十五話 泣いた赤鬼

ドクン、、、、ドクン、、、、ドクン、、


 体が動かない。

 寒い。

 骨が凍りそう。

 苦しい。

 息ができない。


 一心不乱に意識を集中させ、体に力を入れる。


 すると、右手が開放される。


 そのまま己の体を纏わりつく物から引き上げる。


夕陽が地平線に隠れ始め、影を強くしている。


 「どこだ?ここは」


 少しずつ記憶を辿っていく。


 手を見ると土で汚れていた。

 手だけじゃない、全身に土がこびりいている。


 「何が」

 振り返ると穴があった。


 恐らく自分で這い出でてきたから土が付いていたんだろう。


 でも何で埋まっていたんだ?

 そんな疑問が湧いてくる。

 穴を覗き込む。


 ナニカが小さくはみでていることに気づいた、気づいてしまった。


小さな指だった。


 誰の?小さな疑問がだんだんと大きくなる。


 思い出したくないのに、思い出してはいけないのに、思い出してはいけなかったのに。


 意思とは裏腹にその記憶はどんどんと思い出してくる。


 「……そうだ、森に行ったんだ。

 行ってはいけなかったのに。

 そこでウサギを見つけたんだ……

 近づいたら、何者かに襲撃されたんだ。

 俺は、俺は……森に入る前に誓ったんだ。

 無事に帰ると………3人で。3人?」


カチカチ、カチカチ、ガチガチガチガチ。


 何処からかカチカチと音がする。

 それが自分のものだとも気付かずに。


 ゆっくりと穴に近づく。

 前に進む足が重い。

 まるで鉄の足枷を嵌められながら泥の中を進んでいるようだ。


 一歩、また一歩と足を動かす。


 震える手を穴から覗く小さな指に添わせる。

小さな指だ。

 少女の。


「ニーナ?」

 震える手で地面を掘り起こす。

 少しずつ全貌が明らかになる。


 「嘘だ」


 否定したい。

 誰か否定して欲しい。

 その願いは簡単に引き裂かれる。 


 見間違えるはずがない。


 太陽のような笑顔でみんなを明るい気持ちにさせる優しい顔は眉にくっきりと痕を残すぐらい皺が刻まれていて、元気がいい小麦色の肌は真っ白に染まりきっている。


 バルの絶望は更に深くなる。ニーナの隣に木の枝の先端が見えた。普段なら無視するだろうが、その木の枝に心当たりがあった。


 杖だ。

 もう帰りたい。

 顔を覆って嫌なことの全てから逃げたい。

 しかしそうさせてくれない。

 少しずつ掘っていく。


 1分でも伸ばせる様に。

 1秒でも現実を直視する時間を先延ばしする様に。


 杖、腕、胴と顔、ほどなくして全身が掘り起こされた。 


 「……カーラ」

 親友の名を呼ぶ。

 普段穏やかで、気遣いの上手な友はもう返事をしてくれない。


 


 カーラとニーナの遺体を抱き寄せて泣き喚いた。


 その泣き声は徐々に呪詛と憤怒に塗れた怨嗟と入れ替わって渦巻く。


 「よくもニーナとカーラおおぉぉぉぉぉお!リザードマンめぇぇぇ!

 殺してやる、殺してやるぞおぉぉぉぉぉお!       

 八つ裂きにしてやる!少しずつ切り刻んで殺してやるぅぅぅ!」


ピロリン『特殊進化条件

死からの生還 達成

【根性】の習得 達成

汚れゆく魂  達成

条件を全て達成したため特殊進化することが可能です。

 進化しますか?』


何処からか聞こえてくる声。それは神のものか悪魔のものか分からない。言葉に従ったら死んでしまうかも知れない。


「それがどうした。この身がどうなろうともあのリザードマンを殺せるならどうなっても良い」


ニーナは昔、夢を叶えられるなら死んでも良いと言っていた。


 その時は死ぬなんて言わないでよ!とカーラが柄にもなく怒っていたが、その意味が分かった気がした。


 リザードマンを殺せるならいくらでも死んでやる……


「進化する」


ピロリン『承諾されました。【復讐鬼】に進化します』


 自分の体が書き換えられていく不快な感覚も約束を守れなかった事への贖罪になるならこの痛みも心地よい。





 「グルルルル」

 外はすっかり日が暮れてほぼ何も見えない。  


 そんな中に光る目が4対、ハンターウルフと言う魔獣だ。


 村でもハンターウルフを仕留めるのは難しかった。

 個体だけでもそこそこ強く、群れで生活して狩りもすることで圧倒的なチームワークで時に自分よりも強い相手を狩ることがある。


 狩班でもハンターウルフを1匹でも見つけたら刺激しないように立ち去るのが暗黙の了解となっている。


 どんどん光は増えていき、18個もの瞳が獲物を見つめている。


 1匹の狼がまだ新鮮な死肉に食らいつこうとして、


バキャッ!


 ハンターウルフの頭が握り潰される。


仲間を殺した獲物に怒りの眼差しを向ける。


 その怒りも生ぬるいと憤怒の眼光が森の狩人として知られるハンターウルフを打ち据える。


 あまりの迫力に彼らは一歩たじろいでしまう。


 しかしそのうちの一匹が鋭い牙を剥き出しに仲間を殺した者の背後から襲いかかる。


 彼らは機動力を生かして死角から手足に噛み付き、相手を弱らせる戦法を使う。

 単純だが、相手を確実に弱らせることが出来るこの戦法だからこそ、圧倒的強者が蔓延はびこるこの森で生き抜くことができた。


 飛び出した一匹のハンターウルフは肩に齧り付く。

 仲間もそれに続き、獲物を取り囲む。


 彼らにもそれなりの知能は存在する。

 それがおかしいと警告を鳴らす。

 肩に噛み付いた仲間が離れないのだ。


 肩に噛み付いた仲間が離れないのは引き締められた筋肉により、牙が抜けないことに気付いた時にはもう遅かった。


 異形の鬼は肩についたごみハンターウルフの上顎と下顎を掴み、そのまま引きちぎった。


 「次はお前らだ」


 ゴブリンの言葉が分からないハンターウルフ達は目の前の異形が何と言ったか分からなかったが、自分が狩人から獲物へと変わった事が理解できた。


 


用語説明、

HP=体力 MP=魔力量 

STR=物理攻撃力 INT=魔法攻撃力 

DEF=防御力 AGI=素早さ



 この小説では魔法は《》、スキルは【】を使って表しています。

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