第5話 オーク

 - 京介-


「おい、聞いてないぞ」京介は突如現れた想定外の大きさの化け物にひるんだ。


 目の前にそびえるそいつは、壁としか形容できず、まさか立ち向かおうなんて思えない。


 駄目だ、勝てるイメージがわかない。一撃でも殴られでもしたら死ぬどころか原型だって留められない。


 逃げるか。京介はふりかえって退路を求めた。


「くそ、回り込まれてる」陽平が悲痛な声をあげる。


 背後には勝ち誇った顔のゴブリンたちが逃げ道を塞いでいた。すべて仕組まれた罠だったことは、気づいてから致命的であると理解する。


 どうするのかなんておれに聞くな。ゴブリンたちの笑い声にまぎれて、クラスメイトが助けを求める。まるで、すべての責任がおれにあるみたいだ。


 いい加減にしろよ。喧騒に本音を紛れさせる。いつでもそうだ、都合の悪いことだけひとのせいにして自分は被害者みたいなつらをする。


 いつまでも甘えた子供でいたいと思うから、主人公になれないんだ。


「おれはちがう、おれは戦う」京介はもう振り返らなかった。オークかえ倒せればきっと運命は変えられる。

「そうだ、おれならできる」


 馬鹿なクラスメイトとは、違うんだ。


「おれが、主人公だ」


 京介は剣を振り上げた。もてる全身の力をこめて、オークの太い身体にめがけて振り下ろす。ゴブリンなら切り裂くことができた渾身の一撃は、あっけなくオークに受け止められた。


 あ、死ぬわ


 オークが不適に笑う。


 齊藤がオークをめがけて叫び声をあげながら槍を投げる。


「ばか、届くかよ」


 槍が地面に突き刺さるまでの刹那、京介は人生が終わる覚悟を決めていた。せめて、一瞬で苦しまずに死ねるのだろうか。


 オークはちらりと力なく地面に突き刺さる槍を見た。


「そうだ、その一瞬がほしかった」


 -奥村-


 勝てるか勝てないのかわからなかった。奥村はただ京介に命じられるがまま寛二のもとへ走った。


 確認をするだけでよかった。寛二が間違えていたのか、あえて齊藤たちを危険にさらしたのか。


 寛二は悪びれることすらなかった。寛二は悪意をもってクラスメイトをあざむいて、齊藤を殺そうとしていた。


「本当はもっとはやく間に合うはずだった」


 でも、京介の危険を知った他のクラスメイトが、どうしても京介を助けたいといって聞かず、道案内をしなくてはならなくなった。


「京介の人望で、あやうく京介を殺すとこだったよ」


 そういいながら、奥村はオークの左目にナイフを突き刺した。これで倒せるとはおもっていないけれど、致命傷になることはわかった。オークは強い、とてもじゃないけれど高校生が勝てる生き物ではない。


 だが、オークには致命傷で十分だった。


 奥村はオークから離れた。あえて止めはささない。


 これまで傷という傷をおったことのないオークは、産まれて初めて味わう苦痛に悶絶し、逃げ場のない痛みを雄叫びでごまかした。


 その雄叫びによってゴブリンたちも動揺した。絶対的だと信じていたボスが情けない姿で血を流しながら泣きわめいている。


「わかるぞ、不安だよな」齊藤は突き刺した槍を拾った。「強いものなんて、結局幻想なんだよな」


 一気にしとめるぞと京介が声をあげた。奥村のあとに続いて寛二と行動をともにしていたクラスメイトも飛び出してきた。


 勝負はついた。


「おれたちの勝ちだ」逃げ惑うゴブリンたちの背中にむけて、京介は勝ちどきをあげた。


 -オーク-


 痛みにうめくオークは、力任せに木々をなぎ倒しながら逃げていた。


 こんな痛みも屈辱も、産まれて初めてだ。どうして自分より小さくて貧弱な存在から逃げなければならない。


 オークは牙をくだかんばかりに歯を食い縛った。


 忘れない。必ず復讐をしてやる。おれの目を奪ったあの生意気で小さな生き物を粉々にくだいて、ゴブリンたちに食わせてやる。


「よかった、間に合った」


 オークは逃げられぬ殺気に足を止めた。


 馬鹿な。やつはおれを逃がしたのではないのか。


「駄目なんだ、おれがあの場でおまえを殺すのは。ほら、みんな見てるじゃないか」


 オークは復讐のことなど忘れてひざまづいた。頼む、命だけは助けてくれ。もう悪いことはしない、弱いものから奪うこともしない。

 転生してきた人間を手当たり次第に襲うことも、森の妖精から生け贄をださせて、なぶり殺しながら食べることもしない。

 改心するから、命だけは。


「ごめんな、ぼく、暗殺者だから」


 オークの意識は、奥村が刃を振り上げたところで、途切れた。

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