第2話

 俺の部屋中に、目覚まし時計の電子音が鳴り響く。寝ぼけながらも、俺はどうにかベットから体を動かし、ボタンを押した。これで俺の安眠を邪魔するものは、もういない。

 安心してベッドに戻り、一眠りしようとするとーー

「ぎーちゃん、もう朝ですよー。起きてくださーい」

 布団越しに、重圧がかかる。だが、俺の上にダイブしてきたそいつの体重は軽いため、大したダメージはない。むしろそいつの体温(温もり)で、すぐに二度寝が出来そうだ。

「あー、ぎーちゃんだめー! めっ! 寝ちゃだめなのー!」

 だがそいつは、あろうことか俺の布団を引き剥がしてこようとしやがる。そうはさせまいと、俺は布団を取られないように手で抑えた。やつの力では、俺の力に敵うまい。

「ねー、ぎーちゃんホントに起きてー! そうしないと、わたしぎーちゃんのおかーさんに怒られちゃうよー!」

 布団の上のそいつは、とうとう半泣きになり始めた。これ以上は、流石に不味い。こんなところ母さんに見つかったら、今月の小遣いが減らされちまう。

「わかった、わかったよ。起きる、起きるから、ちょっと上からどいてくれ」

「ホントっ!」

 ……泣いたカラスではないが、もう泣き止んでやがる。

 溜息を吐きながらベットから這い出ると、そいつは俺に向かって満面の笑みを浮かべた。

「おはよう、ぎーちゃん!」

「……ああ、おはよう」

 そう言って俺、宍戸 儀一(ししど ぎいち)は、小学校四年生の夏休み初日に死んだ森下 弓子(もりした ゆみこ)に、朝の挨拶をした。


「いってきまーすっ!」

 森下がそう言って、俺の家の扉を勢い良く開けた。今はまだ五月だが、空からこれでもかと降ってくる太陽の光は、既に夏のそれに近い。

 俺は靴を履きながら、森下を呼び止める。

「おい! お前方向音痴なんだから、誰かと一緒じゃなきゃ学校までたどり着けねぇだろ」

 森下が方向音痴なのは事実だが、流石に学校へは一人で行ける、はずだ。

「だったら早くきてよー!」

 そう言って森下は、うさぎのようにぴょんぴょん跳ねている。彼女が飛ぶ度二つのおさげと、多少だぼついたセーラー服、主にスカートが舞った。

 行ってきますと言ってから、森下の隣に並ぶ。すると当然といった様子で、彼女は袖が余っている右手を、俺に差し出した。いつものことなので特に何も言わず、俺はその手を握る。俺が道路側に立ちつつ、森下の機嫌の良さそうな鼻歌を聞きながら、俺たちは学校へと足を進めていく。

 赤い屋根の二階建ての家と、その隣の青い屋根の二階建ての家。つまり俺と森下の家を通り過ぎながら、俺は森下に文句を言った。文句の内容は、当然今朝のことだ。

「お前、いい加減家の窓から入ってくるのやめろよ。もう子供じゃねーんだから」

 俺と森下の家は隣同士。しかも部屋まで向い合っており、窓から互いの部屋へ行き来することが出来る。だから今朝のように、森下が寝起きの悪い俺を起こしに来ることが、小学校の時から度々あった。だが俺の文句を聞いた森下は、私反抗します、と表現するように、ぷーっと両頬を膨らませる。

「えー。いちいち階段降りるの、めんどーだよー」

「森下。お前も俺も、もう中学二年生だぞ。流石にそういうことは卒業しねぇと」

「でもわたし、『あの時』のままだよ?」

 いたずらっ子のように、森下は俺を見上げて笑った。森下が言った『あの時』とは、彼女が死んだ、あの時のことだ。信号無視をしたトラックが森下を轢き殺し、彼女は死んだ。

 そして、生き返った。復帰者として。

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