第2話 能力

 -奥村-


 戦いを終えたぼくたちを暖かい拍手が迎え入れた。死と隣り合わせで戦っていた戦士たちも、クラスの女子からちやほやされると強ばっていた顔もゆるんでしまうものだ。


 ゴブリンを一掃した英雄ぼくは、さぞやみんなから褒め称えてもらえるのだろうと期待したぼくが愚かだった。


 クラスのカーストはそう簡単にはくつがえらない。所詮ぼくは帰宅部で、やつはサッカー部のキャプテンなんだ。


 クラスの女子に囲まれる京介を意識せずとも恨めしそうに見てしまう。


 陰キャは何をしても認めてはもらえない。虚しくなって自分の席に座った。


 いつものことじゃないか、クラスの中心人物だけで盛り上がり、ぼくは教室の隅っこで風景のひとつに溶け込むんだ。


 また、暗闇に戻るだけだ。


「おい、すごかったな」


 初めはだれに向けられている声なのかわからなかったが、どうやらぼくに向けられていると自覚したのは、肩を叩かれてからだった。


「ぼくを起こしたのはお前か」

「魔王かよ」そういって、京介は笑った。「強いんだな、えっと、」

「奥村」

「そう、奥村。強いんだな」そして京介はお決まりのようにぼくに何部と尋ねた。そしてぼくが帰宅部であることを伝えると京介は返す言葉を用意していなかったようで、口をパクパクさせた。高校生にとって部活に所属していることは常識であるから、ぼくは非常識というわけだ。


「部活やってなかったってことは、何か学校の外でやってたのか?」

「なにも」

「じゃあなんで、ゴブリンと戦えるんだよ」


 当然の疑問だ。ぼくだって気になる。産まれてから今まで何かを成し遂げた記憶もなく、ただゲームと漫画にまみれた人生を歩んできた結果、ゴブリンを倒せるようになってしまった。


「何もしてなかった」と答えつつも、言葉の裏にはいつものような背徳感ではなく、優越感があった。


「みんな、ごはんあったよ」ぼくの優越感を打ち消すような声でクラスの注目が廊下にあつまる。「じゃあまたな」と京介も声の主のほうへ行ってしまう。どうやら疲れている男子たちのために、安全地帯にいた女子たちが学校に備蓄されていた食糧をもってきてくれたようだ。


 乾パンと水。あとは毛布。


「これだけあれば、生きていけるな」京介に誉められてリーダーっぽい女子は嬉しそうだった。


「でも、いつかは底をつきる」そういったのは、ぼくと同じように友達がいないにも関わらず、その嫌われっぷりから彼の名前を知らないものはない寛二だった。


「わかってるさ」寛二の後ろ向きな発言のあとにも前向きでいられるから、京介は人気者なんだ。


 ぼくとは、違う。


「みろ、森が広がってる」京介は窓の外に広がる広大な森に未来をみていた。「あそこには、きっと食糧もある。だから、きっと大丈夫だ」


 京介の前向きさに寛二はひるまなかった。

「さっきみたいな魔物がいても?」

「大丈夫だ。さっきだっておれたちは勝てた」


 ネガティブな寛二とポジティブな京介、どっちが信頼できるかと問われれば、友達のいないぼくだって京介を選ぶ。つまり、ぼくたちは森の中へ探索に行かないわけにいかなくなったというわけだ。


 さて、クラスのなかでどれだけの数が戦う覚悟ができているのだろうか。


「おい、あれ」京介は窓の外を指した。「だれか来るぞ」


 また魔物が攻めてきたのか。強ばった空気がクラスを包み込み、クラスメイトが一斉に窓につめかけた。


「あれ」最初に気づいたのはクラスのリーダーみたいな女子だった。「先生?」


 窓の外をゆるゆると歩くその姿は確かに既視感があった。


 先生であるにも関わらず友達のように接することで学校中から人気のある先生。


「吉田先生だ」


 窓辺のぼくたちに気づいて手をふる先生は、まるで日常のような安心感があった。


 *


「それでは授業を始める」教壇に立った先生はいつものように自分の仕事を開始した。


「ちょっとまってよ、先生」クラスのリーダーみたいな女子が手を挙げた。先生が教室に入ってくると反射的に席に着いてしまったぼくたちは、手を挙げずにはいられなかった。


「どうした、上野。先生まだ何も言ってないぞ」先生は変わらない。次の一言には教科書を開かせてしまうのでないかとおもうほど、日常だった。


「先生は異変に気づいてないの」まさかとはおもうけどという調子で上野は尋ねた。


「おいおい、上野」先生は勘弁してくれよといった調子だ。「異変なんか起きてないだろう」


「嘘でしょう」上野は窓の外を指した。「わたしたちのお家はどこよ」


 先生は首をかしけだ。


「この世界にみんなの家?」窓の外に目をやる先生は遠くまで広がる森のなかに何をみているのだろうか。「あるわけないだろう、もうここはみんながいた世界じゃないんだから」


 まるで会話が通じてない。


「まるで、なにか知っているようですね」嫌われ者の寛二は臆しないから時より頼もしい。


「あ、そうか」先生は、はっとした顔をした。「みんなは知らないのか」


 前の世界にいたころ、先生が授業の進捗を忘れてひとつ先の授業をしていたことがあった。その時のうっかり顔と目の前の先生は同じ顔をしていた。


「そうか、そこからか」先生はチョークを持つと黒板にある文字を書いた。


 異世界


 聞いたことはあるけれど現実味のない単語を書いた先生はぼくたちのほうに向き直る。「この世界はみんながいた世界とは全然違います」


「そんなことわかってるよ」とクラスの不良が立ち上がった。


「齊藤、落ち着け。授業には大人の決めた順番があるんだよ」教科書を順番通りに説明するように先生は続けた。


「この世界には法律がありません。みんなを守ってくれる警察も、コンビニも、ご両親もいません。つまり、みんなは異世界に飛ばされてしまったということですね」


 先生は流れるように無知なぼくたちへ現実を突きつけた。それはあまりにも予想を越えてこなかっただけに期待を打ち砕くものであった。


「つまり、だ」先生はまとめる「この世界で生きることは奇跡に近いくらい難しいということだ」


 ゴブリンと戦ったぼくたちは痛いほどわかっている。この世界は、明日の安全も保証されていない。不審者から守ってくれる校門は、ぼくたちを守ってくれる盾にならない。


「じゃあ、どうすればいいんだよ」すごむ齊藤は、すがる子供のようだった。


「戦うんです」

「戦うって」

「みんなには力があります」


 そういって、先生はまた黒板に図を書いた。それは難解な数学の公式のようで、それでもぼくたちにはすぐ理解することができた。


「おれたちの部活に、関係してるってことか」

 運動部なら前衛、文系部であれば後衛に関わる職能力を身に付けているのだと先生は説いた。


「だれがなんの能力かは分かりません。それぞれみんなが所属していた部活を思い出して、その特徴をいかして戦ってください。そうすれば、きっと生き残ることができるでしょう」


 ぼくたちが生き残る術は部活に所属していることらしい。サッカー部だった京介や、バスケ部だった齊藤は息を吹き替えしたようにやる気に満ちた声をあげている。


 で、帰宅部だったぼくは?


 ぼくの不安をよそに、クラスメイト同士で自分達の部活をもとに能力を予測しあう。自分たちには戦う能力があるとわかるやいなや、まるで異世界の主人公になったように生き生きとしている。


 自分達は異世界を生き残れる能力がある。本気を出したら世界を統一することだってできるかもしれないとすら思っているような雰囲気だった。


「森を抜けるぞ、おれたちならできる」


 京介の号令でぼくたちはひとつになった、ような気がしていた。

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