2章


「おじさん!朝だよ!ホラ起きて!」   

 んー、うるさい。騒々しい声で目が覚める。誰だいつもの穏やかな朝を邪魔する厄介者を連れ込んだのは。          

 …俺か。               

 あーあ、かったりぃ。         

 えっと昨日はどうしたんだっけ。とりあえずこいつと家にあったカップ麺食って体洗って寝たんだっけ。こいつは居間に座布団強いて寝かせて…。通りでこいつの服が同じ訳だ。                  

 …いや何が通りでなんだよ。寝ぼけてんのかなぁ。非常識な奴だと責めないで欲しい。精神が疲弊しきっていたんだ。      

 誰にともなく言い訳をする。      

「おーきーてー!」           

「…わぁったよ」            

 渋々起き上がる。食えるもんあったかな。ない気がする。

 あー、過去の俺よ。どうして鍵付きの部屋を寝室にしなかったんだ。

              

 食べ物は案の定なかった。悪いなとボソリと呟いた。子供の耳には入らなかったようで、窓から外をじっとみている。なんだか言葉がポトンと落ちたように思えて、ヘンな気分になったから、顔の真下の辺りの床を足で擦る。

 俺だけ緩いネルシャツとジーパンに着替え、改めて子供と向き合う。       

「…お前、名前は?」          

「…あいな」              

 突然の質問に一瞬困惑したような表情をしたが、これから質問タイムが来るのとでも思ったのか、居住いを正してこちらを向いた。

「苗字は?」              

「ないよ。」             

「ないよってお前…なんかあるだろ田中とか佐藤とか大森とか」           

「田中と佐藤はともかく大森?」

「別にいいだろ」            

 うん、別に、と案外あっさり返されてしまった。こうもあっさりされると逆に調子が狂うな。                 

「…話したくないならまあ良いや。別にお前の苗字如きで俺がどうこうなる訳じゃないし。」                 

「そうそう。おじさんには関係ないし。」

 関係な…くはないと思うのだが。ま、いっか。                  

「歳は?」               

「幾つに見える?」           

「おまっ、そういうのどこで覚えてくるんだ。」                 

 これだから最近のガキは。       

「いいじゃん。で?おじさんから見てアタシ幾つ?」                

「…5、いや6歳かな?たぶん。」     

「じゃあそう。アタシは6歳。」      

 じゃあってなんだよ。つくづく変なガキだな。もういいや。一樹は考えるのをやめた。(そういや昨日もこんな事があった気が…)

「幼稚園とかには?行ってるのか?いや6歳だから小学校か?」            

「行ってない。」            

「だめじゃね?」            

「おじさんに関係ないじゃん。」     

 だから関係なくはねぇんだって…

 はあ、もういいや。考えんのやめたろ。  

「親は?」               

「いたらこんなむさ苦しいとこいないよ。」

「お前仮にも居候の分際で…」      

 …まぁ、ここがむさ苦しいのは事実だが。

「どっから来た?」           

「どこかから。」            

「分かんないって解釈でオッケー?」   

「どうぞご自由に。」          

「じゃそうする。」

「文字は読める?」           

「読めるし書ける。」          

「飯食えない時とかたまにあるけど平気?」

 いや無理だろ。何聞いてんだ俺。

「いいよ。」            

 いやいいんかい。          

「だってお金ないんでしょう?」

「お前金ない金ない言い過ぎだぞ。」

「事実じゃん」

「生きていける程度の金はあるわ。」

「他は?」

「…いや、ない。」

「じゃあ次はアタシの番。」

「へいへい。」

「名前は?」

「新里一樹。」

「あらざといつき?」

「そう。一番の一に大樹の樹で一樹。」

 分からないと思うのでその辺の裏紙に書いてやる(そもそも漢字わからないだろうし意味ないか)。

「じゃ一樹おじさん。」

「前から思ってたが、おじさんは余計だ。俺はまだ20だぞ。」

「あった時自分でおじさんって言ってたじゃん。」

「それはそうだが…っとにかくおじさんはやめろ。」

「…じゃあ一樹さん、仕事は?」

「…してない。」

「うっわぁ堂々と言う?」

「堂々とはしてねぇよ」

 だから即答はしなかっただろうが。   

「だからお金ないんだ。」

「あのなぁ…」

「もういいよ。質問はお終い。」

「なんだ?もう終わりか?もっと聞くことないのか?」

「聞く意味ないし。」       

「…じゃこれからお前の服買いにいくか。」

「服?」

「普段着一セットとパジャマ二着。普段着一つはそれでいいだろ。」

「えー、アタシ女の子だよー?」

「知らん。金のない俺の所に転がり込んで来たお前が悪い。」

「冗談だって。」

「あと、あんまり汚したり壊したりするなよ?すぐは買えないから。」

「わかってるって。」


 スーパーから帰る道すがら、バイトを探した。あんまり帰りが遅くなり過ぎないやつ…

 いやこいつを心配してる訳じゃないからな?家を探られたりしたら面倒だし…しないって保障はないしな。違うから違うから…

 なんか言い訳みたいだな。ヤな感じ。

 -あ、このファミレス、閉店時間が少し早い。家に帰る時間が早くできそうだな。賃金-は安いけど、その分シフトを多くすれば大丈夫か…?              

 こう言うとこのバイトはした事ないけど。表面でにこにこするのは割と得意だから平気、だよな。

 -実際、今迄もバイト先の人間関係で困った事は、あんまないし。

(じゃ、ここでいっか。)

「どうしたの、一樹さん。」

「いや、バイト決まりそうだなって」

「お、貴重な収入源じゃん。やった。」

「金の話ばっかするガキは嫌われるぞ。」

「別にいいし。アタシ困んないもん。」

「はぁ…」


 後日談を少し。

 バイトの面接には受かった。バ先に行ったら店長さんや従業員の皆さんがめっちゃ良い人だった。

 普通に馴染めそうだったしなんら分け隔てなく接してくれた。

 ラッキー。

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