3章
アタシはついに見つけた。自分と同じ感性を持つ人を。
…見つけたはずなんだ。今までのおかげでこういう事を見抜く力には長けてるんだから。
あの人…一樹さんは絶対アタシとおんなじなはずなんだ。
なのに…
「全然ないじゃん…」
それらしい物が見当たらないのだ。絵も、写真も、新聞のくり抜きすらない。
(折角家に転がり込むことには成功したのに…)
一樹さんが、ほぼ毎日をバイトに費やしてくれることは、あいなにとっては好都合だった。
-一樹さんには悪いが、家を探す時間が増えるのだから。
一応、暇な時外に行ったり出来るようにと、スペアキーも渡されているので、出かけたりもできる。が、あいな自身そんな気は毛頭なかったし、仮に外に出たところで遊び相手も何もいないのだから、精々その辺の散歩がいいところだ。そんな事をしたって得るものはないと、あまり考えないようにしている。
そんな事で、あいなは今日も家の散策に明け暮れていた。
-でも正直、もう探す所はない。一樹さんと暮らし始めて3日。色んなところを漁った。居間、カーペットの下、テレビの裏、座布団を持ち上げてみたり、洗面所を確認して、棚を探り、ベッドの下を覗き込み…。
もう心は折れかけている。
この人はフツウの人なのではないか?自分の目が間違っていたのでは?何度も思った。
-それでもあいなが一縷の希望を捨てないのは、-大家さんと話す時に見せたような、営業用スマイルの後なんかはとくにそうだが、-一樹さんの目が死んでいるからだ。自分と同じように。
(-あれは、今まで見てきたフツウの人の目じゃない。)
同類の目だ。
(-でも、それだけじゃ足りない。)
もっとこう、決定的な証拠が欲しい。ちゃんと確定させてから、仲間にしたい。
必死に考える。
探してない部屋はないか?えーっとえーっとえーっと…。
(…あ)
あった。カギ付きのあの部屋。あそこは、まだ入ったことがない。あそこに賭けるしかない。
(今日、一樹さんが帰ってきたら…いやだめだ。仕事終わりはあんまり期待できない。そうだな、明日だ。)
明日は、バイトが入ってないって言ってた日だ。朝起きてちょっとしたら、みせてもーらお。
それで、あの部屋のカギのありかをみつけ出すんだ。
こうして、小さな計画は、どんどん進んでいくのだった…。
「じゃあ、お疲れ様でーっす。」
「じゃあね。一樹君。今日も有り難う。」
「あ、店長。ありがとうございました。」
「いっつっきっくぅーん!」
「わっ大柳。どうしたんだよ。」
「相変わらず堅っ苦しいなぁ。壮也でいいって言ってんじゃん。お前帰り道こっちだろ。一緒に帰ろうぜ。」
そういって同僚の大柳荘也は俺の帰り道の方をさした。
全く。中高生のガキじゃあるめぇし。どうやらこいつは、社交性と言うものを何処かに置き忘れてきたらしい。
「…用もないからいいけど。」
「よっしゃあ決ぃまりぃ!」
帰り道の前半はほぼ大柳が喋り通しで、俺は所々相槌を打つぐらいだった。
「そういや一樹は何か趣味とかあんの?」
「…絵」
「ん?」
「絵、を、描いてる」
「ふぇーっ。まさかの芸術方面!」
「おい」
失礼な奴だな。
「悪りぃ悪りぃ。イメージなかったもんで。なんか、現実主義ーって感じするから、お前。」
本当なんなんだ。先入観丸出しじゃないか。
「で、どんな絵を描くの?」
「ーっ」
「ん?どした?」
ほんっっっっとデリカシーのない奴だな。俺とお前は相入れない存在だよ。
「ー風景画、とか。」
「へーっ、見に行っていい?」
「駄目」
「即答かよ。」
ウケるーっと勝手にケラケラ笑ってやがる。ああ、助けて下さい店長さん。
その後も大柳のマシンガントークをなんとかかわしながら帰路を辿った。
ていうかどんだけ喋るんだよこのコミュ力お化けめ。
そのうちに分かれ道に出た。
「一樹どっち?」
「こっち…」
「あーっ右かーっ!俺左なんだよねー」
「あ、うん…」
っおっしゃぁぁぁぁぁぁぁあああ
やっとだぁぁあ
「おっ、何ー?名残惜しいのー?」
「いやそんなんじゃねぇよ。」
「おっと即答!これは悲しいぞー?」
「うっせぇよ」
「んじゃーなー」
ったく。面倒くせぇ奴だな。
-絵のことを聞かれた時は、ちょっとびびった。嘘はついてない。でも本当のことを全て言った訳ではない。
「はぁーっ…」
疲れた。ここ数日は色々あり過ぎだ。
「ただいま…」
「うえっ…あ、お帰りなさい。」
「ん?何かしてたのか?」
「あ、ううん、ちょっとね」
「…」
…ものの位置確認しておくか。
なんとなく嫌な予感がする。
「どうしたの?」
「え?なんで?」
「だって、すっごいヘンな顔してるから。」
「そんなにか?」
「そんなにだよ。」
半分はお前のせいだよ、と言いたかったけれど、我慢した。なにを言い出すかわからないし。
それに、もう半分はアイツ-大柳のせいだし。
他人から、あんなにナチュラルに絵の事を聞かれたのは久しぶりだった。というか生きてて2回目かな。
1回目は、部屋に篭りきりになっていた時だ。小5くらいだったかな。
あの時は、自分の絵が、周りに受け入れられないという事を、完全に理解し切ってしまったんだっけ。それでショックで、狂ったように絵を描いていたんだったな。
今思えば、あの時描いた絵が、1番描いてて楽しかったな。
周りのことを何も考えず、自由気ままに、ひたすら描きたいものをかいて-
それで−
「…-きさん」
「え?」
「一樹さん」
「ん、ああ、どうした?」
「いや、心ここに在らずって感じだったから。」
「え」
そんなに露骨な顔してたか?
「まぁいいや。それで一樹さん、バイトはどうだった?まだ聞いてない」
「お前に関係ないだろ。」
「あるよ。アタシが生き延びれるかどうかも掛かってるんだから。」
「はぁ…まあまあだよ」
「いいとこだったんだ。」
「え?」
「なんかにこにこしてたから。違った?」
「まぁバイト先自体はいいとこだったが。」
「良かったじゃない。」
「…まあな」
「じゃご飯にしよう。お腹すいた。」
そうだよな。こいつ今日昼食えてねぇはずだもん。何もなかったから。
「…カップ麺とお握り」
「梅干し?」
「昆布」
「お握りで。」
「お前梅干し嫌いなのか?」
「ううん。気分じゃなかっただけ。」
ふうん、といいながらお湯を沸かす。こいつとの暮らしはまだ始まったばかりなのに、もうずっとこいつと住んでるような気がしてならない。
(変な感じだなぁ)
そんな風に、今日が、何事もなかったかのように過ぎてゆく。
こいつといると、短い時間が長いように感じられて、でもやっぱり短いような、不思議な感覚になる。いや、沈む、と言った方が的確かもしれない…。ん?感覚に沈むってなんだ?合ってるような、合わないような…。
(まぁいいか。なんでも。)
こいつといると、全部何でも良くなるなぁ。
「ご馳走様でした。」
「もう終わったのか。」
「そりゃあね。お握り一個だもん。」
「それよりお湯沸いてるよ。」
「ん…あ、ああ。」
1日なんて呆気ないものだ。
ドラマのワンシーンのような面白みもなく、また、今日が終わった。
そして、また、なんの楽しさもなく、次の日は巡ってくる。
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