十四話
賭場が再開されてから数日経ち、客の数も元通りに戻って、いつもの見慣れた騒がしい風景が目の前に広がってる。やっぱこの活気がなきゃな――そんなことを思いながら店内を歩いてた時だった。
「おいアレク!」
遠くから呼ばれて振り向けば、マキシムが来いと手招きしてる。何だ?
「……どうかしたの?」
「今、客から知らせがあって、外の入り口で酔っ払いが他の客に絡んでるらしい。お前行って来い」
「自分で行かないの? 暇そうに見えるけど」
「全然暇じゃねえよ。お袋に雑用頼まれてんだ。お前はふらふら見回ってるだけだろ?」
「それだって立派な仕事だろ。イカサマ監視してるんだから」
「じゃあ誰かがイカサマする前に、さっさと酔っ払い片付けて来いよ。頼んだぞ」
俺の肩をポンと叩いてマキシムは行ってしまった。まあ、仕方ない。暇と言えば暇だったしな。ちゃちゃっと追っ払ってくるか。
客の間を縫いながら賭場を出ると、すぐに男の大声が聞こえてきた。あれがたちの悪い酔っ払いか。
「――でさあ、おいらは運に恵まれた男なわけよ。今日もカードで大金稼いだんだ。好きなだけ飲んでもいいから一緒に――」
俺は後ろから酔っ払いの肩をつかんで振り向かせた。
「店の前で大事な客に絡むなよ。ほら、相手も困って――」
そう言って絡まれてる相手を見て、俺は思わず動きを止めた。
「あ……!」
「……アレク!」
向こうも驚いたように目を丸くした。何度訪れても、この西地区に馴染まない姿――エリーだった。
「エリー……また、一人で――」
「何だあ、お前、邪魔するならボコボコにしてや――」
酔っ払いが拳を振り上げたのを見て、俺は速攻で男の顔面を殴った。その一発で酔っ払いは膝から崩れ落ち、地面に寝そべった。
「あ、あの、断り続けていたのですが、一緒に飲みに行こうとしつこく誘われてしまって……その方、大丈夫ですか?」
「ああ、気にすることない。ただ寝てるだけだから。それより何でまた一人で来たんだよ。危ないって注意しただろ」
「その、アレクにお話ししたいことがあって……どこかでお話、できませんか?」
「あ、ああ、もちろんいいけど……じゃあ、家族に言ってくるから、ちょっと待っててくれ」
俺は賭場に戻り、お袋に事情を伝えてから幸運のうさぎ亭へと向かった。……にしても、前回会った時の最後が何とも気まずかったから、エリーはそれを引きずってるかと思ったけど、今の様子からはそういう雰囲気は感じられない。いつも通りに話せるみたいでよかった。
「……あれ? アレク、まだ賭場で仕事があるんじゃないのか?」
入ると、客に料理を運んでたジョサイアが俺に気付いて言ってきた。賭場が再開したことで、ここのにぎわいも戻ったようだ。ジョサイアも忙しそうにしてる。
「そうなんだけど、また場所を借りたくてさ。いいか?」
言って俺は後ろのエリーを示した。するとジョサイアはすぐに理解して笑う。
「ああ、そういうこと。それならいいけど、見ての通り、テーブル席は全部埋まってるから、カウンター席になるけど?」
「構わないよ。助かる」
「じゃあ、ごゆっくり」
配膳に戻ったジョサイアを横目に、俺達はカウンター席に並んで座った。
「何か注文する?」
「いえ、今日はお話に集中したいので……」
エリーは真面目な表情で言う。そういう話なのか……?
「そう……それじゃ、俺に何の話?」
聞くとエリーは俺を真っすぐ見て言った。
「以前の、襲撃事件の、本当の黒幕がわかりました」
「え? 黒幕?」
「アレクのお話通り、襲撃を指示したのは占い師のジュノーですが、彼女にその指示をさせたのは……私の、義母でした」
何だか唐突な話に、俺はすぐについて行けなかった。
「エリーのお袋さんが、俺達の店を襲わせたって……ど、どういうことだよ。さっぱり意味がわからないけど」
「お義母様の目的は、私とアレクを結ばせ、城から追い出すことなのです。そのためにアレクのお店を襲うことをきっかけにして、私達の距離をより近付けようと――」
「待ってくれ! 城って、何のことだ?」
これにエリーは少し目を伏せて言った。
「実は、これまで明かしていなかったのですが、ご迷惑をおかけしてしまったと知った今、お話ししなければいけないことが……」
「な、何だ……?」
妙な緊張感を覚えながら、俺はエリーを見る。
「私の名前は、エレオノール・ド・ラングロア。ブライス王の娘で、王女です」
一度聞いただけじゃ呑み込めなかったが、自分の中で何度も繰り返し聞かせて、俺はやっと言葉を発することができた。
「……じゃあ、城ってのは、そのままの……」
「はい。王家の住まう王城です」
エリーが、王女様……マジか。そんなど偉い人間が、俺の目の前に――また違う意味で心臓がバクバク鳴ってる。
「そうか! 最初聞いた時、どうりで聞いたことがあると思ったよ」
いつの間にかカウンターの向こうに立ってたジョサイアがいきなり言った。
「王女様の名前だったのか。なるほどね、納得だ」
ジョサイアはエリーを見ながら一人納得してる。俺が貴族だと思ってたのも案外大外れじゃなかったわけだ。でも答えはそれ以上の、想像もしなかったことだったけど――いや、そんなことより冷静に考えると、エリーは今、たった一人で城下に、しかも西地区にいるわけで、しかも大勢の客がいる場所で、自分が王女だと話したりして……これって危ないよな。誰に聞かれてるかわからないのに。現にジョサイアには聞かれてたんだ。場所を変えたほうがいいか。
「おいジョサイア、盗み聞きしたことは口に出したり、誰かに言うなよ。エリーの身が危なくなるかもしれない」
「別に盗み聞きしたつもりはないけど。でも心配するな。ベラベラ話したりしないから。そうしたところで誰も信じないだろうしね」
「全員信じなきゃいいけど、そうじゃないやつもいるんだ。……なあ、個室席は空いてるか? そっちに移させてくれ」
「空いてるけど、個室は羽振りのいい常連のために空けてあるんだよな」
「二部屋あるんだから、一部屋ぐらい貸してくれよ。じゃないとエリーと落ち着いて話せない。また気付かないうちに盗み聞きされるのは嫌だからさ」
「だから盗み聞きしたわけじゃ……わかったよ。じゃあ手前の部屋、使っていいよ」
「ありがとう。……行こう、エリー」
俺はエリーを促し、壁に並んだ二つの扉のうち、手前の扉を開けた。家族で何度も使ったことがあるから俺は見慣れてるけど、エリーは初めて入る個室席を眺めながらゆっくり入った。テーブル席よりも大きな机と多い座席数で、主に大人数で飲み食いする客が使うから、たった二人しかいないと大分寂しさを感じるけど、でも個室だから他人の目はないし、騒がしい声もさえぎられるから集中して話を聞けるだろう。
俺達は机を挟んで向かい合う位置で座った。
「話を中断させて悪かった。でもここなら周りを気にしないで話せるから」
「お気遣いありがとうございます。ではお話の続きを……えっと、どこまで……」
「エリーのお袋さんが、エリーを城から追い出すために襲撃させたって――」
そう言いながら、俺は当たり前のことに気付いた。
「その、お袋さんってつまり、王妃様ってことなんだよね」
「はい。レオノーラ王妃……ですが、私の実母ではありません」
「後妻……継母ってやつか。エリーはいじめられてるのか?」
「そこまでのことは……けれど、小言はよく言われます。お義母様は私に対して厳しい方ですが、それは私のためなのだと思うようにしていました。しかし真相を知って、やはり感じていた違和感通りだったのだと知りました」
いじめまでは行かなくても、エリーの暗い表情からは、継母との関係に苦しさを感じてるのが伝わってくる。
「お袋さんがエリーを城から追い出そうとするのは、単なる嫌がらせか?」
「いえ、おそらく、王位継承権を奪うためかと」
「王様になれる資格か? でも王妃にそれはないんじゃ……」
「お義母様のお子で王子、つまり私の弟のためなのだと思います。王位を継ぐのは基本、国王の第一子ですから、私が消えれば、その次の弟が継ぐことになります」
「血のつながらない娘より、自分が産んだ息子を王様にさせたいってことか……金持ちの跡目争いとかでありそうな話だな」
「本当にそれが理由か、確かめたわけではありませんが、お義母様のことを考えると、それぐらいしか心当たりがないのです」
「エリーがそう思うなら、多分そうなんだろうさ。でなきゃ占い師を使って面倒な小細工なんか――ん? でも待てよ。追い出すために何で占い師なんか使ったんだ? 他にもやりようはあると思うけど」
「それは、私に自発的に城を去ってもらいたかったのでしょう。自分が追い出したと見られないように」
「つまり……どういうこと?」
エリーはどこか言いづらそうにしながら言う。
「私が城下へ行こうと思ったのは、ジュノーの占いがあったからで、そこで、運命の人に出会えると言われたのです。そしてその通り、アレクと出会い、助けられました。私は、あなたのことを、ずっと運命の男性だと思い、それで……」
俺が、運命の男性――そうか。だから西地区なんて場違いなところに何度も足を運んで……。
「で、ですが、その占いは嘘で、当初は私を追い剥ぎ被害に遭わせ、城内でおとしめるつもりだったようなのですが、私がアレクを、本当に運命の人だと信じていると知って、私達を結ばせる計画に変更されたのです。あの襲撃は、襲われた私をアレクが助けると見越して、私達をより親密にさせようと起こしたものだったのです」
あの時を思い返してみると、グルーシーのやつらは暴れ回りながら、女がいねえと言ってた気がする。それは単に女っ気を求めてるのかと思ったけど、やつらは依頼通りにエリーを捜してたんだ。そして俺はその思惑に沿う行動を……。
「しかし、私とアレクではあまりに身分が違い過ぎます。そこでジュノーが言ったのは、王族から抜ければ自由を得られるということでした。アレクと同じ立場になりたいのならば、城を出ろと……。まさに、自発的な行動を促されました」
「なるほどな。随分と人の心をもてあそんでくれる計画だ。でもばれた今、もう成功はない。エリーにとっては何もかも嘘だったんだからな。王族を抜ける理由も――」
「そ、それは違います!」
急に声量が上がって、俺は思わずエリーを見つめた。
「あ、ごめんなさい。大声を上げてしまって……でも違うのです。きっかけは嘘の占いでしたし、アレクが運命の人というのも私の思い込みでした。けれど偶然にも出会い、お話しをして、楽しい時間を過ごせたことは本当です。そして、その過程で生まれたアレクへの思いも、私の中では本当の気持ちなのです。決して嘘ではありません」
真剣で熱のこもった眼差しでエリーは俺を見る。
「前回お会いした時、アレクにお気持ちをお聞きしたのは、城を出るべきか決めてもらうためでした。アレクも私と同じお気持ちでしたら、すぐにもそうするつもりでいました。けれどあなたははっきりと答えてくれなかった……。その理由が身分の差にあるなら、もうそのことは考えずに、今一度答えてはくれませんか? 私はアレク、あなたのことをお慕いしています。運命の人でなかったと知った今もなお……」
恥ずかしげに、でも不安そうに揺れる緑の瞳が俺の視線を捕らえて離さない。また心臓が、大きく鳴り始めてきた……。
「お気持ちを、教えてください。私の思いは、ご迷惑ですか……?」
「め、迷惑なわけないだろ。むしろ、嬉しいし……」
俺も好きだ――って言えれば、お互い幸せだし、楽になれる。でも――
「もし同じ気持ちだって言ったら、エリーは王族やめて城を出るつもりなのか?」
これにエリーは小さく頷いた。
「それじゃお袋さんの思う壺じゃないか。せっかく黒幕を突き止めたのに――」
「お義母様のことはもういいのです。あんな方の側にいても息苦しいだけだから……。アレクが受け入れてくれるのなら、王女をやめることなどためらいはしません」
「親父さん……王様に言ってどうにかしてもらうべきだ。娘を追い出そうとしてるなんて聞けば絶対――」
「真剣に聞いてくれるかわかりません。言ったところでお義母様は全力で否定するでしょうし、私は以前、城下へお忍びで出かけたことを注意され、信用を下げているから……」
エリーの暗い表情がわずかに微笑んで俺を見た。
「だから、もういいのです。城も、身分も、今の生活も、何もかも捨て、私は新たな人生を始めたい……アレクが望んでくれるのなら」
未だ不安に揺れる緑の瞳が静かにたずねてくる。あなたは私を受け入れてくれるの? と。そりゃ受け入れたいさ。好きな娘が自分を好きだと言ってくれてるんだ。手を握って思い切り抱き締めたい。俺も好きだって伝えたい。けど、違うんだ。こんな形でエリーを恋人なんかにできない。しちゃいけない――
「……エリーは、城に残らなきゃ駄目だ」
見つめてた緑の瞳が光を消して固まった。
「そう……それが、アレクのお気持ちなのですね」
「誤解しないでくれ。俺はエリーに――」
「慰めなど要りません。答えが聞けただけで私は十分ですから」
そう言うとエリーは椅子から立ち上がって席を離れようとする。
「おい、まだ話は――」
「これ以上ご迷惑はかけられません。今までのことは――」
「聞いてくれエリー!」
俺は腕を引っ張り、エリーを引き止めた。
「離して。私は……私はもう……」
声を震わせ、エリーは目に涙を滲ませてた。泣かせちまった――その罪悪感のせいか、俺は言わないつもりだった言葉を思わず漏らした。
「俺だってエリーのことが好きだ! 毎日考えるぐらいに」
「……!」
潤む目が驚きを見せてこっちを見た。
「だから……だからこそ、エリーには城にいてほしいんだ」
「好きでも、側にはいてほしくないと……?」
「いてもらえるものならいてほしいさ。でもエリーは俺が独り占めしていい女じゃない。次にこの国を治める大事な人間なんだ」
そう言うとエリーは寂しそうに目を伏せた。
「やはり、身分を気にするのね」
「そんなことを言ってるんじゃない。エリーはここに来て、西地区の貧しさを見て知ってくれたはずだ。王様は無関心だったけど、エリーはそうじゃない。理由やきっかけはどうであれ、治安の悪い場所に足を運んでくれた貴重な王女様なんだ。この国を治めてもらうなら、住人の暮らしを直に見て聞いた、俺の大好きなエリーにやってもらいたいんだよ」
「アレク……」
「エリーが治める国を見てみたいし、俺は住んでみたい。お袋さんの息がかかった王子がここを仕切るなんてごめんだ。そんなやつを城でのさばらせたら終わりだよ。その裏の顔を知ってる人間はエリーしかいないし、表に引きずり出せるのもエリーだけなんだ。お袋さんに嫌気が差すのもわかるけど、踏み止まってどうか俺や、住人のために、この国を治めてほしい。それができるのはたった一人、エリーしかいないんだ」
こっちをじっと見つめるエリーの腕から俺はそっと手を離した。
「好きだけど、いつまでも一緒にいたいけど、それは俺のわがままだ。エリーにはエリーの役目と責任を成し遂げてほしい。それが俺の幸せにもなるって思ってるからさ」
エリーは複雑な表情を浮かべてたけど、やがて口角を上げて笑顔を見せた。
「ようやく、アレクの本心を聞けた」
「どっちにしろ、俺のわがままだよな……」
エリーは首を横に振る。
「そんなことはないわ。アレクの言葉で気付かされた。お義母様のことで私はどこか投げ遣りな気持ちになっていたのかもしれない。でも言われた通り、私には私だけの役目と責任があるわ。そして、できることも。アレクがそう望んでくれるのなら……」
小さく息を吐くと、エリーは決心したように言った。
「お義母様のたくらみを、どうにか諦めさせてみる。まだ方法は思い浮かんでいないけれど……」
「大丈夫だ。俺も一緒に考える。エリーが王様になるための厄介な壁だ。再生不能なぐらい粉々に壊す作戦を立てよう。……ん? 何?」
ふと見ると、エリーはにこやかな表情で俺を見てた。
「アレクに出会えて、好きになって、本当によかったと思えて。……私を好きになってくれて、ありがとう」
「べっ、別に、礼なんて、いらないから……」
相思相愛……ではあっても、エリーを恋人にはできない。自分でそう言ったものの、やっぱり心には残念な思いがある。好き同士なのに気安く触れられないのは辛いし歯がゆい。でも後悔はない。初めからエリーは俺と吊り合う女じゃなかったんだ。彼女はいずれ国王になる人間。その玉座に就いてくれることが将来の幸せになる――それは間違いじゃないって、俺は信じてる。
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