第7話

 放課後も3人で並んで下校。校門を出たところで三条さんはまた棒読みで「いたた……」と言い出した。


「わ、私、お腹痛いので先に帰りますね! また明日!」


 三条さんはお腹が痛いと言った直後に駆け足で俺達から離れていく。


「あ……どうしたんだろ? なにか変なもの食べたのかなぁ?」


 明らかに棒読みで嘘をついていることは丸わかりなのに糸魚川さんはそんなことを言い始めた。


「絶対に嘘でしょ……」


「佳乃は嘘なんてつかないよ。そんな子じゃないもん」


「信頼してるんだね」


「親友だからね」


 糸魚川さんはニッコリと笑って三条さんが消えていった曲がり角を見つめながら歩き出す。


「なんか……仲の良さは伝わるんだけど、タイプ違うよね、二人って」


 クラスでの立ち位置として、糸魚川さんは陽キャ。三条さんは陰キャ。糸魚川さんが他の人と話しているところは見るけれど、三条さんが他の人と話しているところはほとんど見ない。


 対照的な二人が友達というのもそうだし、三条さんが糸魚川さんに心を開いているのもよくよく考えると中々謎ではある。


「ま、そういう風に見えるかもね」


「何で仲良くなったの?」


「去年同じクラスだったんだ。そこで、ね」


「へぇ……」


 何か訳ありくさいけれど糸魚川さんが言いたくなさそうなので会話が途切れる。


「あ! そういえばね、これ見てよ!」


 糸魚川さんがスマートフォンで一枚の画像を見せてきた。


「何これ? 『可愛い女子ランキング』?」


「ふふー。私ね、一番になっちゃったんだ!」


 誰が作ったのか失礼なランキングだと思った。


 表形式で名前と票数が書かれていて、一位には『糸魚川有愛』と書かれていた。


「ほんとだ」


「どう? どう? すごくない?」


「あ……うん、すごいね……」


 まぁ一番可愛いのは俺なんだが? と思いながらそのランキングを眺める。


「ん……あ、あれ!? 俺の名前がある……」


 下の方へスクロールをしていくと『小千谷奏:1票』と書かれていた。つまり、誰かが俺の名前で一票を入れたということ。女装していることを知っているとは思えないけれど、妙に引っかかる一票だ。そもそも女子ランキングに入っている男ってどういうことなんだと。


「わ、私じゃないよ!? 誰にも言ってないから!」


 女装の件をバラしたと疑われていると思ったのか糸魚川さんが慌てて否定してくる。


「疑ってないから大丈夫だよ」


「ほっ……良かったぁ……でも誰なんだろうね? 小千谷君のポテンシャルに気づいてる人がまだまだいるみたいだねぇ?」


「たまたまだよ、たまたま」


「へぇ……ほぉ……そのうち私が抜かれちゃうかもなぁ」


 糸魚川さんは自分が一番だとばかりに冗談めかしてそう言う。まあ俺が世界で一番可愛いのは周知の事実なんだが?


「そりゃそうだよ。俺が世界で一番可愛いんだからさ」


「え?」


「え?」


「ん?」


「ん?」


「お?」


「お?」


 お互いにお互いの顔を見合わせ、首を傾げ、変顔をする。糸魚川さんは変顔すら可愛いけれど、俺は負けない。


 糸魚川さんはニィと笑うと背伸びをして肩を組んできた。


「強力なライバル出現だ。お互いに切磋琢磨しようねぇ」


「なら菓子パンはやめなよ。太るからさ」


「ぐっ……痛いところをついてくるね……流石ライバル……」


 糸魚川さんに冗談でもライバルと認められる時点で鼻高々ではある。俺ももっと可愛くならないと。


「あ! ねえねえ小千谷君」


「何?」


「最近さぁ『アレ』してるの?」


 アレというのは女装のことだろう。周りに人もいないので話しても大丈夫そうだ。


「全然。家で着替えて写真撮るだけだとモチベーションが続かないんだよね」


 オリーブ・ブランシェットのSNSアカウントは店を辞める前から作っている。


 前はバイト前に自撮りを投稿していたが、あくまでモチベーションは面と向かって可愛いと言われること。


 加工し放題の写真で褒められても意味がない、というのが持論だ。


「ほほう……モチベーションねぇ……」


 何かいいアイディアを授けてやろうという感じで糸魚川さんが不敵な笑みを浮かべる。


「どうしたの?」


「うーん……今から暇?」


「え? よ、用件によるかな」


「じゃ、暇ということで。こっちだよ!」


「わっ!」


 糸魚川さんは俺の手を力強く握って、そのままぐいっと引っ張ってくる。


 繋がれた手をじっと見ていると、糸魚川さんは顔を赤くしてそっぽを向いた。


「あー……あの……と、友達だし? 手くらい繋ぐよね?」


 照れられるとこっちが気まずくなるんですけど!?


「えー……あ……う、うん。友達だしね!?」


 俺が肯定すると糸魚川さんは繋いでいる手をじっと見ながら唇を横に引いて笑う。


「へへ。可愛いけど、手は男の子なんだね」


「そりゃ男だからね」


「不思議なんだよね。最初に会ったときは女の子の格好してたから女友達みたいに接しちゃうんだけど、ふとした時にかっこいいなって……あ……そ、その変な意味じゃなくてね!」


 糸魚川さんは手を繋いだことを意識するあまり、一人でテンパって言わなくていいことを言っている気がする。


「と、とりあえず行こっか? 話はその後でも出来るし」


「あ……う、うん! こっちこっち!」


 糸魚川さんは手を離して走って俺から離れて先導を始めたのだった。


 ◆


 高校から歩いて10分程度。大通り沿いのマンションの一階に入っている店の前で糸魚川さんは立ち止まった。


「到着ぅ!」


 糸魚川さんが止まった店はアンティーク家具の店。雰囲気は良いけれど放課後に来るにしてはなかなか渋いチョイスだ。


「家具を見るの?」


「ここね、お母さんがやってるんだ」


「そうなの!?」


「うん。それでね……」


 糸魚川さんは俺の肩に手を置いて背伸びをして顔を耳に近づけてくる。


「ここでオリーブさん、してみない?」


 糸魚川さんは俺の耳元でそう囁いたのだった。

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