第4話 罠
-奥村-
ゴブリンたちを倒した次の日、ぼくたちは先生を中心に会議をしていた。議題は今後の動きかたについてだ。おおまかな方向性としては、ゴブリンたちを倒して森を抜けるか、校舎に籠城して現状を維持するか。園芸部の鼠入のおかげで食糧危機は逃れることができそうであるがゆえに、無理に命の危険を犯すことはないのでないか、というのか上野を中心とするクラスの女子の統一意見であった。
対象的に齊藤を中心とするクラスの男子のほとんどが森を抜けることを望んだ。ゴブリンたちを打ち倒したことで勢い付いているんだ 。
結局、ぼくたちは行きたい人だけ行く、というなんとも統一感のない結論にいたるしかなかった。そして、クラスの女子に混ざる勇気のないぼくは、森を抜ける男子のなかに混ざるしか居場所がなかった。
「よし、お前ら、いくぞ」すっかり自信を取り戻した齊藤がはりきって先導しようとする。再びよみがえった自分たちの力を試したい他の男子も適性にあった武器手に教室をでようとした。
「森にはボスがいるよ」そういったのは寛二だった。
ちょっとでもゲームをやったことがあればわかる、ボスとは強いもののことだ。ゴブリンを倒せたとしても楽勝でない限りボスに挑むのは死ににいくようなものだ。
「っていうか、なんでおまえがそんなこと知ってんだよ」齊藤は、見下しているやつから意見されると苛立つ習性がある。寛二はそれを知ってか知らずか、あくまで上から目線を崩さないまま答える。
「ぼくの能力だ。ぼくは頭のなかで地図を描くことができる。どこにだれがいて、どうすれば敵を倒せるのか作戦だってたてられる」そんなぼくに逆らっていいのかな、とまでは口にしなかったが、言っているようなもんだ。
部が悪いと思ったのか、齊藤も今以上にすごむことはしなかった。だったらおまえが作戦をたてろと指示をだす立場は守りつつ、寛二に頼ることにしたようだ。みんなもそのほうが安心だったのか意見をするものもなく、ぼくたちは寛二の意見をきいた。
寛二の作戦はこうだった。
部隊を三つに分けて森を進軍、真ん中を囮にして、左右の部隊が挟撃する。真ん中を京介を中心としたサッカー部と野球部、左を齊藤筆頭のバスケ部、右を寛二を中心にそれ以外の部活が戦うという作戦だ。
寛二が地図を描けるからこそ成り立つ作戦だが、勝てる気がする。
やるぞ、と齊藤が拳をあげる。
冷ややかな目でみつめる女子のことなど気にもならない、ぼくたちは再び森の中へと進むことした。
-齊藤-
「よし、ここから三手に別れよう」
京介がまたしきる。おもしろくない、かっこよくもなければ、おれみたく地区選抜に選ばれるほどスポーツで実績があるわけでもない、なのにどうしてクラスリーダーみたく装えるんだ。
「バスケ部、いくぞ 」せめて偉そうな態度だけはぶらさないようにする。そうでもしないとおれの居場所はなくなってしまう。
渡辺と丸山はいつものようにぶつくさ文句を言いながらもおれについてきてくれる。渡辺は唯一おれに意見をしてくる存在だし、丸山は暴走しがちなおれにかわって部活をまとめてくれる頼れる存在だ。
おれが素でいられるのはこいつらがいるからだ。
「悪いな、付き合わせて」
渡辺が笑いながら馬鹿にしてくる。不思議と嫌じゃない。丸山は伏兵としての役割をいかにまっとうするのか説明していた。
「心配すんな、おれが守ってやるよ」
もうすぐ待機場所だ。あとは京介からの合図を待てばいい。
異変に気づいたのは丸山だった。伏兵の待機場所にしてはへんに舗装された道、木々を抜けた先は開けた場所、そこには数えきれないゴブリンと、その奥にひときわ大きな、ゴブリンとは明らかにちがう、巨体が待ち構えていた。
「おい、どうゆうことだよ」
ここは、ゴブリンの集落だ。
-奥村-
京介のあとに続いてぼくたちは歩いていた。その先にあるというゴブリンの集落は、どれだけ歩いても現れはしない。そろそろ京介の鼓舞だけでは歩く気力も失せてきたころだった。
「ほんとに、こっちの道であっているのか」
まさかとおもうが、京介はぼくを見ていた。
「ぼくにきいてる?」
「ほかにいるか?」
なぜ京介がひらきなおっているのかぼくには、わからないけれど、どうやらそれなりには頼りにしてくれようとしてくれていることはわかった。
それに、京介が不安になる気持ちもよくわかる。寛二からきいていたはずの場所ならとっくに到着しているだろう距離をぼくたちは、歩いている。伏兵のみんなもきっと同じだ。もし万が一、伏兵から離れたところに集落があろうものなら、ぼくたちはあっという間に殺されてしまうだろう。
「もし、集落が移動してたら、齊藤か、寛二が危ないな」京介はいつでも友達想いだ。ぼくには他人の心配をしている余裕はない。ただでさえ歩きなれてない獣道だ、先にいけばいくほど体力を奪われていく。
汗が顎先まで伝う。
でも、もし本当に敵がぼくたちのほうにいないなら。
-寛二-
齊藤はもう死んだろうか。
寛二は敵のいるはずのない安全な道を歩いていた。
この森を抜ければその先に人がつくった都市があることはわかっている。
なにも無理にボスと戦う必要なんてないんだ。
人の国に入ればあの窮屈な教室にもどる必要もなくなる。
ぼくに従うクラスメイトたちは徐々に異変に気づいているようだ。どこにむかっているのかと問われれば、そのうちわかるとしか答えない。
はやく森を抜けたい。はやる足を呼び止められた。
見上げた先にはやつがいる。
「奥村、どうしてここにいるんだ」
ぼくの指示に従わない馬鹿は木の高いところからぼくたちを見下していた。
「降りてこいよ。話そう」
「敵がいないんだ」
「そうか。そうだね」いるはずがない。
「ゴブリンたちはどこにいる」
「降りてきなよ」
「ゴブリンたちはどこだ」
「まずは話そう」
「齊藤たちのとこだな」
寛二は答えられなかった。奥村は確信しているかのように尋ねてきたのだから、いまさら弁解するまでもないと思った。
「わかった」奥村は怒ることもなく、ぼくを罵ることもなく、立ち去ろうとする。
どうして、そうたんぱくでいられるんだ。
「いまさら行ったところでどうなる」齊藤たちはとっくに死んでいるはずだ。三人でどうにかなるような数ではない。
「ぼくたちは、寛二が思っているより寛二のことを信じてない」
どういうことだ。「まさか、」
-齊藤-
もうダメだ。そう思ってからどれくらいの時間がたったのだろうか。もう武器を握る力も残ってない。
せめてもの抵抗で刃だけは向けているが、殺傷能力のないそれは武器ではなく、ゴブリンとの距離を開けたいがための抵抗でしかない。
もう叩かないで、そう懇願しているようで情けない。
「おれたちは、騙されたのか」
齊藤はひとりつぶやく。
渡辺にも丸山にも返事をするだけの力は残されていなかった。
なんでだ。おれが何をした。確かに寛二のことは沢山いじった。みんなの前で殴らなかった日はないだろう。反抗的な態度をいじると、みんなが笑う。それでクラスがひとつになっていんだから、おれは間違っていなかったはずなのに、どうしてこうなった。
いま思うことは、怒りじゃない。
「寛二、おれが悪かった」
だから助けてくれ。懇願するように齊藤は頭をさげた。
「降伏する。どうか、命だけは」
言葉が通じているかもわからないゴブリンになんとか伝わるように齊藤は武器を置いた。危害を加える意思なんてない。ペットでも奴隷でもなんでもいい、とにかく生きていたい。
「らしくないぞ、陽平」
声がしたとおもったらそれまで勝ち誇っていたゴブリンたちが急に騒がしくなった。
齊藤は視線をあげる。
「武器をとれ、みんなに見られるぞ」
京介たちが仲間をつれてゴブリンたちに奇襲をかけていた。
寛二の予測したとおり、ゴブリンたちは予想外に対応しきれずに逃げ惑うばかりで、まともに抵抗もしようとしない。意思の外から突如現れた敵から一目散に逃げていく。
「勝てるぞ、立て」
京介から武器を手渡される齊藤は、受けとることを躊躇していた。
「もう、おれは」
「おれたちで勝つんだよ、陽平」
京介は諦めることを許さなかった。どれだけくじけても、立ち上がらせる。
「おまえは、やっぱうぜえな」
武器を手に齊藤もゴブリンを追った。
逃げ惑うゴブリンの姿に勝ちは目前だった。なにも全滅させる必要はない、集落から追い出してやれば叶わないと諦めるだろう。
しかし、齊藤はどうしても勝ちを確信できずにいた。逃げるゴブリンは何かを目指している。弱いものを虐めていたからこそわかる、ゴブリンたちは諦めているのではない、抵抗しようとしている。
いじめられた奴が先生にすがりつくように、もっとどうしようもなく強大な力に頼るために、逃げている。
「そうだ、こいつがいた」
勝ちを確信していた足はとまった。
立ちはだかるそいつは、見上げるほど大きく、その丸太のように太い腕だけでも抵抗する気力を奪う圧倒的な威圧感。
ゆっくりとだが齊藤たちのまえに現れた。
齊藤たちの世界ではこう呼ばれていた。
「オークだ」
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