第6話 エルフ

 -奥村-


 人知れずにオークを始末した奥村は、勝利の歓喜にわくクラスメイトのなかにそっと戻った。


 オークを撃ち取ったことは誇らない。オークの生死なんて関係ない、退けたことに意味があるのだ。


「どこいってたんだ?」京介が近づいてきた。ただひとり、ぼくの帰還に気づいたようだ。


「ちょっと、周りをみてた」みなまでいう必要はない。いまオークを殺したという事実は余計なんだ。


 勝利の歓喜がのこるなか、森の奥からこちらに近づいてくる影があった。奥村は目を凝らして警戒した。ゴブリンの残党が復讐をしにきたのかもしれない。


 影がその姿を表すと勝利の歓喜は、なかったかのように静まり返った。


 美しいブロンドの髪と木漏れ日を反射するような白い肌、しかし人間でないことを裏付けるとがった耳、それは奥村たちの世界では、エルフと呼ばれていた。


 なにしにきたのだろうか。その場にいるクラスメイトの視線が一点に集中した。


 エルフは綺麗な姿勢のまま深々とお辞儀をした。エルフたちが言うには、自分たちは突如現れたオークたちからの侵攻をうけて住みかを失ってしまった。見つからないように隠れていたが、奥村たちがオークを撃退してくれたことで、また姿を表した、らしい。


「つまり、おれたちが助けたってことだよな」齊藤はとても嬉しそうだ。


「はい、ありがとうございます」エルフのひとりが神々しい笑顔をたくわえて齊藤を受け止めた。


「ところで」とエルフは続けた。どうやら住みかを奪われたことで家を失ってしまったらしい。要するに学校に招いてくれないかと言いたいようだ。


「新しい家が出来るまでの間でよいのです」美しいエルフに懇願されてしまうと断れないのが男の性だ。齊藤を筆頭にすんなりエルフの避難を受け入れてしまった。


 そして、またぼくたちは感謝される。


 感謝されるのは悪くない。気持ちがいいもんだ。

 それにエルフといえば弓の名手として描かれることが多い、仲間になっておいて損はないはずだ。


 *


 教室に戻ると帰りを待っていた吉田先生と女子たちがぼくたちを温かく迎え入れてくれた。そして、オークを退治したことを知らせるとわっと歓喜にわいた。


 そして、ぼくたちがつれてきたエルフが姿を表すと、一転して静まり返った。いよいよ現実世界と掛け離れた存在が目の前に姿を表したのだから、受け止め方にも困るというもの。


「あーおれたちも同じだった」京介はなんとか場を取り繕おうとエルフとクラスメイトの、おもに女子の顔色を伺った。

「彼女たちも、オークに襲われていたらしいんだ。だから、しばらくの間、ここに避難しもらおうと思って」


「へー」と上野が言う。


 反対などだれができようか。


「ところで」と空気を読めないのか、エルフがわってはいる。さすがに名乗らないことは不親切ではないかと吉田先生が尋ねるとようやくエルフの名を知ることができた。


「フジモトと申します」

 すらりと背の高いフジモトは、それだけでは人間のモデルさんといわれても違和感はないが、長い髪の隙間からちらりとのぞくとがった耳が人間でないことを証明している。


「あなた方はなにをしにこちらへ?」フジモトは好機の目になれているのか、気にせず会話続けた。


 しかし、愚問というものだ。ぼくたちは、だれひとりとして望んで異世界転生などしていない。帰る方法こそ知りたいものの、この世界で成し遂げたい目的などあるはずがない。


「実は」と先生が正直に打ち明ける。するとフジモトともうひとりのエルフは驚いたようにして顔を見合わせた。


「では、どうしてオークを倒してしまったんですか」


 感謝こそされることはあってもまさか攻められるとは思っていなかったぼくたちは返すことばが見つからなかった。


 フジモトがまくし立てるように現状を教えてくれた。


 フジモト曰く、森の治安はオークたちがいることで保たれていた。森のそとには危険な人間の帝国があって、やつらが侵略してきたら森は焼かれてしまう。どうして森を守る覚悟もないのにオークたちを殺してしまったのか、こんなことならオークに支配されていたころのほうがましだった。


 あつく語るフジモトは、まるで悲劇のヒロインだ。


 そして、ぼくたちが悪者


 なにより気が気でない問題がひとつある。

 オークを殺してしまったのは、紛れもなくぼくだ。そしてクラスメイトとだれひとりとしてオークが殺されている事実を知らない。


 だれも言うなと強く願う。だったら逃げたオークにまた支配されればいいと。


 言うとしたら齊藤か、京介か、先生か。


 奥村は注意深く様子を伺った。だれも余計なことを言わなければそれでいい。万が一があっても口を塞げばにげられるかもしれない。とにかくなにも起きなければ平和だ。


「だったらオークにまた支配されればいいじゃない」上野だった。


「わたしたちに助けてもらうだけで、自分たちは高見の見物をしようっていうの」


 気が強い彼女のことをどうして予測できなかったのか。上野は語気を強くフジモトに食って掛かる。


 フジモトがなにか言い返そうとしている。


 どうする、なにができる。


「ぼくたちが、フジモトを守ればいいじゃないか」ぼくはらしくないことをつい口走ってしまった。


 らしくないことをいうもんだから、上野も勢いを失う。ここまでは期待どおりだ。さて、これからどうすればいい。いちど出してしまった言葉は戻せない。


 吉田先生はぼくの後ろ向きな勇気を称賛した。


 京介がたちあがり拍手を送った。


 そしてぼくたちは、フジモトを含む森の先住民たちを助けることになってしまった。

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