せねえのか?」

 男のひとりが少年の肩をつかみ、詰め寄る。

「……話す価値もないだろ」

 ぼそりと少年が言った。そして、冷めた目で男たちを見上げる。


 あああ、そんな火に油なことを!

 私はハラハラして、巻き込まれないようにしながら、三人の様子を見守る。

 案の定、男が「は?」と眉をひそめ、いきなり少年を突き飛ばしたから、細身な彼は背中からうちの店の柱にぶつかった。


「だ、大丈夫!?」

 さすがに見ていられなくなって、私は少年に駆け寄った。

 うちの店を壊されても困るし!

「女、邪魔すんなよ」

「ケガすんぞ~?」

 男たちが近づいてきて、からかうような嫌な笑みを見せる。

「関わらない方がいい」

 少年が低い声で言う。

「あなたたちが、うちの店の前で騒いでるんでしょ。ここ、私の家なんだけど」

 私は負けじと言い返す。


 そのとき、通りの向こうから「あっちです! 喧嘩です!」と声が聞こえ、松明の灯りが近づいてくるのが見えた。街の見回りをしている警備兵だ。誰かが呼んでくれたのだろう。

 男二人組は「ちっ」と舌打ちして、あっという間に路地に入って逃げていった。

 逃げ足の速い、せこいヤツら。

 でも、男たちがいなくなって、私はほっとして息を吐きだした。

 本当はちょっと怖かったのだ。


 現場に駆けつけた警備兵に問われて、私たちは、男二人が絡んできていたが、すでに逃げてしまったことを説明した。

 少年も大きなケガなどなかったので、しばらく事情聴取をされた後に、警備兵は「夜は物騒な輩も増えるから、あまりひとりで出歩かないように」と注意を残して、帰っていった。


「関係ないあんたを巻き込んで、悪かったな」

 少年は私に向かって謝った。

「ううん。仕方ないよ。あなたのせいじゃないでしょ」

「じゃあな……いてっ」

 少年が、地面に落ちていた荷物を拾い上げて背負おうとしたとき、どこか痛んだのか顔をしかめた。

「大丈夫!? ケガしてるんじゃないの?」

「大したことないよ」

「ちょっと見てあげるから、うちに入りなさい」

「いいよ、別に」

「よくないって。うちは薬屋だから、薬は山ほどあるし!」

 私は有無を言わさず、少年の腕を引いて店の中に入れた。


 奥の座敷にあがらせて、燈明の光の元で、少年の背中の傷を見せてもらう。浅黒いなめらかな肌には、柱の角で擦ったのか血が滲み、あざができていた。

 これは痛そうね。 

 私は、店においてある軟膏を丁寧に塗った。

 少年は黙って、手当てを受けている。

 最初は細身だと思ったけれど、想像より彼の肩や背はしっかりしており、筋肉のしなやかさが感じられた。

 少年と言うよりは、私と同じくらいの歳ごろかもしれないな。

 そう意識すると、ちょっとドギマギしてきて、私はあわてて触れていた指先をひっこめた。


「さ、終わったよ」

 私は軟膏のふたをしめながら、そう声をかけた。 

 少年は上着を身につけながら、たくさんの薬種が並ぶ店内を眺めて、つぶやいた。

「……あんた、薬種問屋の人だったんだな」

「そうよ。一応、この辺では一番大きい店ね」

「話には聞いたことがある。親父が、薬草師だからな」

「えっ、そうなの? もしかして、うちにも薬種を届けてくれてる?」

 少年はこくりとうなずいた。


 生薬の原料となる植物の根や実などを、うちの店に定期的に届けてくれる薬草師さんが、何人かいる。そのほとんどは、異民族である「山の人」だ。山や森を熟知していて、私たちではなかなか探しだせないような、貴重な薬草も持ってきてくれる、ありがたい存在。

 異民族の出入りがあることを、快く思わないご近所さんもいるけれど、うちでは昔から懇意にしていた。


 薬草師さんの息子と知って、急に親近感の湧いてきた私は、彼の名をたずねた。

「あなた、名前は? 私はテアよ」

「ミズキだ」

 異民族らしく、あまり耳慣れない響きの名だった。

 ミズキ、か……。

 耳慣れないはずなのに、どこかで聞いたことがある気がして、私は口の中でその名をつぶやいた。

 ちなみに、年を聞いてみると、私のひとつ下だった。


 そこへ、白猫のウメが「みゃーん」と甘えた声で鳴きながら近づいてきて、彼の膝に顔をこすりつけた。

「こら、ウメ。お客さんにすりすりしないの」

 私はあわててウメを追いやろうとしたが、ミズキは「別に構わない」と言って、ウメにされるがままになっている。

「『ウメ』って、この猫の名前か?」

「ええ、そうよ」

「ウメ、か……」

 彼はその名が気になるのか、口の中で繰り返している。


「そろそろ帰る。手を煩わせて、悪かったな」

「気にしないで。薬草師さんには、いつもお世話になっているし」

 

 真夜中近いこの時間、夜光石の光が弱まってきて、通りの暗さが深まっていた。

 夜光石の代わりに、空には少し欠けた月がのぼり、ほのかに夜の街を照らしている。

「気をつけてね」

 私はミズキに声をかけた。

 ミズキは黙ってうなずいて、足早に通りの向こうへ消えていった。

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