第6話
新学期が始まって一週間。気づけば糸魚川さん、三条さんと3人で固まることが増えてきた。
今日も今日とて3人で昼ごはんを食べ始める。二人は菓子パンにサラダチキンとカロリー面で心配になりそうな食事だ。
俺の昼ごはんは弁当箱に詰めたサラダのみ。二人の食事を見ながらのサラダ生活はなかなか心に来るものがある。ぼっち飯じゃないとこんな弊害があることに気づくのに一年がかかってしまった。
でもこれもスタイルを維持するための努力。可愛くいるための努力なのだ。レディースの服を着続けるためには俺は痩身を維持しないといけない。
「小千谷君、それだけで足りるんですか?」
三条さんが俺の弁当を見て可哀想な目を俺に向けた。
「あ……うん。ダイエットしてるから」
「ま、まだダイエットするの? そんなに痩せてるのに?」
糸魚川さんも不思議そうな目で俺を見てくる。あなたは俺の事情を知っているでしょうに。
「ルーチンみたいなものだからね」
俺がそう言うと三条さんは自分のパンを半分ちぎって俺に寄越してきた。
「小千谷君、もっと食べないとダメですよ。栄養失調で倒れるかもしれません」
「そ、そこまでじゃないよ……」
「食べてください!」
三条さんはグイグイと菓子パンを目の前にチラつかせてくる。俺だって食べられるものなら食べたいよ。でもこれも可愛くあるための試練と捉えてぐっと堪える。
「出た出た。意外と頑固なんだよね、佳乃ってさ」
糸魚川さんは三条さんの絡みを見て笑い始めた。俺は視線で「助けてくれ」と訴えかける。
それに対して糸魚川さんは指を一本だけ立てた。一回言うことを聞けということなのだろう。
仕方がないので頷くと糸魚川さんが菓子パンを強奪してパクリと自分の口に運んでくれた。
「んまっ! こんな美味しいパンを人にあげようだなんて佳乃は良い子だねぇ」
「あぁ! なんで有愛さんが食べるんですか! 自分のを食べててくださいよ!」
「あはは! 食べちゃったものは返せないよーだ」
二人はかなり仲が良いらしい。大人しい三条さんも糸魚川さんには積極的に口を開く。オリーブとして接しているときも三条さんがこんなに饒舌なところは見たことがないので嫉妬すらしてしまいそうになる。
そんな二人のイチャイチャを眺めていると、急に知らない男子が近寄ってきた。
「あ……あの……い、糸魚川さん」
「ん? なになに?」
「ちょっと……その……あっちで話せないかな?」
糸魚川さんは「またか」と言いたげに顔を曇らせるが渋々立ち上がって二人で教室を出ていく。
「これで……8人目? 9人目?」
俺はぼーっと二人の背中を眺めながら三条さんに尋ねる。糸魚川さんはとにかくモテる。性格は明るいしスタイルはいいし可愛いしでそりゃそうだろうと言う感じなんだけれど。
昼休みになるとクラス外から人が来ては糸魚川さんと話すために教室から連れ出すというルーチンが確立されつつある。
「7人目ですね。でも去年はもっと凄かったらしいですよ」
「へぇ……」
「有愛さん、学校で一番可愛いですからねぇ……」
三条さんがそう言うと、は? 一番可愛いのは俺だが? という気持ちになり、自然と糸魚川さんの背中を見る目に力が入る。
オリーブガチ恋の三条さんすら認める可愛さ。それはそれで凄いことなのだけどそれと同じくらいに「可愛さ」という土俵で糸魚川さんに負けたくない、という気持ちがふつふつと湧いてくる。
「お……小千谷君? どうしたん――あ……もしかして……」
「え? 何が?」
「いえいえ。皆まで言うな、ですよ。私に任せてください」
三条さんは何か早とちりをしている気がしてならないが、俺から尋ねるとそれこそやぶ蛇な気がしたので何も言わずにキャベツをむしゃむしゃと頬張るのだった。
◆
「あぁ……つかれたァ……」
10分もするとヘトヘトになった糸魚川さんが戻ってくる。
「お疲れ」
俺は戻ってきた糸魚川さんを労う。
「疲れたよぉ……佳乃ぉ! イチャイチャさせろぉ!」
いつものことだとスルーしている三条さんに糸魚川さんは抱きついて髪の毛をワシャワシャとし始めた。
「あ……い、いてて……私お腹痛いからトイレ行きますね!」
三条さんは棒読みで痛がりながらそれを振りほどいてさっと逃げていく。
自分と入れ替わるようにあっという間に教室から消えてしまった事に驚きながら糸魚川さんは首を傾げる。
「あ……あれ? 佳乃、何か変?」
「変かどうかは分からないけど……」
その瞬間、俺のスマートフォンが震えて三条さんからメッセージが入る。
『他の人に負けないでください! 有愛さんは明るい人ですけど意外と相手側から踏み込まれると離れたくなるタイプなので慎重になってくださいね! 押し過ぎは禁物ですよ! 小千谷君が一番いいポジションですから! 焦らずに! 有愛さんの好きな話はファッションと――』
そこからも糸魚川さんの取扱説明書がスクロールしてもしても終わらないくらいの長文で次々と届き始めた。
「どしたの? 小千谷君」
「え? な、何でもない!」
俺は慌ててスマートフォンを隠す。
三条さんは俺が糸魚川さんのことが好きだと絶対に勘違いしている。この感じ、間違いない。
明後日の方向から飛んできた気遣いに一応感謝しつつも、俺は友達として糸魚川さんと話をして過ごすのだった。
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