第7話

「失礼します」

「しつれーしまーすっ」

 ノックと共に、俺は森下の手を引いて職員室に入る。俺は檀センから、教室で配るプリントを取りに来るように言われていた。本当はクラス委員である新藤さんの仕事なのだが、教科書に落書きしていたのがバレて以来、こうした雑務は俺が担当することになっていた。

「お、来たか」

 檀センが、コーヒーをすすりながら、こっちに来いと手招きをしている。

「プリント取りに来たよ。だんどーせんせー」

「何だ、宍戸。森下に手伝わせる気か?」

「違いますよ。こいつが勝手についてきただけです」

「ぎーちゃんと一緒っ!」

 えへへと笑う森下を見て、檀センはなんとも言えない表情になりながら、俺を見て苦笑いをした。

「……何ですか?」

「いや、別に。青春だなぁ、と思ってさ」

「せーしゅんせーしゅんっ」

 嬉しそうに森下が握った俺の右手を振り回す。他の先生たちが、俺たちを見て生暖かい視線を送ってきた。俺は職員室に居づらくなり、檀センに向かって左手を差し出した。

「それで、持っていくプリントは何処にあるんですか?」

「ああ、これだ」

 檀センが俺にプリントを渡すと、先生の机から一枚のチラシが床に落ちた。それを森下がすかさず拾い上げ、俺にも見えるようにしてくれる。

「一緒だねっ!」

「ん? ああ」

 森下が何を言っているのかわからず適当に返事を返したのだが、幼馴染は嬉しそうに笑っているので、俺は特に気にしないことにした。

「火葬場、新設の案内?」

 チラシに書かれている内容を読み上げると、檀センの表情が硬いものに変わった。

「すまん。これは先生が捨て忘れていたものだ」

 そう言うと、檀センは慌てて森下の手から素早くチラシを取り上げる。先生の慌てように、俺は内心首を傾げた。火葬場の存在は、俺でも知っている。確か去年の秋ぐらいから建設していたはずだ。今更隠す必要もない。

 すぐに檀センに取り上げられてしまったが、チラシに描かれていた目新しい情報といえば、予約すれば復帰者も使用できる、ということぐらいだ。

「ひょっとして、俺たちが見たらマズいものだったんですか?」

「いや、そうではないが、人の死に関するものだからな。デリケートな問題だろ? 特にお前たちにとっては」

 質問した俺に、檀センは難しい顔をして、そう答えた。その言葉に、俺はなるほど、と頷く。先生は、森下のことを気遣ってくれたのだ。

 復帰者である森下に、死を連想させるものを見せたくなかったのだろう。死体であっても、俺の幼馴染は普通の人間のように生きている。わざわざ自分が死体であることを思い出させるようなものを、見せる必要はない。

 俺は檀センに感謝しつつ、職員室を後にした。

「大丈夫か?」

「……うん」

 そう言うが、あのチラシを見てから、森下の表情は暗い。やはりあれは、見て気持ちのいいものではなかったのだろう。俺は左手でプリントを抱え、右手で森下の頭を撫でながら二年三組へと足を向ける。その間、彼女は俺の学ランの前身頃を左手で握りしめていた。

 結局森下の顔色は、教室についても変わることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る