死にたい少女は孤独を呑む

遠江 葉織

1章 

「あー、かったりぃ…」       

 新里一樹は憂鬱だった。       

 今日、遂に最後のコンビニバイトをクビになった。

 はぁ。明日から何で食い繋ごうか。少しの貯金?でも、家賃も払わなきゃ。もって3日が良い所だろうな。とりあえず、新しいバイト探さないと。ああ、じゃあ、暇な時間ができるな。書きかけの絵でも完成させるか。じゃ画材がたりないな。         

「…買っていくか。」         


 遠回りになってしまったが、いつもと反対側にあるスーパーに寄った。やはりここでよかった。欲しいものは皆んな揃っている。一人暮らしを始めたばかりの頃はよくきたものだが、いつしか来なくなっていた。気づいた時には、もう絵のことなんか考えなくなっていた。当然ここもご無沙汰だった。

 -こんなだらけた生活が、いつまで通用するだろう。              

 一樹は、4ヶ月前から一人暮らしを始めたフリーターだ。            

 -俺は絵で食べていくんだ、美大の奴らには俺の才能が理解できなかったんだ!-

 美大に落ちた一月後、そう威勢よく飛び出して行ったはいいが、やはり一美大どころか名の売れていない絵画教室にすらみとめられなかった俺の絵は、才能に欠けているのだろうか。いや、そもそも論として努力が足りないのかもしれない。            

 近頃はバイトにばかり時間を掛け、絵を描く時間などなかった。一人暮らしをしているのだ。一人で働いて稼がなくてはならない。まだ趣味の段階にある絵に構うことは、一樹の財布が許さなかった。でもバイト先にいる間は絵のことばかり考えて、その癖実行はできないのだ。           

(こりゃクビにもするわ)     

 -君の絵はねぇ、なんて言うんだろ、こう、描きたいって思って書いたように感じないんだよねぇ。もっと、描きたいものを書いた方がいいんじゃないかな-     

 昔習っていた絵画教室の先生に、そんなことを言われたことがあったと、今更思い出した。              

(描きたいもの、ねぇ……)     

 心当たりが無いわけじゃないし、自分の名前で見せる絵を、そこまでのびのびと描いた記憶もあまり無い。         

 先生の意見は、的を射ていたのだ。

「ふわぁ…」           

 あくびが出てしまった。

 今日はもう、帰ってすぐ寝よう。

 そういえば、昼頃雨が降っていたな。いまは止んでいるけど。雨漏り、していないだろうか。あそこ、古いからな。     

 俺が住んでいるのは、ボロアパート『こずえ荘』。友人の知り合いがやっていると言うこのアパートには、その友人の紹介で転がり込んだ。トイレは共有、シャワーのみ、唯一の取り柄は無駄に広い間取り(大家が少しでも魅力を出さねばと赤字を承知で作ったらしい)。築15年のこのアパートで、俺は、ぎりぎりの生活を送っていた。       

 そんなだらけた生活に満足してしまっているような俺は、向上心にかけているのだろう。でも、これ以上どうすればいいのか。絵は描いても認められず、何が駄目か聞いても、全員が全員、何かが足りない、と直感に全振りしたような、ぼやっとした答えしか残さない。                

 俺は、とうに諦めることに慣れてしまったのだ。               


 はぁ、はぁ、はぁ、…

 また、チャンスがやってきた。     

 今度こそ、今度こそ…

 きっとできる

 きっと、-             

                  

「!?」

 なんだ!?今、凄いクラクションが鳴ってなかったか!?

「ちょっと見にちょっと行ってみよう。」

こういうのに惹かれるのが、俺の悪い癖だ。

                  

「うわっ」

 明かりの消えた何かの店に、車が突っ込んでいる。中の人は…と        

(あーだめだ)           

 運転席に男が一人。しっかりと御臨終している。              

 なんだこれ…ってここ最近よく事故ってるってネットにあがってる場所じゃないか。

 いつも使う道とは反対とはいえ、土地勘がないにも程がある。           

                    

 はぁ、はぁ、ぅうっ、ひぐっ

                    

 ん?なんだ?泣き声?小さい子供のようだな。                

「うぇっ、うう…」           

「おわっ」              

 車を通り越して少し行ったところで、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている子供がいた。

 5、6歳と言ったところだろう。女の子のようだ。                 

 まぁ、別に子供は好きじゃないし、交番まで連れてくのも些か面倒だ。      

 いいか、ほっといて。いいか、?いい、のか?果たして。…いや何正義感を発揮しているのだ、俺よ。ん?これは正義感に該当するのか?当たり前過ぎて正義感の内にはいらないのでは?だめだ混乱してきた。    

「…君、こんな時間にどうしたの?迷子?」

 おぁぁぁぁぁぁぁぁ         

 俺の馬鹿ぁぁぁ          

 絶対めんどいだろなにしてんだよつーか寧ろ泣く予感がするわいやうわぁぁもおどうしましょぅぁぁぁああ         

「ーっ!!」              

 だが予想外に子供は泣くのをやめ、大きな、涙で濡れた目を輝かせて俺を見つめてきた。                  

 なにか、期待に満ちたような、不思議な目で。                  

「…-た」               

「は?」                

「ねぇおじさん!アタシをお家に連れてって!」               

「は…いやはぁぁぁぁぁ?!」      

 なっ、な、何を言い出すんだこのがきは!声を掛けた瞬間家に連れてけ?!意味不明だ!                  

「いや君、おじさんは、」

「連れてかないとケイサツの人にいうから!誘拐されそうになりましたー、助けて下さいーって!!!」             

「…」                

 は?いやは?俺はタチの悪い夢でもみてんのか?いや違うこれは現実だ。背後から吹いてくる風が嫌に冷たい。なんなんだ本当に。俺何かしたか?いやでも初対面だぞ。    

「なんなら今叫んでもいいんだよ?-っ、たー」                 

「わーっ待て待て!止めろ!わかったから!」               

「本当?!本当だね?!言ったからね?!」

「う…あ、ああ。」         

 頭を抱え込んだ俺の隣で、その名も知らないクソガk…いや女の子は、無邪気にガッツポーズを決め込んでいた。         

                    

「ふーん、ここがおじさんの家?」    

「そうだよ。」            

 何か文句でもあんのか?       

「ぼろいね。」             

 うるせえよ。             

「お金ないんだ」            

「…入れてやんねぇぞ。」        

「あーっごめんなさいー」       

 どうやらこのアパートはこんなに小さいガキから見てもぼろっちいらしい。あーあ。 

                    

「はぁーっ」             

「ただいまぁーっ」          

 俺の声といつもだったらないはずの高い子供の声が重なる。           

「なんでただいまなんだよ。」

「だって今日からアタシはここに帰って来るんだもん。」              

 …まじかよ。どうやら本気でここに住むつもりらしい。冗談とか、今日一日だけとかじゃないんだ。いや承諾した時点で想像はしてたし覚悟(覚悟ってなんだ?)もしてたよ?でもさ、やっぱどこかで思っちゃうじゃん。この現実をさ、疑っちゃうじゃん。…もういっか。考えんのやめよう。        

 子供大丈夫なアパートで良かった。あ、でも、大家さんには紹介に行かないと。 

「て言うかお前どうやって過ごすつもりなんだ?幼稚園とか行かせてやれねぇぞ。」 

「お金がないから?」          

「うぐっ…そういう事をいうんじゃない。」

「別にアタシ平気だよ。ここに居させて貰って、必要最低限のことしてもらえれば。」

「そっか」

 学校に通うのも必要最低限のこと…というか当たり前のことみたいになってきているだろうに。いつの時代のばあちゃんの価値観だよ。                

「どうしたの?」           

「いや、」             

「あ、後、俺はお前の保護者でいる気はないからな。」              

「そりゃそう。」           

 さっきも思ったが、こいつ、結構ドライだな。まぁいっか。楽で。       

 いや、でも今日は、強烈な出来事が多かったな。                

(-あの、男)             

 コンビニに車で突っ込んで死んでいた、あの運転手。              

 「…今日は、上手く寝つけそうにないな。」                 

                   

…その日の夜、俺は、久しぶりに絵を描いた。                 

                   

 後日、こいつを大家さんのところに連れていった。いつもの営業用スマイルで、訳あって親戚の子を預かっているのだと言ったら、家賃をほんの少しだけまけてくれた。知人の輪は広げておくべきだなぁ。       

                    

 まぁ、そんな事で、俺と奇妙なガキの、遠すぎないが大して近くもない、へんてこな共同生活が始まった。(始まって欲しくなかったなぁ。)

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