第10話

「まだ、帰ってきてない?」

 檀センから、森下の靴がなくなっているので学校の外にいる可能性が高い、と言われ、俺は一縷の望みをかけて一目散に帰宅した。だが、その結果は空振り。

「俺、ちょっと探してくるっ!」

 俺を呼ぶ母さんの声を置き去りに、俺は財布とスマホを持って家を飛び出した。

 学校にいる時から森下に電話をかけているが、電源がなくなったか電源が切られているようで、全く繋がらない。繋がらない電話をかけながら、俺は今日一人で帰った道を駆け戻った。中学に上がってから一人で家に帰ったのは、今日が初めてだ。森下が、いつも一緒にいたから。隣にいたから。

 ゆっくりと、夏の太陽が顔を隠していく。茜色の絨毯も黒に染まり、稲穂も闇にその身を潜めていく。

 そんな中、聞き覚えのある笑い声がした。

「あっはっはっはっはっはっ!」

 復帰転生法に反対してる『含羞草』の代表、木村だ。

「またあったーー」

「お前が、お前が森下に何かしたのかっ!」

 木村が喋り終わる前に、俺は奴の胸ぐらにつかみかかった。

「ちょ、待ちたまえ君っ! まずは、そう! まずは話し合いといこうじゃないかっ!」

 俺は、森下の件を木村に話した。

「お前が森下に何かやったんだろっ!」

「ち、違う! 俺には身に覚えがないのであるっ!」

 俺の手を振り払い、木村は息を整え始める。

 くそっ! 手がかりが全くねぇ!

 苛立ち、地団駄を踏む俺を見て、木村はゆっくりと口を開いた。

「君は、何故復帰転生法で自殺した人間を蘇生できないか、知っているか?」

「あぁ? 今はその話、関係ねぇだろうがっ!」

 八つ当たり気味に、俺は木村に怒鳴っていた。自分の余裕の無さとこらえようの無さに、嫌気がさす。それが顔に出ていたのだろう。俺を見て、木村は目を細めた。

「自殺した死体を復帰者として蘇らせても、また、死のうとするのだよ」

「え?」

 木村の言っていることが、俺にはよくわからなかった。

 何故? せっかく生き返ったのに、また死のうとするんだ?

「自殺するってことは、この世でもう生きる希望を持てないからだ。蘇ったとしても、生きる希望が与えられるわけじゃない。だから、また死のうとするのだよ。まるでゾンビのように、暗い目をしてね」

 そう言って俺を見た木村の目は、沈んだ太陽のようだった。

 木村に気圧され一歩下がるも、俺は奴の説明に疑問を感じた。

「待て。お前、何でそんなこと知ってんだ? 復帰転生法が施行された時には、既に自殺した死体は蘇生できないってーー」

「法律が出来る前。この国で自殺し、試験的に最初に蘇った死体が、俺の娘だからだよ」

 俺の言葉を遮るように、木村は言った。

「最初は俺も喜んださ。娘が蘇った(帰ってきた)んだからな。でも、すぐにまた自殺した。何度も何度も蘇生して、その度に何度も何度も自殺した。もう、耐え切れなかった……」

 そう言って自嘲気味に笑う木村に、俺は掛ける言葉を持っていなかった。何を言えば正解なのかもわからないし、何を言っても間違いな気がする。

「復帰者は死体(ゾンビ)。既に死んでいる。故に不死だ。定められた寿命がない。だから復帰者がもう死にたいと思った時が彼らの寿命で、それを俺たち『含羞草』は手助けしている」

「手助け?」

 不死の復帰者が死にたいと思った時に、死なせてやる手伝い?

 その時、俺はあることに思い至った。

「火葬場かっ!」

 不死といえども、死体は死体。灰になってしまえば、復帰者はもう二度と蘇ることは出来ない。職員室で森下と一緒に見たあのチラシ。予約すれば復帰者も使用できるというのは、復帰者自身を燃やしてもらえるという意味だったのかっ!

 走りだそうとした俺の手を、木村がつかんだ。

「もう開放してやれ!」

 木村が、懇願するような目で、俺を見ている。

「もう、十分だろ? 十分に一緒に過ごせただろ? だからもう、命を弄ぶのはやめろ! 自分たちの都合で、何があろうと一緒に生きていく覚悟がないくせに、先に逝った人を勝手に連れ戻すな! あの子が死を望んだ時が、あの子の寿命なんだよ。あの子はもう十分生きた。今の彼女は、蝶の夢なんだよっ!」

 俺も、木村の目を射抜くように見つめた。

「夢なんかじゃねぇ! あいつは生きてるんだ! 今を、この今を生きてるんだよっ! お前が勝手にあいつの寿命(生き方)を決めてんじゃねぇ!」

 それに。

 一緒に生きていく覚悟なら、もう出来ている。家を飛び出して闇雲に探しているのが、その答えだ。

 叫びながら、俺は木村の腕を振りほどいた。勢い余って、木村が地面に尻餅をつく。俺はそれを見ながら、つぶやいた。

「……蝶の夢だっていうんなら、何で俺にヒントをくれたんだよ」

「そ、それは……」

 木村の瞳が、月の光で照らされ、揺れる。

「何であんたは、俺の前に二度も現れたんだ? それも一人で。重ねたんじゃねぇのか? 自分と娘さんを、俺と森下に。俺たちなら、自分のようにならないってーー」

「行け」

 木村がそう、言葉を漏らした。

「そこまで言うなら、俺は何も言わん。ただし、生きているものと死んでいるもの。その隔たりは、思ったよりも大きいぞ」

「……ありがとう」

「いいから、行けと言っているだろっ!」

 その言葉に押されるように、俺は走りだした。

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