第8話 高田
-奥村-
自信があった。
だれにもさとられない。だれにも邪魔されない。ぼくはアサシンだ。だれに気づかれるでもないまま、まるでずっとまえから死んでいたかのように高田をやることができる。
だから奥村はあえてひとりで高田の城に飛び込んだ。実際に門番はマネキンのようにぼくのことをみとめることもなくスルーした。城の中で警備にあたる兵士のだれひとりも気づくことがなかった。
そして、奥村は想定通り高田がいるであろう城の最上階までたどりついた。
ここまでは順調。不気味なくらいに。
さて、高田はいるだろうか。
奥村が扉をあけるとスーツ姿のすらっとした男性が窓の外を眺めていた。
隙だらけ、いや、違う。
奥村は警戒して部屋にはいることができなかった。
「どうした、はいれよ」高田は振り返ることなく奥村に声をかけた。
そうか、ぼくは、招かれたのか。
「オークを殺したのはきみなんだろう、たしか、寛二さんのお友達で、えっと」
「奥村です」
「そう、奥村さんだ。すごいね、おれたちが苦戦していたオークを倒した」 振り切った高田は、整った顔立ちで、いわゆるかっこいい顔をしていた。清潔感もあっていかにも仕事のできる男だ。
ふと褒められた奥村は戸惑い、返す言葉がでてこない。
「緊張するなよ、ほら、座っていいよ」
相手のペースに惑わされてはいけない。ぼくは高田を殺しに来ただけだ。
「そう構えるなよ。どうせおまえにおれは殺せない」高田が合図をすると部屋のなかにオークくらい大きな男がはいってきた。オークとの違いは、全身武装していることと、そいつが紛れもなく人間であるということだ。
「奥山っていうんだ。そんなんでも営業部長だったんだぞ」
「営業部長?」
「ああ、偉いんだ。いまではおれの頼れる用心棒だけどな」
さて、ぼくよりも早いとは思えないけれど。
「あぁ、なるほど」奥村は気づいた。奥山は全身武装をしている、急所となるところをすべて鎧で固めている。とても小さな刃が刺さるとは思えない。
「奥山は、全身鎧をつけながらふつうの人同じ速さで動ける。隙を見せないほうが身のためだな」
高田の忠告が、ただの脅迫とは思えない奥村は、本来の目的を忘れて、どうやって逃げ出すか考えていた。
「そう焦るなよ、わざわざ招いたんだ。久しぶりに人間と話せるから嬉しくてな」
高田は再び座るよう奥村を促した。
「この世界について、どこまでしっている?」
奥村が知っていること。吉田先生に教えてもらったこと、雪子が教えてくれたそれぞれの能力のこと。どれも高田には教えたいとは思えない。
「ぼくは、なにも知らない」
高田は想定通りとばかりに笑った。「そうか、自分の能力のことも知らずに乗り込んだのか」
「ぼくは、みんなを守るために」
「違うな、奥村さんは知っているな。自分の能力が強大でだれにも負けないことを」
奥村がなにをいっても高田の思考は止まらない。
「ではどうやって知ることができたんだ。オークと戦うことで? いや違うな、もっと前から自分が強いことを知っているな。あぁ、そうか」
高田は答えにたどりついた。
「君の仲間には、ひとの能力を特定できるやつがいるな」
雪子のことだ。そして高田は興味を示している。
そんなやつはいないと言ったところで、高田は聞き入れないだろう。
「うん、あとで寛二くんに聞いてみよう。どんな子だろう。うちの無能な社員たちとちがって、きみたちは優秀そうだ」
ダメだ、いますぐ高田を殺すしかない。奥村は覚悟を決めて飛びかかろうとした。
が、身体が動かない。
「だからいったろう、奥山は強いぞ」高田は余裕だった。「決めた、君たちの領土を侵略する。きみたちも社員のやつらみたいに奴隷にしちゃえばいい戦力にもなりそうだ」
そうと決まれど高田は足早に部屋をあとにする。「奥山、殺すなよ」そう言い残して。
それから、ぼくは産まれて初めて意識を失うくらい大人に殴られた
*
京介たちのもとに戻った奥村は、血まみれの顔でへらへらと笑いながらことの顛末を話した。
「いや、大丈夫かよ」齊藤が珍しく身を案じてくれる。
ぼくは大丈夫。だけどぼくのせいで高田に雪子の存在を知られてしまった。「とにかく、逃げよう。ここは危険だ」
「危険って」京介はあたり見回した。「どこが」あたりには平和そうに日常をおくる人しかいない。とても危害を加えてくるとは思えない。
「だから、お前たちは駄目なんだ」
雑踏に紛れて寛二がいつのまにか側にきていた。「おまえたちをやろうと思えば、おれはいつでもやれた。この国は高田の国だ」
わざわざ姿を表してまで「忠告?」奥村はあえて尋ねる。
「馬鹿をいうな」と寛二はちらりと雪子をみた。「目的を達成するだけならつまらないだろう」
逃げ惑うぼくたちを追い詰めて、徹底的に屈服させることが寛二の願い。「だから、逃げる時間をやる。吉田に伝えて、高田の侵攻に対策をしろ 」
「吉田先生でしょ」雪子が珍しくとげのある調子で、寛二をたしなめた。
「いまは、逃げてあげる。でも、わたしたちは負けないから」
「せいぜい抗ってくれよ」寛二は自信に溢れていた。「かつてのクラスメイトが高田の奴隷になるんだ。ぞくぞくする」
返す言葉は必要ない。
ぼくたちは寛二に背を向けた。
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