第6話

 若桑が、気合を込めたスパイクを放つ。自陣のコートにつかせまいと、相手チームの女子が飛び込んだ。が、それよりも早く、ボールが短めの破裂音を響かせながら、コートに打ち付けられる。若桑はガッツポーズを作り、自分のチームのメンバーと喜びを分かち合っていた。俺たちは今、二年四組と合同で体育の授業中だ。場所は男女共に体育館。行うスポーツは、バレーボールだった。

 賑わう女子たちとは違い、俺たち男子陣には活気が無い。ないというか、真面目に授業に取り組む気がない。何故ならほとんどの男子が、若桑を目で追っているからだ。

「おい、見たか? 今のスパイク。マジすごかったな」

「ああ、あの揺れる胸。もはや犯罪だろ」

「あの胸で顔面ビンタされてぇ」

「スパイク打った時の胸でビンタされたら、多分頭蓋骨割れるぞ」

「それは流石に言いすぎでしょ」

「いや、あり得るかもよ? それより見るべきはあの素足だろ」

「いやいや、尻だろ。顔面に押し付けてもらいたい」

 小声だが、そこらかしこで男子(野獣)たちのギラギラした視線が、若桑を舐めまわすように見つめている。無論、俺も男だ。ポヨンだとかプルルンといった、半濁点が割合多く使われる若桑の動きが気にならないわけではない。だが、他の連中のように必死になり、食い入るようにしてまで見ようとは思わなかった。

 若桑と、若桑を見つめる男子たちを見ながら、俺は思わず独り言をつぶやく。

「すげーな、若桑」

「本当に、そうだよね」

 誰にも返答を期待していなかったので、俺は昭の声に驚いた。

 俺と昭のチームは、次の試合まで順番待ち。コートが足りないのでローテーション制で試合を行っているのだが、順番待ちは体育館の端。つまり女子との距離が離れるため、どのチームも若桑をなるべく近くで見ようと、試合の引き伸ばしに必至になっている。

「若桑さん、運動だけじゃなくて、勉強も出来るからね。おまけに性格もいいし」

 昭の言葉に、俺は頷いた。若桑が転校してきてから一週間。土日を除けばたった五日で、眉目秀麗にして文武両道、才色兼備とは若桑みどりのことである、という風潮が出来上がっていた。そんな彼女の存在は一瞬にして学校中に広がり、今では皆神中学校のアイドルとすら呼ばれている。終いには、若桑と同じ二年三組というだけでも羨ましがられるようになっていた。

 だが、同じ教室、しかも彼女の隣の席である俺には、周りの若桑に対するその認識が、決して過大評価でないと知っている。数学の難問もスラスラ答え、英語もペラペラ。理科の実験も完璧にこなし、社会は歴女もかくやという博識っぷり。更に音楽で歌えば教師に天使の歌声と絶賛されている。体育については言わずもがな。

 誰もが彼女の行動に見惚れていた。俺も、その一人だった。

「そういえば若桑さんって、儀一にだけは、ちょっと距離が近い感じがするよね」

「は?」

 昭の発言の意味がわからず、俺は首を傾げた。

「儀一の方も、すぐに若桑さんとの距離が縮まったし」

「? そりゃあ、隣の席だからな」

 尚も首を傾げる俺を、昭は苦笑いをしながら見つめている。

「そっか。儀一には、初めてなんだね。同年代の女の子と、弓子さん以外と、机をくっつけ合わせて教科書を見せ合うような、あんな近くで接するのは」

 昭のその言い方に、何故だか心の奥底から、不快感が沸き上がってくる。

 この感情は、何だ? 俺のことを、俺じゃない昭の方が知っているような物言いが、気に食わないのか? でも、そんなこと今まで何度だってあったじゃないか。それとも、弓子と他の女子を引き合いに出されたのが嫌だったのか? どうして? 気づいてしまいそうだからか? 若桑のような俺と同じ死んだことがない人間となら、一緒に歳を取って、死んでいけるって。

 そう思うのと同時に、俺は弾かれたように、昭から視線を女子の方へと向けた。何処に誰がいるなんて、もちろん俺は把握していない。けれども俺の視線の先には、小学校四年生の頃から全く変わらない、森下がいた。どことなく不安そうな顔で、それでも俺と目が合うと、不自然な笑顔を作り、こちらに向かって手を振ってくれる。

 そんな森下に俺は手を振り返すことなく、視線を下へと動かした。

 体育館に反響するボールの音が、やけに頭の中に響いた。

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