第7話 大人の国
-奥村-
ぼくたちは森を抜けてフジモトの教えてくれた人間の帝国へ向かっていた。
選ばれたメンバーはいわゆる選抜だ。京介、齊藤、雪子、そしてぼくだ。なにゆえこのメンバーのなかにぼくが選ばれたのだろうか。
クラスの男子からの強い推薦によるものだった。別に行きたくないわけではない、特別不満を露にしたわけでもないのに、クラスの男子から厚い信頼をいつのまにか獲得していることがさぞかし不満だったのだろう、ぼくはなにもしないまま女子からたくさんの反感を買ってしまった。
たしかに嬉しそうにはしなかった。でも、感情を表にださないことの何が悪いのか。
「大丈夫か?」
さぞかしぼくは難しい顔をしていたのだろう。森の険しい道を歩くぼくが辛そうにみえたのか、京介が気に掛けてくれた。
「京介は、もてるな」これはぼくの感想だ。
「なんだよ急に」
「わたしも、そう思うよ」雪子のこれも感想だ。
「おいおい、気味が悪いな」
「おれは嫌いだけどな」齊藤のそれは感情。
「ああ、嬉しいよ」京介は諦めたようだ。
ぼくたちは、森を抜けるまでろくに会話をしなかった。道が険しいという理由が主であったが、だれも仲良くないという側面も否定できない。
京介と齊藤はまだからみはあったろうが、ぼくと雪子は独立国だ。それぞれ得体が知れないもんだから、共通の話題もみつからない。
たまに出てくる話題は「ゴブリンいないね」という最近できたばかりの共通点だ。しかし、本当に夢だったのかと思うほどゴブリンはいなくなっていた。
「これが、フジモトの言っていた、支配ってことなのか」そういう齊藤だが、森への警戒心は消えていない様子だ。
どうやらぼくたちは仲良くない。
-齊藤-
森を抜けると目の前にそいつはあった。巨大な城門と門番、中央にそびえたつ要塞のような巨大な建物、絵に描いたような軍事国家、それでもかつての商店街のように賑わうひとたち。
「おい、人がたくさんいるぞ」つい大声がもれる。
静かにするよう京介に窘められるが知ったことか、おれはだれの言いなりにもならない。
「おい、おれは偵察に行ってくる。おまえたちは待ってろよな」
京介の静止を振り切って走り出す。せっかく楽しそうな場所に来れたんだ。楽しまない意味がわからない。
道々には露店が並んでいる。なかには食欲をそそるような匂いをだす店もある。
懐かしいな、肉まん、焼きそば、たこ焼き。
間違いない、この国を作ったやつもまた転生者だ。そして文明を発達させることができるやつだ。
ずっと考えていた。おれがあのクラスにいても一番にはなれない。どれだけ努力をしても、京介には勝てない。それどころか、あの奥村と雪子もこの世界に来てから調子にのりはじめている。
このままでは地位が危うい。
だから、おれはこの国に寝返ろうと思う。
この国のやつならきっとおれの実力をわかってくれる。そうと決まれば情報収集だ、あちこちに武器をもった軍人がたっているから、どこかで徴兵みたいなこともしているだろう。
やる気があるからきっと重宝されるぞ。
齊藤は胸に期待をいっぱいにしながら町を散策した。けれど、いくら探しても軍人募集をしていない。それどころか、町に立っている兵隊に声をかけても、まるで人形のように反応もしてくれない。
「おいおい、どうなってんだ」
齊藤は、町の中心広場にそびえる噴水に腰かけた。
町は賑わい、あちこちで子供は遊び回り、客引きのおじさんとおばさんが談笑している。
「いい国だ」齊藤は転生前の世界を思い出していた。おれもかつては同じように家族と一緒にでかけたり、デートしたな。
突然吹き出した噴水の中央にはだれともわからない人間の銅像が、よくわからない方向を指している。
「あんたが偉いやつなら、もういっそ直接勧誘してくれよ」
「無理だよ」
いつの間にか隣に、いや、まて、周囲からまるで人がいなくなっている。そして、この声、聞いたことがある。
「寛二、か?」
噴水の音だけが騒がしく聞こえる。
齊藤の隣には寛二が座っていた。
「おまえ、どこに」
「亡命したんだ。ぼくをもっと評価してくれるこの国に」
てっきりゴブリンに殺されたと思っていた。その寛二が生きていた。
「ってことは、おれたちを騙した借りを返せるってわけだな」
「やめたほうがいい、いまのきみは眉間に銃をつきつけられている状態だ」
「どういうことだよ」
「思い通りってことだよ、この国の人間は」
寛二がなにやら合図をするとどこからわいてきたのか、店の中やあらゆる物陰から人がわいてきた。それぞれがこん棒なり剣なり武器を持っている。
さっきまで、談笑したり子供を抱いていたひとたちだ。
「ぼくの合図ひとつで齊藤は殺せる。この国の人間すべてが、ぼくの武器だ」
齊藤は囲まれた。逃げ道も抗うための武器もない。
寛二は勝ち誇ったように笑った。
「そんなに怖がるなよ、今日はその顔が見たかっただけだから、見逃してやる」
「おまえ、おれを?」見逃すだと。すっかり立場が逆転してるじゃないか。
「ああ、齊藤みたいな雑魚ひとり殺して、下手に警戒されてもいやだし、高田様の許可も得てない。できれば怯えきった顔で京介たちにも報告してさ、怖がって欲しいんだよ、ぼくたちが攻め混むその時まで」
どのまで舐めれば「おまえ、ふざけんなよ」
「囀ずるなよ、惨めだな」
寛二は立ち上がった。
「最後に、面白いものを見せてやるよ」
寛二が去り際に近くにいる住民の肩を触った。「殺せ」
「おい、どこに」と齊藤が言い終わるまえに、肩を触れられた住民は叫び声と共にこん棒を振り上げた。
そして、隣にたつ住民の頭を割った。
ひとりの暴力を合図に殺しあいが始まった。ナン住人といた住民たちがちしぶきをあげて殺しあう。齊藤は呆然のその様を見ていた。
そして最後に生き残ったひとりは、自害した。
「これが、高田の国」
齊藤は血だまりに膝をついた。
-奥村-
必死で探すぼくらのもとにようやく齊藤が帰って来た。
「どうしたんだ、その格好」駆け寄る京介は血まみれになった齊藤に怪我がないか確認した。
「おい、この国からでるぞ」ふり絞るように齊藤はことの顛末を教えてくれた。
「寛二の命令で、人が死んだってことか」京介は信じられないとあたりで賑わうひとの様子を伺った。
「店員も、客も、みんなこの国のいいなりってことかよ」
ふたつの衝撃だ。
寛二が生きていた。
そして、ぼくたちは今に殺されてもおかしくない敵だらけの状態に囲まれている。
「寛二くんは、なんて?」雪子は寛二の能力を知っている。「わたしたちは、いまこうしている時も監視されている」
「逃げろって」齊藤は悔しさを押さえきれていない。それでも受け入れるしかないことも理解しているようだった。
「逃げて、おれたちは、森はどうなる」
「おれに聞くなよ」齊藤は掴みかからんばかりに京介を怒鳴り付けた。
所詮、高校生なんてこんなもんだ。威勢はよくてもいざ危険が近づけば萎縮してしまう。いがみ合う京介と齊藤はゴールのない議論を繰り広げる。
「だったら、高田をぼくたちが殺そう」
ひょんなひとことで議論がやんだ。京介と齊藤はぼくのことを珍しい生物でも見るように目を丸くしてじっと見つめた。
「殺すって、どうやって」雪子も心配そうだ。
「ぼくが高田の住みかに潜入する。ぼくなら、できる」奥村は中央にそびえる要塞を見つめた。「みんなは先に脱出してて、必ず帰る」
奥村は静止の声も聞かずに走り出した。
偉いやつを倒してしまうことが一番の近道だ。そう信じて、疑わなかった。
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