第12話
有愛は俺の視線で今の状況を察してくれたらしい。
三条さんを驚かすように背後からやってきて彼女の目を覆う。
「わ……わぁ! 有愛さん! どうしたんですか!?」
「えへへ! どうだ〜!」
じゃれつき始めると同時に有愛は俺に「行け」と目で合図をしてくる。
その合図に頷いて、三条さんに見られないよう男子トイレに入る。
中にいた人は俺を二度見してくるがそんな余裕はない。奇跡的に空いていた個室に俺は駆け込むのだった。
◆
「ふぅ……間に合った……」
出すものを出してスッキリした俺が男子トイレから出ると、向かいにある女子トイレの入口から三条さんが出てきたところだった。
ガッツリと目があってしまい、お互いに固まる。
有愛ぁ! そこはうまいこと誘導しといてくれよ!
「……え? あ……あれ?」
三条さんは自分が入っていたのが女子トイレだったことを確認するために何度も赤色のマークを確認している。
「お……おほほほ! 女子トイレが埋まっておりましたのでこちらを間借りしていたのです。今だけ男、ですわ」
「そ、そうだったんですね……」
憧れの姫川さんが男子トイレから出てきたことの衝撃はかなりのものだったらしく、三条さんは苦笑いをしながらそう言った。
「有愛さんはどちらへ?」
「先にフードコートで席を取ってくれてるんです」
「そうですか。では参りましょう」
俺がつかつかと歩き出すと、三条さんはペットのようにひょこっと隣を歩いてきた。
あれだけ話したいと言っていて、せっかく二人っきりになれたというのに三条さんは何を話すでもなく頬を赤く染めて俯いているだけ。
俺から何か話を振ろうかとも思うけれど手頃な話題が見つからず、気づけばフードコードに着いていた。
一人で座っている有愛は周りよりも一回り顔が小さいしどことなく後光がさしているように見えたのですぐに見つかった。
「あ! やっと来た! 私トキメキハンバーグに並びたくて。二人で話しててね!」
俺達が席につくなり有愛はハンバーグ屋の行列に並びに行ってしまう。
向かい合って座り目を合わせると、三条さんは照れているのか顔を赤くして俯くのみ。
やがて意を決したように握りこぶしを作ると三条さんは伏し目がちに口を開いた。
「その……今日はありがとうございます。まさかプライベートで会ってもらえるなんて思いませんでした」
「私もこうしてヨシノ公爵令嬢と領地の外で会えて嬉しいですわ」
「そ、そんな……私みたいなオタクでブスと……」
三条さんはまた卑屈になる。そういう性格なのだろうけれど、自分のことをブスだと言い切るのはどうしても許せない。可愛いのだから。もっと自信を持てと、そう言いたくなる。
「ヨシノ公爵令嬢」
「は……はい!」
「二度と自分のことをおブスと言わないでください。その言葉は心にこびりつき内面を醜くします。そしてそれが外面にも現れます」
三条さんはハッとした顔をするが、またすぐに下を向いてしまった。
「でも……自分に自信が持てなくて……」
過去に何があったのかは知らないが、必要以上に卑屈になってしまう体験をしたのだろう。まずは自信をもたせるところからだ。
「自信を持つことは簡単です。近道をお教えしましょう」
「は、はい!」
三条さんはこれから提示される解決策を今か今かと待つように椅子に座り直した。
俺も彼女の目をじっと見つめる。
「美しく、強くお成りなさい。それだけです」
自分は可愛いと思い込む。美しいと思い込む。それがすべての出発点だ。そんな気持ちを込めて三条さんにアドバイスをする。
「美しく……強く……オナる……?」
「えぇ、そうです」
三条さんは何故かぎょっとした顔をする。まだ自信が持てていないのだろう。
「それは……その……女性ホルモンが分泌される的なことですか?」
科学的なことは分からないけど、気持ちに左右されることもあるだろう。
「女性ホルモン……? まぁ……そうかもしれませんわね」
「ち、ちなみに週にどのくらいするんですか?」
美しくなることの近道は化粧。それは練習あるのみだ。週に何回だとかそんな次元ではない。第一今日も三条さんはすっぴんで来ている。もっと人に見られるという意識を高めてもらわないとだ。
「毎日ですわ」
「ま……毎日!?」
「私は朝起きたらしますし、仕事の前だって必ずしています。今だってしているではないですか」
「い……今もですか!?」
三条さんは飛び上がって驚く。化粧をしているだけでそんな驚かないでほしいんだが。
「えぇ。とにかく数をこなすことが大事です。慣れるためにはそれしかありません」
「や……やっぱりそうなんですね……私は週に一回気が向いたらするくらいなので……うぅ……」
「大丈夫です。お風呂の前にすれば失敗してもすぐに洗い流せますわ」
「なっ……なな……」
三条さんは顔を真っ赤にして俺から顔を逸らす。
「あ……やっぱりその……道具とか使うんですか?」
「当然でしょう? 道具は必需品です」
化粧をするのに道具なしは無理だろう。
「で、でも結構高くないですか?」
「ピンからキリまでです。ドラッグストアで手軽に揃いましてよ」
「ど、ドラッグストアで!?」
「えぇ。最初はそのくらいで良いかと。良ければ方法をお教えしましょうか? お店の子にもよく教えておりましてよ」
「お店の人に!? え……そ、それはお店の中で……ですか?」
「えぇ。バックヤードで」
「そ、そうなんですか!?」
「はい……なにか変ですか? 鏡の前でするのが普通でしょう?」
「鏡の前で!?」
三条さんはこれにも驚く。
鏡無しで化粧なんて出来ないだろう。仕上がりが分からなくなってしまうじゃないか。
「えぇ……鏡は必需品です。自分のが見えないではないですか」
「そ、そんなところ見なくてもいいですって!」
自分の顔を「そんなところ」呼ばわりするのだからよほど自信がないらしい。三条さんの鼻は作り物のように高い。きれいな形で羨ましいくらいだ。
「ヨシノ公爵令嬢も綺麗な形をしているではありませんか。自信を持ってください」
「み、見たことないじゃないですか!」
「いえ……今も見ておりますわよ?」
三条さんは慌てて足を閉じる。下に何かいるのだろうか。
「そんなに恥ずかしがることはありませんよ。誰しもが最初は初めてなのですから。理想の姿はありませんか? 『こうなりたい』という姿です」
「こうオナりたい……?」
イントネーションは変だが、さっきからずっと様子は変なので気にしても仕方ないだろう。
「えぇ、そうです。自分の理想の姿を頭に描くのです。一番可愛い姿を」
「じ、自分なんですか!? こ……こういうのって大体他の人なんじゃ……」
「まぁ……参考として他の人でも構いませんわよ」
「あ……そうですよね。私はたまにオリーブさんで……その……」
三条さんは下を向いてゴニョゴニョと何かを言っている。オリーブの名前を呼んだので、外見も参考にしたいのだろうか。
「あら! 嬉しいですわ! よろしければ写真を差し上げましょうか?」
「しゃ、写真!? いいんですか!?」
「えぇ。構いませんわ。たくさん励んでください」
化粧の練習に励んでくれ、という気持ちで俺はオリーブの格好をしているときの自撮り画像を探し始める。
三条さんは慌てながら「だ、だ、だ大丈夫です!」と制してくる。折角化粧の参考になりそうな画像を探していたのに。
「い、要りません! その……罪悪感がすごいので……」
「罪悪感を覚える必要はありませんわ。そうだ! 今からしてみますか? 簡単な道具しかありませんが、きっと気持ちが変わりますわよ」
「い、今から!?」
「えぇ。ここは……さすがに食事中の方がいますから、どこか別の場所で」
「は……はうぅ……」
三条さんは顔をこれ以上ないくらいに真っ赤にすると机に正面から顔を擦りつける。
「よ、ヨシノ公爵令嬢? 大丈夫ですか?」
「ら……らいろーるれす……」
大丈夫じゃなさそうだ。そんなに化粧をされるのが恥ずかしいのか、と不思議に思ってしまうのだった。
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