第11話
有愛の両親の店でオリーブが働いていた。即ち有愛とオリーブは知り合い。そんな推察が出てきて当然ではある。
有愛の友人でオリーブのガチ恋勢である三条さんからしたら寝耳に水だろうけど、こんなチャンスはないのも分かるからダメ元で有愛に声をかけるのも理解できる。
だが、オリーブが俺の姉という設定は隠せばいいし、会う誘いも忙しいとか適当なことを言って断ればいい。
「なのに……なんで俺はここにいるんだ……」
週末、俺は女装をして海沿いのショッピングモールに来ていた。普段は女装して外出はしない。家でやるか、店でやるかくらいだからだ。
金髪のウィッグはオリーブの時と同じ。
だが、さすがにお嬢様のドレスを着て外を出歩くと目立ってしまうので、ロングコートで縦のラインを強調しつつ、フレアスカートをはくことで体型を誤魔化した。
そんな格好でも俺は世界一可愛い。鏡を見るとこんなにスカートが似合う男が他にいるか? とすら思ってしまったくらいだ。
今日は有愛と三条さんと3人でショッピング。俺から提案したとはいえ、なかなか気乗りしない日だ。ストレスからなのか腹も痛くなってきた。
◆
女装をして出かけることになる前の平日、俺達はいつものように教室で集まり昼飯を食べていた。
三条さんは有愛にオリーブに会いたいと何度もお願いをしているが、有愛がのらりくらりと躱している状況。
そんな二人のメッセージのやり取りの詳細は見せてもらっていないが、有愛は責任を持って俺の秘密を守ってくれているようだ。
だが、そんな有愛という硬い盾を叩き続けている三条さんの疲弊っぷりはかなりのもの。
今日も今日とて元気のない三条さんが菓子パンにかじりつく。
「はぁ……」
三条さんのため息は日増しに増えていて、原因を作っている俺は気が気じゃない。
「佳乃? 大丈夫?」
「はい……大丈夫です……」
虚ろな目でパンをかじる姿を見て有愛は小刻みに首を振った。
有愛の両親も本業があるため、喫茶店は不定期営業。前回は大量の来客があったしリピートが望めるものの、キャパシティをオーバーしているのは明らかだったため、オリーブの次の復活は見通しが立っていない。
もう会えないかもしれないという中でオリーブと自分の間に共通の知り合いがいたと分かれば、そこに縋りたくなるのは分かるし期待もしてしまうのだろう。
そんな三条さんの期待に応えられない俺は心苦しさを感じつつも、女装のことはバレたくないのでオリーブとして個別に会うことは避けている。
「そ、そんなさぁ……お気に入りの人が辞めちゃったくらいで……」
有愛は元気づけようとしているのだろうけど、「辞めたくらい?」と三条さんが反応する。
「くらいじゃありません。私にとっては……憧れで……有愛さんと同じくらい尊敬しているんです。いつも背筋を伸ばして凛々しくて美しくて……はぁ……有愛さん、せめて名前だけでも教えてもらえませんか?」
「あー……え、な、名前?」
有愛は困った表情で俺を見てくる。俺は目線を逸して有愛に一任する素振りを見せると、軽く机の下で足を蹴られた。
「あー……えぇと……ひ、
咄嗟に出したにしては可愛い名前だ。いいじゃないか、姫川さん。絶対に可愛いじゃん。
「姫川、何ですか?」
「ひっ……
うん、悪くない。女装のときはそれを名乗ろうと決めた。
「姫川翡翠……名前まで綺麗なんですね」
そう言いながら三条さんはスマートフォンを取り出した。ものすごい速さでフリック入力をしている。
「な、何してるの?」
「検索です。姫川さん……出ませんね」
三条さんがネットストーカーになりかけてるんですけど!?
「えっ、SNSとかやってないって言ってたよ」
さすがの有愛も引き気味に諭す。
「そうですか……しかしこの街にある店に立て続けに出現している。生活圏は近そうですね……であれば週末に姫川さんが好きそうなレトロな店を張っていればいずれ会えたりしますかね……」
「佳乃怖いよ……」
三条さんの熱意が確かなものであることは痛いほどに伝わってくるが若干怖い。
「な……何でそんなに会いたいの?」
俺が尋ねると三条さんは俺の目をじっと見てくる。眼鏡の奥にある双眸は綺麗な色をしている。
三条さんは基本的にすっぴんだ。この素材を輝かせるために俺が化粧を施したくなってくるがそんな機会は訪れないのだろう。
「いいじゃないですか。会いたいんです」
三条さんはぶっきらぼうに俺の質問をスルーする。
「でも……会ってくれないですよね。私みたいなオタクのブスには……」
「ちょちょ! 佳乃は可愛いよぉ? そんな卑屈にならないでさぁ!」
有愛が慌てて背中をさすり、同時に俺に視線を送ってくる。
このままネットストーカーやリアルストーカーになられても困るし、病みすぎてしまうのも可哀想なので程々のところで手を打たないとだ。
「い、一度だけでも会えるように交渉してみたら?」
俺は有愛に向かってそう言う。
それは即ち「姫川として三条さんに会います」という宣言にほかならない。
有愛も「うーん……もう一回お願いしてみるよ」と三文芝居を打ってくれたのだった。
◆
ショッピングモールの入口に一人で立っているとチラチラと通りがかる男が俺の方を見ている。
その視線に快感を覚えながら二人を待っていると、遠くから「おーい!」と元気よく叫びながら有愛と三条さんがやってきた。
有愛はハイウエストデニムにシャツインとスタイルの良さを存分に生かしたコーディネートだ。
対する三条さんは黒パーカーに黒ズボンという地味な出で立ち。だが、その表情は憧れの姫川さんに会えたとばかりに口元が緩んでいる。
「佳乃、姫川さんだよ。姫川さん、私の友達の三条佳乃」
有愛は俺と三条さんの間に入って紹介をしてくれる。
「あ……よ、よろしくお願いします。今日はすみません。お忙しいのに来ていただいて」
三条さんは俺の方を見ながらペコリと頭を下げた。この感じなら俺だとは気づいていないようだ。
「えぇ。よろしくお願いしますわ。姫川翡翠ですわ」
「普段からその話し方なんですか?」
三条さんは驚いて俺に尋ねてくる。
「え……えぇ。オリーブとして働く時に癖付けるためですのよ」
というのは真っ赤な嘘で、この話し方じゃないとボロが出そうだから慣れたオリーブの話し方にしているだけだ。
「ま、話は歩きながらでも出来るからさ。お腹減ったしどこか行こうよぉ!」
それとなく有愛は俺と三条さんの間に入ってくる。今日は有愛に最大限のフォローを約束してもらっているのでこれくらいはやってもらわないとだ。
有愛を中心に横に並んでショッピングモールを練り歩く。
途中の鏡に映った姿を見ると、頭の位置が大中小と綺麗に階段になっている。それでも女友達が3人並んでいるようにしか見えないので、俺も意外と女装して外出できるんじゃないかと自信に繋がってくる。
少し歩くと不意に大きめの腹痛が襲ってきた。
しかし、ちょうど目の前にトイレがある。神は俺を見守ってくれているようだ。
「うおっ……すっ……少しお手洗いに行きますわ」
俺はそう言って二人から離れて男子トイレに向かう。
「ちょちょ! 姫川さん! そこ男子トイレですよ!」
三条さんが慌てて俺を止めに来る。
あぁ、そうだった。俺は女装をしているんだった。外出慣れしていないところが出てしまったようだ。
……あれ? 女装してても俺は男だしトイレは男子だよな?
……いや、違う! 俺が男子トイレに入ったら三条さんに女装していることがバレてしまうじゃないか!
そんなわけで俺がこの状況で違和感なく、かつ合法的に入れるのは多目的トイレしかないことに気づく。
腹痛に耐えながら必死の思いで多目的トイレのランプを見る。そこには燦然と輝く『使用中』の文字。神は俺を見放した。
他のトイレを探している余裕はない。
入れるのは男子トイレか女子トイレのみ。男子トイレに入れば男だとバレてしまうけれど、女子トイレに入れば御用だ。
俺は究極の二択を突きつけられ、泣きそうになりながら有愛に視線を送った。
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