五話

 いつものように夜食の買い出しをして、俺は家へ帰る途中だったけど、何だかやっぱり見回らないと気分が落ち着かなかった。またどこかの路地で金持ち女のエリーが襲われてるんじゃないかと、嫌な予感が頭によぎり続ける。


「……しょうがないな」


 俺は落ち着かない気持ちをを抑えるために、今日も暗い路地の隅々まで見て回る――そう、今日もだ。


 前回エリーと会ってから、日にちは結構経ってる。その間、俺は夜食を買いに行くたびにエリーがいないか、誰か襲われてないか、確認するようになってしまった。面倒くさいと思いながらも、そわそわする気持ちが結局習慣付けてしまった。まあ、いい運動になると言い聞かせて、今じゃそんな自分を諦めてるけど。でもエリーを見かけなくても、殴り合いの仲裁とか行き倒れたやつの保護とか、思わぬ人助けができたりして、ちょっとは役に立ってたりもする。やってることは案外無駄じゃないのかもな。


「……あれって……」


 路地の奥の暗がりにふと人影が見えて、俺は足を止めた。二つの影。向こうはこっちに気付いてないのか、何やら話し込んでる様子だった。その横顔は明らかに見覚えがある。一人は顎ひげ、もう一人は坊主頭……俺は溜息が漏れそうだった。あいつらもエリー並みに懲りない性分らしい。二度も俺に追い出されて、それでもここに来るか。人の言葉を理解する頭があるのか? ないってんならまた拳で教えてやらないと――


 その時、二人がこっちに気付いて慌てたように走り出した。チッ、逃げるなら来るなっての。追いかける手間かけさせやがって――二人を追って駆け出そうとした直後だった。


「アレクシス様、ですか?」


 背後から不意に名前を呼ばれて俺は振り返る。


「ああ、やはりそうでしたか。お会いできてよかった」


 そこには世話係のおばさんがにこやかな顔で立ってた。そしてもちろん、その陰には――


「アレク、また会いに来ました!」


 エリーがおばさん以上の笑顔を見せて言った。本当にまた来たのか。言いたいことはあるけど、でもその前にあの二人を追わないと――


「悪い。俺やることがあって――」


 そう言いながら走り出そうとした俺を、おばさんは腕をつかんで止めてきた。


「お待ちを。どこへ行かれるのですか?」


「どこだっていいだろ。急がないとやつらが――」


「私達を置いて行かれては困ります。行くのならご一緒に」


「駄目だって! それはこっちが困る」


「ですが、このような場所に残されても、どうしていいのか……」


「前に行った幸運のうさぎ亭、あそこへ行っててくれ」


「お食事をした酒場ですか? しかし、一度しか通ったことのない道ですので、どのように向かえば……」


 俺は大きな溜息を吐いた。逃げた二人を追うのは、もう諦めるしかなさそうだ。とっくに姿は見えなくなってるし……。


「……わかったよ。もういい。俺が案内する」


「ありがとうございます。では付いて行かせていただきます」


 三度目ともなると辟易する気持ちもあるけど、どこかホッとする自分もいた。今回は誰にも襲われずに来れたみたいで一安心だ。でももしかしたら、あの二人が密かに狙ってたのかもな。じゃなきゃこんな近くで見つける偶然なんかないだろう。おばさんが俺に気付いたのは運が良かった。


「アレク、よろしくお願いします」


 エリーがにこにこしながら言う。


「ああ、離れず付いて――」


 エリーに目をやった時、その後ろの暗がりに大きな人影を見つけて、俺は思わず身構えそうになった。


「なっ、だ、誰だよ、そいつ」


 二人しかいないものと思ってたから、まさかもう一人いたことに気付かなかった。


「あ、紹介しておきます。私の護衛をしてくれているアダムです」


「……エレオノール様は私がお守りしますので、ご心配なく」


 大きくてごつい身体のアダムは、俺の全身を確かめるように、警戒を含んだ目付きで見てくる。その腰には立派な剣がぶら下がってる。得物持参とは、本格的なやつを雇ったんだな。


「俺の言った通り、用心棒を連れて来たのか?」


「はい。アレクの助言のおかげで今日は何事もなく、こうしてお会いできました」


 なるほど。あの二人に襲われなかったのは、この用心棒の存在があったかららしい。実際の腕は知らないけど、見た目はいかにも強そうだから気後れさせたのかもな。鎧なんか着せれば、ぴったり似合いそうなやつだし。


「じゃあ今日も、何か食って行くのか?」


「アレクがよろしければ、ぜひ……」


「俺は夜食があるから食わないけど、あんた達が腹減ってるなら好きな物食えばいいよ」


「一緒に食べないのですか?」


「これ、夜食、買っちゃったから」


 俺は包み紙に包まれたいつものサンドウィッチを見せた。


「そんな……私達だけが食事をするなんて、何だか申し訳ないわ」


「そんなことで気遣わなくていいよ」


「でも、やっぱり、一緒に食べたほうが楽しいかと……」


「いいって。俺、夜食買って、金持ってないし」


「それなら私が支払うので、一緒に食べませんか?」


「……まじ?」


「ええ。所持金には余裕がありますから大丈夫です」


 さすが金持ち。太っ腹だな。


「そう言ってくれるなら……今回もおごってもらおうかな」


「その代わりというわけではありませんが、美味しい料理、教えてくださいね」


 微笑んだエリーと目が合って、それが妙に恥ずかしく思えて、俺はすぐに前を向いて歩き出した。


「お、おう。でもあそこの料理はハズレがないから、全部美味いと思うけどな……」


「そうなのですか? ではいろいろ味わってみたいわ」


 三人を引き連れて俺は酒場を目指す。……気のせいかな。エリーが前より可愛く見えるような……いや、気のせいだよな。化粧でも変わって、ちょっとそんなふうに感じただけだ。いつもと同じ……多分。


「いらっしゃい……アレク? また女連れか?」


 今夜もそこそこにぎわってる店内に入ると、カウンターの奥からジョサイアが話しかけてきた。


「女だけじゃない。男もいるよ」


 俺は最後に入って来たアダムを示して言った。


「二人は前も見たけど……男は誰だ?」


「エリー……金持ち女が雇った護衛だ。俺が用心棒でも連れて来いって言ったら、本当にそうしてさ」


「それで腰の剣か」


「暴れたりはしないと思うから。それじゃあ注文いいか?」


「ああ。今日はいい牛肉を仕入れたんだ。よければ食べていけよ」


 その言葉通り、俺はジョサイアお薦めの牛肉料理と、エリーに好みを聞いていくつかの料理を注文してから奥のテーブル席に着いた。


「そう言えば、あんた達、どうやって歩いてる俺を見つけたんだ? ここまでの道知らなかったなら、誰かに聞いたわけでもないんだろ?」


「ええ、誰にも聞いてはいません。けれど、以前アレクとお会いしたのがあの路地の辺りだったので、同じ時間に捜せばきっとお会いできると思い、三人で歩いていました」


「え? まさか、偶然なのか?」


 驚いた俺に、エリーははにかんだ笑顔を見せた。


「そうとも言えますが、私にとっては偶然などではなく、運命だと……」


「……運命? どういうことだ?」


「い、いえ、何でもありません! その、アレクを見つけられたことは、本当に運のいい偶然でした」


「まったくだよ。もし俺があそこを通らなかったら、あんた達ずっと歩き回るはめになってたんじゃないか? ここに来るなら、もう少し考えてから来るべきだ」


「ですが、アレクとは何のお約束もしていませんでしたし、この酒場の場所も憶えていなかったので仕方がなかったのです」


「でももう憶えただろ? 来るのは二度目なんだから」


「ど、どうでしょうか……あまり自信は……」


「ご安心くださいエレオノール様。私とアダムがしっかり道を憶えておりますので。……そうよね?」


 おばさんに聞かれて用心棒は頷く。


「はい。通って来た道は、この頭の中にすでにあります」


「さすがだな。頼りになる世話係と用心棒だ」


 そう言うと、用心棒が何か言いたげな鋭い目で俺をちらと見てきた。……何だ? 俺なんかに褒められたくなかったか?


「……とにかく、道はもうわかるんだ。次来る時は直接ここに来ればいい。で、ジョサイアに俺の居場所を聞け。暗い路地をウロウロされちゃ危なっかし過ぎる」


「では、次にお会いするお約束を、してくれるのですか?」


 期待の色の目がこっちを見つめて聞いてきた。そこでふと気付く。俺はエリー達が当然のようにまた来るって思ってる。そしてそれを受け入れようとしてる……実は俺自身も楽しみにしてるんだろうか。こうしてエリー達と話したり、食事したりすることを――いやいや、これはあくまで危ない目に遭わせないために受け入れるんであって、楽しみとかじゃなく、危険なゴミから守るためなんだ。エリーは来るなって言っても来る、怖いもの知らずな女みたいだし……。


「あ、ああ、まあ、来るのはそっちの意思だし、どうしてもって言うなら、断る理由も、ないかな……」


「わあ、ありがとうございます! とても嬉しい」


 満面の笑みを浮かべるエリーから、俺は意識的に視線をそらす。……見てると、何だかその笑顔に吸い込まれそうな気がして怖い。


「日にちのお約束はできないのですが、またいつか、この時間になったら会いに行きます。必ず」


「来たって教えてくれれば、俺もできるだけ行くよう努力はする。だから待たせるかもしれないけど――」


「いくらでもお待ちしています!」


 エリーは力強く言った。……何でここまで俺なんかに会いたがるのか、本当不思議だ。


「できたぞ。牛肉のステーキとスープ、あと果実酒だ」


 ジョサイアと給仕が四人分の皿を持ってやって来た。肉のいい匂いだ。


「あの、申し訳ないのですが、私とアダムはお酒ではなく、水をお願いいたします」


 おばさんは酒瓶を押し退けながら言った。


「美味いのに、飲まないのか? もったいないねえ……二人分の水、持って来て」


 頼まれた給仕は小走りに水を取りに行く。


「歯ごたえとうま味のある肉だ。味わって食べてくれ。他の料理もすぐに持って来るから」


 厨房へ戻ろうとしたジョサイアを俺は引き止めた。


「あのさ、一つ頼まれてほしいんだけど」


「面倒なことはやらないぞ」


「全然違うって。これ、親父達のところに届けてくれないか?」


 俺は包み紙に包まれたサンドウィッチを手渡した。


「ん? いつも買ってる夜食か?」


「家で待ってるから届けてくれないか?」


「買い出し担当はお前だろう?」


「俺は今から焼き立てのステーキを食うんだ。届けに行ったら冷めて不味くなる。仕事が一段落したらでいい。何なら手の空いてるやつに行ってもらってもいいからさ」


「今はクソ忙しくないから、まあいいけど……借りにするぞ」


 にやりと笑ってジョサイアは戻って行った。あのたくらんだような顔、多分重労働をさせる気だ。ここの大掃除か、仕入れた酒樽の搬入でもやらされそうだな。でもまあ、夜食を届けるのが遅くなってねちねち言われるよりはいいか。前回遅れた時は三日間ぐらい言われ続けたからな。腹を空かした人間の食への不満は恐ろしい。


 二人の水も来て、俺達は早速料理を味わう。お薦めだけあって、かぶり付いた牛肉のステーキは最高に美味い。半生の焼き具合も、かかったソースもいい。こんな肉なら毎日食べてもいいな。


「この前の鶏肉も美味しかったですけど、この牛肉もすごく美味しい」


 エリーはナイフとフォークを丁寧に使ってステーキを頬張る。他の二人も満足そうな表情で食べ進めてる。俺の好物の鶏肉の黒胡椒炒めか……どっちが美味いかは迷うところだな。


「はい、鶏肉の黒胡椒炒めね」


 給仕が皿に山盛りの鶏肉を持って来た。うわ、今日の夜食はごちそうだらけで食い過ぎるかも。


「何ですか、この雑に盛られた鶏肉は」


 用心棒は食事の手を止めると、誰ともなしに聞いた。


「鶏肉を黒胡椒で炒めたやつだ。ここの人気メニューだよ」


「とても美味しいのよ。こうやって手づかみで――」


 エリーが手を伸ばして鶏肉を取ろうとすると、用心棒は急に大声を上げた。


「エレオノール様、手づかみなどいけません!」


 言われたエリーはきょとんとしてる。……またそれか。


「これは手づかみでかぶり付くのが美味いんだよ。それにそこの二人はもう経験済みだ」


「何? ……そうなのですか?」


 聞かれた二人は頷く。


「ええ。手は汚れてしまうけれど、味は美味しいわよ」


「私も最初は抵抗がありましたが、一度いただいてみれば、その美味しさがわかります。アダムも味わってみたら?」


「ヘレネ、あなたまでそんなことを……!」


「行儀なんか気にしないで、とにかく食べてみればいいんだよ」


 俺がそう言うと、用心棒はじろっと見てきた。


「エレオノール様は高貴なお方だ。このようなはしたない食べ方を教えるなど、もってのほかだ」


「教えはしたけど、強制はしてないよ。自分から手づかみで――」


「嘘を言うな! エレオノール様が好き好んで手づかみなどするわけがない! そもそも、得体の知れない庶民の料理をエレオノール様に召し上がっていただくのも、どうかと言いたいところだが」


 ……こいつ、喧嘩でも売ってんのか?


「その得体の知れない庶民の料理を、お前はたった今、美味そうに食ってたように見えたけど?」


「私は高貴な人間ではないから、この程度の料理で構わないのだ」


「……この程度?」


「ヘレネ、一番お側にいるあなたが、なぜ止めなかった。お引き止めするのも――」


「アダム、その辺にしてちょうだい。お食事中なのよ」


「だからこそ、見逃すことなど――」


「アダム! エレオノール様は楽しくお食事をしたいだけなの。そのお気持ちをなぜわかって差し上げないの?」


「え……」


 怒鳴られた用心棒は、そろりとエリーを見やる。エリーはうつむいて困惑顔を浮かべてる。まったく、この野郎は石頭で空気が読めないやつだな。


「しかし、このような料理は、やはりエレオノール様にふさわしいとは……」


「ふさわしくない料理で悪かったな。じゃあもう食うな」


「どうするかは自分で決める」


「ふん、そうかい。まあ所詮、金持ちの道楽か好奇心なんだろう? わざわざ危ない時間に来るなんてさ。料理も本気で味わうつもりなんか――」


「それは違います! 私は好奇心で来てなどいません。料理は一つの楽しみです」


 エリーが俺を真っすぐ見て言った。


「一つ、ってことは、別に目的があるのか?」


「以前も言ったように、私はアレクとお話しがしたいのです。美味しいものを食べながらできたら尚いいというだけで……」


「その、俺と話したいっていうのは、つまり好奇心なんだろ? 俺じゃなきゃ駄目ってわけじゃな――」


「いえ、アレクでなければお話しをする意味はありません!」


 あんまり強く言うから、俺は素直に聞き返した。


「何で? 俺があんたを助けたから? その理由がよくわからないんだけど」


「理由、は……」


 エリーはまたうつむいて口ごもってしまった。言いたくないのか?


「エレオノール様はお前とお話しなさりたいと仰っているんだ。そのお気持ちをお察ししろ」


 用心棒が偉そうに言った。お察しするのはそっちだろ。石頭が。


「こうして食事や、お話しをお願いするのは、迷惑でしょうか……?」


 上目遣いの不安そうな目が、俺をじっと見てくる。迷惑、と言われるとな――


「そんなんじゃないけど、ただ不思議に思えたから聞いただけで……」


「では、迷惑というわけではないのですね?」


「まあ、こうやって食事をおごってくれてるし、むしろありがたいけど。でも一番ありがたがってるのはジョサイアか。四人分の儲けが入るんだからな」


「なるほど、そうかもしれませんね。では従兄の方のためにも、ここへはまた食べに来ないといけませんね」


「そうしてくれるとあいつも喜ぶよ。……あ、でも、あんたの用心棒は反対しそうだな」


 俺が横目で見ると、用心棒もこっちを睨んできた。


「エレオノール様、他の店を探すべきで――」


「アダム、ここは城下の西地区の酒場で、普段の食堂ではないのです。どのような食べ方をしようと、誰も見ていないし、誰も咎める者はいません。城下には、城下での食べ方というものがあるのだと私は学んだの」


「ですが、手づかみはさすがに――」


「郷に入っては郷に従え、です。アダム、その鶏肉を食べてみて。もちろんフォークもナイフも使わずにね」


「い、いや、それは……」


「これは命令です。アダム、鶏肉にかぶり付きなさい!」


「う……」


 ビシッと言ったエリーにはさすがに逆らえないのか、用心棒は険しい表情でためらいつつも、皿から鶏肉を一つ手づかみで取った。そして言われた通りかぶり付く。


「……どう?」


 エリーがのぞき込んで感想を聞く。


「……想像していた以上に、美味しいです」


 用心棒は少し悔しげに呟いた。この料理は見た目じゃなくて味なんだ。それがわかったようだな。


「そうでしょう? もっと食べていいからね」


「エレオノール様がいただかれた訳がわかりました。これほど美味しいものだったとは……」


 鶏肉をあっという間に骨だけにすると、用心棒は次の肉を取ろうと手を伸ばした。が、眺めてた俺を見ると、その動きを止めてしまった。


「何だよ、食わないのか?」


「………」


 用心棒は油で光る手を気まずそうに引っ込める。そりゃまあ気まずいか……。


「さっき言ってたことと違う、なんて野暮なことは言わないよ。美味いってわかってくれりゃそれでいいんだ。だから食ってくれ」


「しかし、私は料理のことを……」


「アダム、アレクは食べてほしいと言ってくれているのよ。申し訳なかったと思うのなら、たくさん食べてあげないと、ね?」


「美味いならもっと美味い顔で食えって。残すんじゃないぞ」


「……かたじけない」


 表情を緩めた用心棒は鶏肉を取って食べ始めた。まったく、本当に外の人間は面倒だ。味わう前につべこべ言うんだからな。行儀や見てくれなんて、ここじゃ大事なもんじゃないだろ。


 残りのステーキを食べようとした時、視線を感じて顔を上げると、向かいからエリーがこっちを見てた。その顔は嬉しそうに笑ってる。俺も、笑い返したほうがいいんだろうか……とりあえず笑顔を作って返してみる。するとエリーは恥ずかしそうにうつむき、でもすぐにまた俺に笑顔を向けた。……今頃気付いたけど、前に着けてた耳飾りや首飾り、今日は一つも着けてないんだな。追い剥ぎ対策を考えてのことなんだろうか。でも服の生地は相変わらずいい物っぽいけど。危険を承知で俺と話したいって来るんだから……ああ、同じ西地区の住人だったら、素直に可愛いって言えるんだけどな……。


 その後、四人で他愛ない話をしながらサラダやデザートまで食べ切って、腹を満たした俺達は酒場を出た。


「夜食にしては、やっぱり食い過ぎたな。でもおごってくれてありがとな」


「いえ、機会があればまたぜひ」


「アレク、次からは私達だけでここに来れますから、その時はあなたをお呼びしますね」


「ああ。そうしてくれ。用心棒が付いてれば、俺も買い出しついでに見回らなくて済む」


 そう言うとエリーは目を丸くした。


「私達のために、見回ってくれていたのですか?」


「ま、まあ、二度も追い剥ぎに襲われてたし、危ないやからがいないか警戒のために――」


「そこまで気に留めてくださるなんて、優しいのですね。やはりアレクは思った通りのお方……」


「思った通りって、何が?」


「な、何でもありません。こちらの話ですから……では、また次回を楽しみにしています」


「帰り道、わかるか? どこも暗いから――」


 そう言いながら道の先を眺めた時、建物の角に俺は人影を見つけた。うろついてる酔っ払いとかじゃなく、明らかに角に身を隠してこっちを見てる感じだった。何だ、何者だ? ――目を凝らして見てみれば、のぞく影の下にしゃがんだ影がもう一つあった。しかもその頭は坊主に見える。二人組で、一人は坊主頭……考えるまでもなかった。だが気付いた瞬間、二つの影は踵を返して去ってしまった。向こうも見られてることに気付いたか。


「……どうかしましたか?」


 エリーに聞かれて俺は視線を戻した。


「あのさ、あんた達、誰かに恨まれるようなこととかしてないよな?」


 俺の質問に三人は揃って怪訝な顔になる。


「いきなり、なぜそのようなことを?」


「エレオノール様を恨む者など、まったく心当たりはありません。もちろん、私自身もです」


「私も護衛をしているだけで、恨みを買った覚えなどないが」


「ないならいいんだ。……用心棒、帰り道も、十分気を付けてくれよ」


「言われるまでもない。心配など必要ない」


「頼むぞ。じゃあ、またな」


「あ、はい。それでは失礼します……」


 三人が帰るのを俺は見送る。そうしながら去った二人組の追い剥ぎのことを考えた。あいつらはただの追い剥ぎだと思ってたけど、そうじゃないのか? エリーの金品を狙うにしても、こう毎回見かけると、どうも追い剥ぎだけが目的じゃないような気もしてくる。こんなに長く一人だけを狙い続けるのは不自然だ。だから恨みでも持ってるのかと思ったけど、本人にその自覚はないらしい。まあ一方的な恨みってのもあるけど、どうだろうな。前に手に入れかけた装飾品が忘れられなくて狙ってるだけってこともあるか。あの宝石、いかにも高そうだったし。だけど今日のエリーは何も装飾品を着けてなかった。奪いたい物が見当たらなくて二の足を踏んでたのか? それか、用心棒の存在にびびってたのか……俺じゃ答えは出ないけど、それでもあの二人組のことは気にかけておいたほうがいいかもな。あいつらは目障りな上に胡散臭すぎる。

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